サイコパスと人格障害

今回は、サイコパス人格障害の共通点・相違点」について説明する。

さらに「身近に潜むサイコパスの本質は何か」という考えも紹介する。

 

 

精神医学の世界にはDSMと呼ばれる、精神疾患に関する統計やマニュアルを記載した本が存在する。多くの精神科医がこのDSMを参考にして「診断名」を下す。そこに「パーソナリティ障害(人格障害)」という領域がある。

 

「パーソナリティ障害」とは、社会的・文化的に期待されるものから著しく偏り、日常生活における苦痛や障害を伴う、持続的で柔軟性のない内的な経験・行動様式を指す。

 

パーソナリティ障害には「自己愛性」「反社会性」「演技性」などがあり、それぞれに特徴的な内的経験・対人様式がみられる。しかし、「サイコパス」というパーソナリティ障害は存在しない。実は、サイコパスという概念は「反社会性パーソナリティ障害」に組み込まれているのだ。 そこで、反社会性パーソナリティ障害に関する記述を見てみよう。(分かりやすく簡略化する)

 

他人の権利を無視し侵害するパーソナリティ。15歳以上が対象。

次ののうち3つ以上 が当てはまること。

 

反社会性:逮捕の原因となる行為を繰り返す。

 

虚偽性:繰り返し嘘をつく。自分の利益や快楽のために人を騙す。

 

衝動性:または将来の計画を立てられない。

 

易怒性または攻撃性:身体的な件かや暴力を繰り返す。

 

⑤自分または他人の安全を考えない無謀さ

 

無責任:仕事を安定して続けられない、経済的義務を果たさない。

 

良心の呵責の欠如:他人を傷つけたり、いじめたり、盗んだりしたことに”無関心”であったり、それを”正当化”する。

 

これを自己診断に用いるのはオススメしない。

その気になれば誰でも当てはまるからだ。

 

さて、この診断基準からサイコパスの特徴を見つけるのは簡単だ。

しかし、この基準を満たすような人が精神科医のもとを訪ねるだろうか? 彼らの多くは、まさにこの特徴ゆえに、訪ねようとは微塵も考えないだろう。ついに逮捕されるその日まで、彼らに診断名が下されることは無いのだ。

 

実際、サイコパスが人口の1%あるいは4%と言われるのに対し、それを包括する概念である反社会性パーソナリティ障害の有病率が0.2%~3.3%という矛盾がある。さらに、経営者においてはサイコパスは4人に1人(25%)ともいわれている。

 

特に「成功しているサイコパスは、自分のパーソナリティが「日常生活における苦痛や障害」をもたらしているとは思わないだろう。実際、彼らは苦痛や障害など感じていないのだ。そのためサイコパスは「パーソナリティ障害」の定義を満たさず、分類されることがないと考えられる。「反社会性のないサイコパス」という存在は障害のない人格、すなわち「個性」と捉えるしかないのだ。

 

ある一方では「クソ男」や「性悪女」と呼ばれ、また一方では「カリスマ」「才色兼備」などと呼ばれているだろう。そして「人格(仮面)を被り人を操る」という点においては持続的かつ柔軟性のない行動様式だが、大抵の人間はそんなことを知る由もない。

 

 

ここまでの説明で、あなたはサイコパスの特徴と「自己愛性」「演技性」「境界性」の関連が気になったかもしれない。実際サイコパスは傲慢かつ自己愛的で、仮面を被り演技をし、他人を操作することが多い。

 

ここでもDSMの記述が参考になる。

実は、彼らの傲慢な態度や演技をする動機は、自己愛性や演技性のそれとは異なるのだ。共通点相違点に注目して読んで欲しい。

 

他のパーソナリティ障害が反社会性パーソナリティ障害と共通の特徴をもつために、この障害と混同するかもしれない。したがって、これらの障害をそれぞれの特徴の違いに基づいて区別することが重要となる。 

 

しかし、もしその人の性格的特徴が反社会性パーソナリティの障害に加えて他の障害の特徴をもつ場合には、これらすべての診断を下すことができる。

 

「自己愛性」との共通点は、非情さ、口達者、表面的、搾取的、および共感の欠如といった傾向である。

しかし、自己愛性には、衝動性、攻撃性、および嘘つきといった特徴は含まれない。

さらに、反社会性の人は他者の賞賛や羨望を得たがることはないかもしれないし、自己愛性の人には幼少期の問題行動や成人期の犯罪行為がない。

 

「演技性」との共通点は、衝動的、表面的、刺激を求める、無謀、誘惑的、操作的といった傾向である。

しかし、演技性の人の方が自己の情動を誇張することが多く、反社会的行動をとることがない

さらに、演技性の人が他人から世話をしてもらうために操作的であるのに対して、反社会性の人は利益や権力や物質的満足を得るために操作的である。

 

「境界性」との共通点は比較的少ない

反社会性の人は、境界性の人と比べて情動的に不安定になることは少なく、攻撃的であることが多い。

 

前半部で指摘されているように、サイコパスと他のパーソナリティ障害の両方の特徴をもっている可能性も十分にある。そして僕ら自身にも、ある時にはこうした特徴がみられることだろう。

 

他のパーソナリティ障害と区別するポイントは、①情動的に希薄であり ②情緒的な要素よりも物質的な利益を優先し ③反社会的な場合には衝動性、攻撃性の側面が強く出る という点だろう。

 

彼らは精神科医ですら欺くことができるので、仮に存在しても「サイコパス」という診断名が下されることはないだろう。そして彼らは今も僕らの周囲で身を潜めている。この事実を強調した ロバート・ヘアの著書が「診断名サイコパスだ。

 

しかし最近では、あまりにも「身近に潜んでいる」ということが強調され、容易に他人をサイコパス呼ばわりし鑑識眼に自己満足する風潮がある。

これは僕自身にも当てはりそうだが、それ以上に重要なことは、「自分のサイコパスを操作できているのか」という問題だ。

 

誰もがサイコパスになる時がある。

信頼はなぜ裏切られるのか。で書いたように、「状況」は人を簡単に裏切らせる。サイコパスは倫理を学べるか。で書いたように、金銭などの利益に目が眩んだり権威に屈して倫理を犯すこともある。サイコパスと自己愛 で書いたように刹那的な快楽を求め、他人をモノ扱いすることがある。

 

ネットの匿名性、合理主義、競争原理、理不尽なシステム、拝金主義、正義感の強さ、戦争のゲーム化・・・ 身の回りには、あなたのサイコパシーを目覚めさせる要因が多く潜んでいる。 それについて善悪を述べるつもりはないが、過度のサイコパシーは他人を傷つけ、巡って自分の利益を損なうと僕は学んでいる。

 

すなわち、僕にとってサイコパスは「パーソナリティ障害」だ。そのため僕の行動原理の1つとして「自分のサイコパスを操作しながら他人のサイコパスも感じ取り、適切な行動を取る」という明確な基準ができた。

 

大げさに聞こえるかもしれないが、どれも本心のつもりだ。

あなたはどう考えるだろう。

 

参考

 

DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引

DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引

 

 

 

診断名サイコパス―身近にひそむ異常人格者たち (ハヤカワ文庫NF)

診断名サイコパス―身近にひそむ異常人格者たち (ハヤカワ文庫NF)

 

 

結局、サイコパスは「〇〇〇が欠如した人間」である。

サイコパスって何?」と言われてもピンと来ない人は多いかもしれない。

これまでサイコパスについて語ってきたが、ここで一度考えをまとめてみよう。

解説の難易度は徐々に上がるので、適当なところで読むのを辞めてもらって構わない。

 

結論:サイコパスとは「恐怖心が欠如した人間」のこと。

 

他にも、サイコパスには

「共感性の欠如」「良心の欠如」「他人を操る」「衝動性」「傲慢」

「表面的な魅力」「口が達者」「病的な嘘」「無責任」「反社会性」

などの特徴があった。これらを全て「恐怖心の欠如」から説明しよう、というのが今回のテーマだ。では始めよう。

 

 

共感とは、他人の感情を追体験することだ。

オリンピック日本代表選手がメダルを取り涙を流す。

その姿を見て、まるで自分の事のように追体験し涙ぐむ。

 

しかし、サイコパスには恐怖心が欠如している。

そのため、他人が恐怖している様子を見ても”追体験”ができない。

これが「共感性の欠如」だ。

 

良心とは、道徳的に振る舞おうとする意識だ。

ふつう、反道徳的な行動(罪)をするとを受ける。

罰から学習し、人は罪を控えるようになる。

つまり、道徳的に振る舞おうとする。

 

しかし、サイコパスには恐怖心が欠如している。

そのため、「罪を恐れて善を為す」ことができない。

これが「良心の欠如」だ。

 

人を騙すのは道徳的ではない。

しかし良心が無いので手段として学習できてしまう。

これが「他人を操る」性格を形成する。

 

罰を受けると理解できても恐れることができない。

その分だけリスクを低く見積もり、利益に飛びついてしまう。

これが「衝動性」だ。

 

自分に罰を与えるのは大抵が目上の人間だ。

しかし目上の人間に対する恐怖はない。

これが「傲慢さ」につながる。

 

一方で、「利益を求めて善を為す」こともできる。

それが「表面的な魅力」だ。

 

嫌われることを恐れず、好かれることだけを考え実行できる。

人によっては「口が達者」に映ることもある。

嘘がバレることを恐れないので「病的な嘘」をつく。

それは「無責任」な印象を与える。

 

これまでの話を犯罪に拡張すると「反社会性」になる。

大抵、罰の損失を”理解”することで犯罪を抑えようとする。

 

詳しい解説に入ろう。

実は「恐怖心の欠如」は必要条件に過ぎない。つまり「恐怖心が欠如した非サイコパス」は存在する。ただし恐怖心が平均よりも強いサイコパスはいない。

 

「恐怖心の欠如」は扁桃体の機能不全が原因だ。

何が扁桃体の機能不全をもたらすかは不明である。一般に、扁桃体「恐怖条件づけ」に関与する領域とされる。「恐怖条件づけ」とは、特定の刺激Aを加えると同時に恐怖刺激Bを与えると、特定の刺激Aだけで恐怖を示すようになる現象だ。車に乗っている(A)ときに事故が起きる(B)と、車に乗っている(A)だけで恐くなる。簡単に言えばトラウマだ。

 

罪を行った後に罰が与えられると、罪を行うこと自体を恐れるようになる。

こうした良心の形成過程を「道徳的社会化」と呼ぶ。恐怖心が欠如している人は道徳的社会化を経験せず、良心が形成されにくいと考えられる。”されにくい”としたのは、「報酬による道徳的行動の強化」は十分に起こりうるからだ。扁桃体には「罰」に反応する領域が存在し、その障害が顕著であるほどこの傾向は高いと考えられる。また眼窩前頭前皮質の障害は「衝動性」「共感性の欠如」をもたらし反道徳的行動を助長するが、本テーマである「恐怖心の欠如の結果」として生じる特徴ではないとも考えられる。

 

手段として用いられる攻撃、すなわち「道具的攻撃」は一般に反道徳的行為とみなされ、道徳的社会化により抑制される。ここで「道具的攻撃」は、「他人を偽り騙し操作する行為」も含む。

実は、この道具的攻撃性こそ「サイコパスとしての危険性」を表すものだ。

最悪の場合、「金の為に人を殺す」「快楽の為にレイプをする」などの行為にまで発展するのは容易に想像できる。

 

恐怖心が欠如した人間は、道具的攻撃が「恐怖心からは」抑制されない。

「損得勘定」による抑制ルートしかないのだ。このような「冷たい認知」による抑制ルートは「背外側前頭前皮質-扁桃体 経路」であり、一般にサイコパスでは活発な領域である。

これより示唆されるのは、知能が低く恐怖心の欠如した人間は合理的手段として容易に人を傷つける、ということだ。道具的攻撃以外の手段を「学習」しておらず、リスクの見積もり方が甘いタイプである。これが俗に言う「危険なサイコパス」だ。サイコパス診断のモデルはこのタイプに当てはまる。

 

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しかし、知能が高ければ道具的攻撃性が低い、という訳ではない。

知能が高く恐怖心の欠如した人間は、道具的攻撃を巧妙に行うこともできる。直接的な暴力に訴えるのではなく、欺瞞・操作・洗脳といったスタイルへ複雑化する。なぜ道徳的な振る舞いをしないのか。それは単に恐怖心の欠如による学習障害もあるが、「愉快だから。」というのが主な理由だ。「対人操作は愉快だ」というサイコパスは多い。しかし、その思考に至るまでのメカニズムは詳しくは分かっていない。

 

このように、「恐怖心の欠如」だけでは説明のつかない特徴もいくつか見られる。また、「成功したサイコパスには恐怖心が少しあるとも言われている。これは、コミュニケーションに対する恐怖とコミュニケーション能力は基本的に反比例するが、極度な恐怖心の欠如は悪影響となる可能性を示唆している。

サイコパス的リーダーは時代遅れ?

サイコパスにはリーダーの素質があると言われている。

サイコパスが多い職業ランキングでは、「CEO」が堂々の一位だ。

 

書店でも「感情的にならない」「いい人をやめる」といったサイコパス的な側面を推奨するビジネス書・自己啓発書が見られる時期があった。

他人を捨て駒のように利用し、ストレスフリーで結果を出し続けるサイコパスがストレスの多い社会人にとって1つのモデルになるのも頷ける。

 

しかし、サイコパス的リーダーの台頭は終わりを迎えようとしている。

今回は 落合陽一 著「日本再興戦略」を参考に、その理由を見ていこう。

 

日本人のパーソナリティ

日本のシステムは他国の「良いとこ取り」から成り立っていた。

たとえば法律には、フランス・ドイツ・アメリカの血が流れている。しかし最近では、こうした「良いとこ取り」のシステムが時代の変化によって「悪いとこ取り」になってしまったケースが目立つ。そのため「他の国ではこうなっている、日本も見習うべき」という自虐的な意見が見られるようになった。

 

ここで一旦「他国のどこを真似るか」といった議論をやめ、「そもそも日本には何が合っているのか」「これからの日本には何が合っているのか」を考えてみよう。

 

①フェアにこだわる日本人

日本人はフェアなゲームを好む。

「平等」にはこだわらないが「公平」にはこだわる。

平等とは、権利が一様に与えられていること。公平とは、システムに欠陥がなく不正や優遇がないこと。

 

「日本人は男女平等にうるさいよね」と思うかもしれないが、あれは「カッコいいから主張してみた」程度のノリで、所詮フランスの受け売りだ。

その証拠に、飲み会で「男が多く支払い、女は少なくて済む」という不平等なルールに対し「女をなめている」と怒る女性は見かけない。ただし「〇〇ちゃんは可愛いから特別に払わなくてもいいよ!」と優遇する男は全員から反感を買うだろう。フェアじゃないからだ。

 

こうした不平等への鈍感さは、「士農工商」的カースト制の復活を容易にする。また、フェアへのこだわりはAIや仮想通貨などの技術を受け入れやすくする。

事項でさらに詳しく述べよう。

 

個人主義を諦め、百姓のコミュニティへ

日本人は中途半端に「西洋的個人」を追いかけてきた。

海外の真似事が好きなのだ。

しかし、日本人に「個人」として生きる道は合わない。

 

「西洋的個人主義」が輸入されたのは1850年ごろ。

150年ほど経った今でも「国民国家」の思想は根付いていない。形だけは西洋的個人を追いかけたために、むしろ「孤独感」を抱いてしまう人の方が多い。これが「合っていない」何よりもの証拠だ。

 

江戸時代では、日本人の多くは百姓だった。

百姓の意味は「百の生業を持ちうる者」。「百姓」という身分差別はカースト的でありながら、それなりに受け入れられていた。多彩な百姓達が、それぞれのコミュニティ間で助け合いながら生活していた。俗に言う「一つの天職を全うする」とか「ワークライフバランス(仕事と生活を分ける)」といった考え方がこの時代にはなかった。

もう一度、この東洋的思想に立ち帰る価値はある。

 

今までの日本では、生業は一つと相場が決まっていた。しかし、これからはテクノロジーで「専門性の代替」が可能となる。レオナルド・ダ・ヴィンチのような真のマルチタレントを持っていなくても、テクノロジーを駆使すれば百姓的な生き方が実現できるのだ。

「歌い手」「ボカロP」「絵師」「ブロガー」「スカイプ講師」・・・ 彼らはプロではないが、テクノロジーに支えられて「生業」を作ってきた人達だ。今後、さらにこの流れは加速する。

 

百姓同士の「コミュニティ」は、サイコパス的リーダーが統治する「会社」よりも開放的で、流動性が高い。理念に賛同する者だけが寄り集まり、ややこしい縛りを受けずに純粋な努力ができる。

 

そして今後、意思決定のスタイルが変わる。

「個人」としてではなく、自分の属するコミュニティの利益を基準に判断する必要がある。「自分のグループにとって為になる選択とは何か・・・」と問い続けるのだ。それはブラック企業的な、「会社のために死ね」という圧力とは異なる。「主体的な参加意識」が重要視され、「抜けたければいつ抜けてもいい」という身軽さを持っているので、自発的にこの考え方を身に付ける。すべての人が「今の自分の居場所が好きだ」と言える時代だ。

 

具体的には、事項で説明するトークンエコノミー」がコミュニティ形成の基盤となる。さらに、コミュニティの利益を考える上で役立つのがAIの統計的判断や最適化だ。

コミュニティのようなマクロの系で利益を考えるとき、統計的処理が必須となる。第三者としてAIが弾き出した方針をもとに、各々がフェアなプレイをする。

個人主義を捨てた日本人はこれらのテクノロジーを受け入れやすい。「自然」を体現する東洋思想の人間にとって、始まりやルールが「自分の意志」だろうが「AIの意志」だろうがどうでもいいのだ。一方で、西洋個人主義の国ではAIは「異質なもの」として排除する動きが続くだろう。

 

 ③会社が変わる

時代の変化に応じて「会社」の在り方も変わる。

今の会社は「閉鎖的」かつ「固定的」で、仕事仲間というより教団だ。日本の過労死や残業といった問題がムラ社会としての「会社」を表している。日本人は「趣味仲間」のためには死なないが、「ムラ社会」のためには死ぬことができる。こうした洗脳は、テクノロジーがもたらす変化によって解かれる。

 

「仮想通貨」は、日本を「地方分権型」の世界に変える。

現在の体制は、日本銀行を中心に一律の貨幣で統治された「中央集権型」だ。

 

具体的には、各コミュニティ独自の経済圏を作ることができるようになる。

これは「トークンエコノミー」と呼ばれるもので、各コミュニティが信頼によって成り立つ通貨を流通させることだ。気づいていない人も多いが、僕らが”円”を用いる限り、何らかの形で利益が吸い上げられてしまうのだ。

そもそも「起業するなら銀行にお金を借りて、いずれは上場して・・・」という堅苦しいスタイルを取る必要もない。ネットで「こんなことをやりたい」と言えば金は集まり、賛同する人達と仲良くモノを作り業界を盛り上げることができる百姓のコミュニティだ。研究をしながら経営をしたり、看護師をしながらモデルもできる。転職しなくても趣味を生業にできる「ワークアズライフ」の時代だ。

 

各々が「社会の歯車」ではなく「舞台の主役」として、様々なステージで多様性を発揮できる。波を待つのではなく、波を創るサーファーになれる。

今はまだ「株価がスゴい」程度の認知だが、仮想通貨の本質を人々が理解し利用するようになれば、間違いなく世界は変わるだろう。

 

サイコパス的リーダーにとって、日本人の不安定なメンタリティは格好の獲物だった。あたかも「会社」が唯一の居場所であるかのように思わせ、孤独感を癒しながら帰属意識だけを高めることで都合のいい歯車になるとよく分かっていた。

 

しかし、「都合のいい歯車」=「ほとんどの日本人」はAIの導入や機械化により代替されるようになる。その多くは仕事に本質的なやりがいを感じていない。「弁護士・会計士・銀行員・商社・広告代理店、英語が話せるだけで中身のない人間...レジ打ち・清掃員・運転手・事務員...」

 

「ネームバリュー」や「年収」といった化けの皮は剥がされ、代替可能なものから確実に置き換えられていく。「本質的に価値を生み出すもの」が重視され、歯車のような人間は不要になる。この改革は、人々が目を覚ます契機となる。

 

それは恐ろしいものではない。 

僕らには百姓的な生き方が合っているので、それを歓迎するべきだ。このような仕事がなくなったとして、人間らしい才能を生かす余地が生まれるというだけだ。

今はまだ、その実感が湧かないかもしれない。自分の才能に気づく猶予もなく、流れ作業で歯車になった人がほとんどだからだ。歯車としての存在意義をもってしまったかもしれない。「収入」や「企業ブランド」にあやかってマウンティングすることが、本質的なやりがいの代理満足になった人も多いだろう。

 

僕は、つまらなさそうに仕事をする人に対して「早く機械に代替されるといいですね。」と一瞥する。これから先、働きたくない人を無理に働かせるのはむしろ非効率だ。働くのをやめても、「ベーシックインカム」で最低限の生活は保障されるだろう。逆に、このような措置なしで新たなテクノロジーを導入できるはずがない。

 

時代やテクノロジーの進歩に伴い、「何が合理的か」という判断基準も変わっていく。 個人主義の限界は、「理想的な個人が集まれば理想的な集団ができる」という幻想、合理性のパラドックスに表れている。たしかにコミュニティ単位で利益を考えるのは複雑だ。しかし、その判断をAIに任せることで日本人好みのフェアプレイが愉しめるようになる。AIは「一人勝ち」するような選択を取らないからだ。このような戦略が可能になったのも、ひとえに技術進歩のおかげだ。

 

 

サイコパスの行方

従来のリーダーは「ワンマンプレイ」で「自分が最強プレイヤー」で「経済的利益こそが勝利」というタイプだった。

このような人を「サイコパス的リーダー」と呼んだ。

 

一方これまでの議論から察するに、次世代のリーダーは「共感能力が高く」「他人の専門性を見分ける鑑識眼をもち」「マクロな利益を考えられる」タイプとなる。

 

しかし、サイコパス”的”リーダーの時代が終わるからといってサイコパスが居なくなる訳ではない。先見の明と自制心をもつサイコパスなら、この「次世代リーダー像」の仮面を被って振る舞うことも容易い。

 

こうしたサイコパスのリーダーは、すでに「お互いの専門性を共有し”チーム”として共通目的を目指すのが合理的」という解に辿り着いている。コミュニティを形成し、「ワークアズライフ」の感覚で社会に確実な価値を提供しているのだ。

 

自己利益を最優先するサイコパス的リーダーのおかげで「一人勝ちはフェアじゃない」という意識が根付き、フェアなゲームを提供するような技術を受け入れる土壌ができた。それが実現したときサイコパス的リーダーの台頭は終わる。今の地位にしがみつけるのは、せいぜい淘汰から生き残った大企業くらいだろう。

 

今度はサイコパスが「合理的なプレイとは何か」を考え直す番となった。ゲームのルールは変わりつつある。

 

 

参考

 

日本再興戦略 (NewsPicks Book)

日本再興戦略 (NewsPicks Book)

 

 

一般人に「サイコパスだ...」と思わせる方法

以前お話しした

手っ取り早く、一般人を操作する方法を説明してみる - サイコパスを操作する方法

に引き続き、ネタ枠の第二回目です。

例のごとく、身も蓋もないお話をします。

 

 

近年、「サイコパス」というワードが頻繁に見られます。

たとえば、中野信子 著「サイコパス」がベストセラー。Twitterでナオトインティライミサイコパスコラージュが流行。動画サイトで「バーチャルYoutuber電脳少女シロ」がサイコパスシロイルカとして親しまれるなど、ネットでは「メンヘラ」に引き続く流行です。

 

このような状況で、サイコパスを演出する方法が気になる人もいるでしょう。

いないか。

 

ところで、一般人の使う「サイコパス」は「ヤバい奴」とほぼ同義です。

イメージとしては「笑顔で人を殺しそう」「感情がなさそう」みたいな。

こうしたイメージは完全に正しいとは言えません。

しかし、サイコパスの本質は彼らでも感じられるようです。

 

たとえば次のツイートを見て欲しいのですが、

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これをサイコパスと思いますか?

思わないですね。

 

たしかに彼は「ヤバい奴」ですが、どちらかというと「イキリオタク」です。

このように、一般人でも無意識にその程度の分別はできます。

ただ、その違いを言語化するのが少し難しい。

 

そこで。

普通の人に「理解」はできないが「感じる」ことはできる”ヤバさ”

を理解し演出する必要があります。

 

 

①カリスマ性

端的に言えば「堂々とリラックスした態度で雄弁に語る」能力です。一般にサイコパスはプレゼンが上手い。彼らは大衆の前でも緊張せず、感動的なスピーチをします。冷静に考えてヤバいでしょ。

 

あなたは初対面の相手に話しかけるとき、自分のふるまいを観察しますか。

緊張すると心拍数は上がり、手汗をかき、声のトーンは少し上がります。先輩や上司と話すとき、接客や営業の場面でも同じです。ペコペコした態度でぎこちなく、怖気づいた雰囲気が出ています。

 

「コミュ力がある」と豪語する人でも、よく観察すれば偽物だと分かります。

一方的な話し方で、最初から最後まで早口。意味の分からない所で「なるほどね」と相槌を打ち、常に不気味な笑顔。「よろしくお願いしゃす!」「いらっしゃっせー!」と、耳障りな抑揚を付けます。 こういう人いるよね。

 こういう人はカリスマ性というより、「パリピ」「ウザい死ね」という印象をもたれます。

 

まずは普段のコミュニケーションで自分の緊張を自覚し、クセを修正しましょう。「あ、今自分は緊張しているな。」と冷静に受け流す練習をすると、リラックスして話せます

 

堂々とした態度は胸を張ることで演出できます。

パワーポーズという、自分の体を大きく広げるような姿勢をとるだけで自信がつくという心理学の研究があります。実際に聴衆の印象もよくなるらしく、話している間に自信が湧いてきます。ただし、TEDみたいにジェスチャーを入れすぎると「意識高い系(笑)」って思われます。意味のない動きはやめましょう。

 

最後に「雄弁な話し方」。

普通の人は、往々に「トーン」「抑揚」「スピード」の調節がヘタクソです。そもそも考えたことが無さそう。

 

まず「トーン」ですが、身の回りに「いつも声が裏返っている人」はいませんか? アレは論外で、馬鹿っぽい印象をもたれてしまい、異性ウケも最悪です。

 

元気いっぱいの店員も、カラスみたいに「いらっしゃいませ~!どうぞご覧くださいませ~!」と連呼します。僕はウザいと感じます。それは、僕のトーンに合っていないからです。

 

相手の声のトーンに合わせて話し始めましょう。

そこから徐々にトーンを上げれば相手の気分も上がります。

 

気分が沈んでいる時には、バラエティ番組より切ない映画を観たくなるものです。

「始まり」は少し暗いトーンでも、「ラスト」がハッピーエンドなら視聴後の気分は少し明るくなりますよね。

あなたのトークもこうあるべきです。

 

サイコパスは、彼氏に振られた女の子にバーで優しく「やあ、元気が無さそうだね。隣いいかな?君は寂しそうな雰囲気が似合うね。」なんて話しかけて、盛り上がったところで最後にはやることやってるんです。知らんけど。

 

次に「抑揚」です。

抑揚のない喋り方は退屈です。

てきとーに授業をする先生はずっと同じ話し方ですよねー。

じゃあ今日の授業はおわりまーす。みたいな。

 

逆に~!空元気で授業をする先生は語尾に抑揚をつけます! どっちも聞く気が失せま~す!

 

抑揚を付けるのは「感情を込めるとき」「重要なポイント」

言われてみれば当たり前ですが、できない人が多いです。

 

最後に「スピード」です。

やはり遅いと退屈で、早いと理解できません。

 

スピードを遅くするのは

「内容を理解して欲しいとき」

です。

 

ゆっくりだと分かりやすいもんね~。

 

逆にスピードを上げるのは「説得力をもたせたいとき」であり、早く話すことで相手の批判的な思考を妨害することができるため、話を聞いた後に「よく分からないけど何となく分かった!」といった印象を持たせるので、詳しい内容は頭に入ってこない代わりに納得感だけを与えるといった印象操作ができ、したがってこのような話し方は胡散臭いビジネスマンや政治家、論破した感を出したいだけの中高生が多用する傾向にある。ちなみに「ため」「ので」「したがって」などの接続詞を連発することで説得力をさらに高めることができるのだ。

 

以上です。

 

 

アスペルガー的知性と合理性

アスペルガー症候群というものがあります。

誤解を恐れずに言えば、「空気の読めない人」です。

詳しくは自分で調べてください。

 

一見「空気が読めない」のはマイナスにはたらきそうですね。

しかし、場合によっては同調圧力に屈しない」と解釈できます。

 

小学一年生の授業風景を想像してください。

先生が「はい!じゃあみなさん、いちたすいちは~?」というと、自分以外の全員が「に~!」と答えますが、アスペのあなたは「せんせー!どうして1+1₌2なんですか?」と質問してしまいます。

 

これを社会に置き換えるとこうなります。

あなた以外の国民全員が「人を殺してはいけませ~ん!」という中で、あなただけがこう言います。 「え?なんで人を殺したらダメなんですか?」

 

こういう人は、周りから「ヤベェ、アイツぶっ飛んでるわ...」と思われます。これは極端な例ですが、重要なのは自明性の喪失という特徴です。

 

常識的に考えて1+1₌2なのは当たり前ですが、「常識?知らんがな。なんで2になるかの説明になってへんやんけ!」と疑問を持ち(自明性の喪失)、質問という行動に移せる(空気が読めない)点が特徴的です。そういうタイプのアスペルガーが後の天才になるというのはよくある話です。エジソンもその一人。

 

そして同調圧力や常識に囚われない態度はカリスマ性、ひいてはサイコパシーにも繋がります。ただし、それは合理的な選択でなければなりません

空気の読めない馬鹿だと思われたら負けなんです。

 

ふたたび授業にたとえれば、先生の質問に対して真っ先に手を挙げて正解を答えるといいでしょう。全員が「間違ってたらどうしよう・・・」と悩んでいるときに、スパッと答えられる人はカッコいいですよね。

単に空気の読めないヤツではなく、周りから一目置かれる形でこの能力を発揮すると完璧です。

 

ただし、そこでドヤ顔をすると「ただの目立ちたがり屋」になれます(笑)

キョトンとした顔で「この問題くらいお前らも分かってたでしょ?さっさと答えないと授業進まないじゃん。」みたいに、「いや、確かにそうだけどさ...」と畏れられるような振る舞いが最高にサイコ。” ついうっかり出ちゃったヤバい発言 ”を演出しましょう。

 

いわゆる「サバサバ系女子」は、こうした発言を好みます。

「また彼氏が浮気してたんだよね~!もう最悪~!」という女の子に対して、「じゃあ別れればいいじゃん。」というタイプです。女子トークは基本的に共感が重要なので、少し浮いてしまうかもしれません。まあ本人は気にしないでしょうが。

 

ちなみに、アスペルガー的知性と合理性をもつ人は革命家の素質もあります。

企業は大きくなるにつれて保守的になりがちですが、このタイプの経営者はリスキーな選択でさえ、何千人がリストラされようが正しいと思えばすぐ実行します。そう、ジョブズならね。

 

まとめると、

「正しいと思ったらすぐ実行する。」

「常識や周りの目は気にしない。」

「俺ルールで生きている。」

 

こういった知性  "と” カリスマ性を持つ人はサイコパスっぽいです。

残念ながら多くのアスペルガーにカリスマ性はありません。

 

普段は堂々とリラックスした態度で雄弁に語り、ここぞという場面で的確な発言を当然のようにカマす。このただ者ではない”ヤバさ”こそ、一般ウケの良いサイコパスを演出する方法ではないでしょうか。

 

参考

 

あなたは、なぜ、つながれないのか: ラポールと身体知

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明日も、アスペルガーで生きていく。

明日も、アスペルガーで生きていく。

 

 

ド三流サイコパスの説得心理学

「薄っぺらな心理学書」にはウンザリだ。

見ている方が恥ずかしくなるタイトルと煽り文句。

中には「これが心理学なのか・・・」と勘違いする人もいる。

今回は、そうした人達に向けた内容になっている。

 

サイコパスの多い職業ランキングの4位は「営業マン」と言われている。

彼らの多くは説得の心理学を用いている。

しかし、その多くは不誠実で”非効率な” 悪用に過ぎない。

 

説得の権威である ロバート・チャルディーニ の書籍を参考に、浅はかな営業トーク、日常に潜む影響力を暴き出し、免疫を付けよう。

さらに、より”効率的”で誠実な説得についても考えていく。

 

ギブアンドテイクの誤謬

「返報性の原理」という言葉がある。相手に何かをしてあげると、お礼に何かしてもらえる、といったものだ。

これを利用したものが「デパートの試食」や「営業マンのお世辞」である。彼らは「お礼をしなければ」という感情を煽るために何かを与えている。

 

「類似性とお世辞によって、人々はあなたを好きになる。そして、いったんあなたに好意をもっていることに気づけば、あなたと取引したくなる。」

 

これこそ、ド三流サイコパスが信仰する考え方だ。

暇さえあれば「あなたの考えは素晴らしい。私も同感です」などと褒めて「好意」を得る。暫くしてお願いをすれば、相手から進んで協力してくれる。少なくとも断りにくくなるだろう。

しかし、嘘をつくことに慣れていない人のそれは酷く惨めで、「感情を殺すこと」はもはや接客業、営業に求められるスキルになってしまっている。(だからこそサイコパスが多いのだが)

 

そもそも、人はなぜ類似性を強調したりお世辞を言うのだろうか。

彼らは、他人から好意を「得る」ためにそれを行っていた。

 

しかし本来、それは自分の好意を「伝える」ために行うものではないだろうか。実際、大抵の人は類似性やお世辞のアピールは「好意あってこそ」と考えるだろう。

初対面の人間からいきなり褒められるより、自分のことを好きだと分かっている相手からお世辞を言われる方が嬉しいはずだ。したがって、誠実かつ効果的に説得するための格言はこうなる。

 

「彼らに、あなたが彼らを本当に好きであることを示すべし」

 

嘘偽りのない共通点を強調し、心からの賞賛の言葉を贈ろう。どんな人にも愛すべき点、尊敬できる点は必ずある。

 コンビニのレジでさえ、傲慢で不愛想な客が来たときには「自分にもこんな顔をしている時があるな・・・」と類似性を意識することで、幾分か冷静に微笑みながら対応できるだろう。

藪から棒に「お気持ちは分かりますが・・・」と言っても、逆効果なのは目に見えているのだ。

 

 

本書はこういった説得の心理学を良心的に扱っている。

「好意」や「返報性」以外にも「権威」「一貫性」「希少性」「社会的証明」といった承諾に関わる心理を多彩な例を交えてわかりやすく説明している。

より詳しく学びたい人には、読んでおいて損はないことを保証する。

 

参考

 

影響力の武器[第三版]: なぜ、人は動かされるのか

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PRE-SUASION :影響力と説得のための革命的瞬間

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「サイコパス・インサイド」 要約

今回は、ジェームス・ファロン 著「サイコパス・インサイド」を解説する。

彼は著名な神経科学者だ。家族の脳画像診断をしていた時、彼自身がサイコパスの脳をもっていることが判明した。しかし、彼に逮捕歴などはなく、社会に適応的な形でサイコパシーを発揮している。そのため、この本はサイコパスの亜種(彼は”マイルド・サイコパス”と呼んでいる。これは僕らがターゲットとしてきたタイプのサイコパスだ)を神経科学的、遺伝的に理解できるだけでなく、彼の自伝からも有用な情報が得られるだろう。

 

MAOA仮説

セロトニン神経伝達物質の1つであり、うつ病双極性障害統合失調症などに関連している。この分解酵素はMAO(モノアミン酸化酵素)であり、このうち"MAO-A"タイプには遺伝子短形型が存在する。短形型のMAO-Aは攻撃的行動と関連しているため「戦士の遺伝子」とも呼ばれる。

この遺伝子多型はMAO-Aの産生を低下させるため、セロトニンを含むモノアミンの過剰をもたらす。胎児期におけるセロトニン過剰状態は、この作用が軽減する方向に脳の発達を促す。こうしてセロトニン作動型の脳領域は機能不全(セロトニン抵抗性)に陥る。

実際、「戦士の遺伝子」をもっている人は「扁桃体、前帯状皮質、眼窩皮質(すべてサイコパスに見られる機能不全領域)」の容積が8%減少していることがアンドレアス・マイヤー・リンデンバーグらの研究で示されている。

ストレス反応においてストレス刺激は扁桃体を活性化させ、セロトニンの産生を促す。セロトニン抵抗性を持つ人はストレスが緩和されず、「怒り」が長く持続してしまう。

しかし、扁桃体や眼窩皮質などが機能不全のサイコパスはそもそも「ストレス」や「不安」を感じにくいことが多い。

これは一見矛盾しているように感じられるかもしれない。「戦士の遺伝子」は怒りを持続させる「セロトニン抵抗性」をもたらす一方で、ストレス感受性を低下させる「器質的機能不全」をもたらすからだ。個人的には「戦士の遺伝子」を発現している人のパーソナリティは「普段はおとなしいがキレると怖いタイプ」と解釈している。

これが科学者のいう「攻撃的行動」なのか? それは明らかではないが、遺伝子から行動を説明するのは一筋縄ではいかないことは理解できる。

もちろん、これだけでサイコパスのすべては説明できない。

攻撃性を「反応的攻撃性」と「道具的攻撃性」に分類する重要性は無視されており、「誇大性」「病的な嘘」「良心の欠如」といったサイコパスにおける他の重要な特性を予測できる遺伝子も特定されていない。

 

環境要因としての虐待

少年鑑別所における35人のサイコパス犯罪者の調査では、その70%に幼児期における重大な虐待が認められた。著者は「信頼できる記憶が形成されるのは3,4才頃である」こと、「虐待者の危害を防いだサイコパス」の存在を鑑みて、その確率は99%であると推測している。

僕は犯罪者のサイコパスには興味がないので、彼の推測の妥当性に言及はしない。ここで注目するのは、「虐待が実際に何をもたらしているのかを明らかにすること」「虐待を受けていないサイコパス犯罪者にそれは見られるのか」だ。

虐待はやはりストレス反応に関与しており、ストレスはストレスホルモンのコルチゾールを放出させ、コルチゾールはDNAにメチル基を転移させる。これは後天的遺伝子修飾の1つであり、遺伝子発現のON/OFFを操作する。

こうして、同じ「戦士の遺伝子」をもっている人でも「虐待」を受けたかどうかで事情が異なってくる。実際、アヴロジャム・カスピらによる研究では「戦士の遺伝子」と「虐待」を有している男性の85%が反社会的になり、「虐待」のない「戦士の遺伝子」を持つ人では攻撃性がはるかに小さくなることが明らかになった。

 

三脚スツール理論

これまで何度も述べてきたように、サイコパスの原因は「遺伝子と環境」だ。

著者は「三脚スツール理論」として、①前頭前皮質眼窩部、側頭葉前部、扁桃体の異常な機能低下 ②遺伝子のハイリスクな変異体 ③幼少期早期の精神的、身体的、性的虐待 がサイコパシーを説明する枠組みであると主張する。

著者は「戦士の遺伝子」や「器質的機能不全」をもっているが「虐待」はなかったために投獄されずに済んでいると考えている。これは一見、筋が通っているように思える。しかし、彼はある研究者に「”5-HT2A遺伝子変異体”をもっているのでは?」と問われる。

5-HT2Aはセロトニン受容体の1つであり、この受容体の「高性能版」をもっているために眼窩皮質をほぼ完全に不活動化させると考えられる。眼窩皮質は「道徳心」や「自制心」に関わっている領域であり、その機能不全はサイコパシーを説明してくれる。「セロトニン受容体が高性能ならば眼窩皮質は機能不全になる」という命題の真偽は明らかでないにせよ、このように単一の遺伝子異常(多型)と「虐待」だけでサイコパシーを説明しようとする危うさを教えてくれる。

 

最近の発達心理学などの研究では、幼少期の「親」の影響は比較的小さく、あなたのパーソナリティは「遺伝子」と「幼少期の友人」という因子でほぼ決定すると言われている。「虐待」の重要性は実は小さく、筆者が「私は危険なサイコパスではない」と証明するための”でっち上げ”かもしれない。

サイコパスの能力とマンドフルネスの関係

あなたは目を覚ました。

どういう訳か身体は縛り付けられ、仰向けだ。

クレーンで吊るされたコンクリートが目の前にある。今にも落ちそうだ。

・・・何が起きているんだ?

 

ある男が近づいて来る。

彼は、あなただけが知っている機密情報を求めている。

「今すぐ情報を吐くんだ。さもなくばお前は...」

そう言いかけた時、クレーンが轟音を立てて軋みだした。

 

中にいた別の男が、大慌てで駆け出してくる。

「まずい!クレーンが制御不能になった!」

 

あなたはパニックに陥り、こう叫ぶ。

「わ、分かった!全部吐くから今すぐ助けてくれ!」

 

 

こうして、あなたは不合格になった。

実はコンクリートは発泡スチロールで、二人の男は役者だった。

クレーンは壊れていないし、落ちても死ぬことはない。

これは、ある特殊部隊で実際に行われたテストだ。

 

もしこれが落ちてきたら・・・」という恐怖の予期(不安)

それが冷静な判断力を奪い、適切な状況処理を阻害する。

 

 

「もし・・・」といった考えが頭を過ぎ、不安になる。

その結果、むしろ現在のパフォーマンスが落ちた経験はないだろうか。

 

重要な試験の前、大勢の聴衆に向けたプレゼンの前。

「もし失敗したら・・・」というくだらない ”もしも話” に取り乱される。

次に、「あの時もう少し冷静でいられたら・・・」と後悔する。

しかし、常に冷静な人間は後悔することがない。

 

マインドフルネスの効果

”いま・ここ”に注意を向け、それに対していかなる価値判断も下さない。

これが「マインドフルネス状態」だ。

それにより不安はかき消され、”現在”のパフォーマンスは最大化する。

「目の前にコンクリートがある。クレーンは壊れたようだ。」

「試験前だ。」

「たくさんの人がいる。」

そう、それだけだ。 

 

ハーバード大学の研究で、約2ヶ月のマインドフルネス瞑想(1日平均25分~30分)の体験をした人に、左海馬・側頭頭頂接合部における灰白質密度の増加と扁桃体の減少が見られた。

扁桃体はストレス反応による自律神経系の活性化、海馬はストレス反応の抑制に関わっている。したがって「ストレス耐性」が得られると考えられる。

 

サイコパスの「恐怖感の欠如、衝動性、ストレス耐性の高さ」といった能力(障害)は、このマインドフルネスの概念と非常に近い。

彼らは扁桃体が機能不全になっている場合が多く、ストレス反応性が低い。

目の前にコンクリートを吊られても、「だからどうした? 何を怖がる必要があるんだ。俺はまだ死んでいないぜ。」と言うだろう。

 

では、マインドフルネス瞑想を行うとサイコパスになるのか?

いや、もちろんそうではない。

 

前頭前野灰白質と”良心”

Yangら(2005)は、広範なサイコパシー・スコアを含む地域社会の標本を対象にaMRIを用いた研究で、前頭前野灰白質の容積と各スコアに有意な負の相関を見出した。

また、CookeとMichie(2001)は、「尊大で欺瞞的な対人様式」「感情経験の不足」「衝動的で無責任な生活様式」で記述された3つのサイコパシー因子と、前頭前野灰白質容積に、同様の相関を見出した。

YangらとClletti(2005)の研究では、”成功した”サイコパスおよび対照群と比較して、”成功していない”サイコパス前頭前野灰白質に18~23%の著しい容積減少が見られた。

この事実をDamasio(1994)のソマティックマーカー仮説の文脈で理解すると、この領域が「良い意思決定、自立性の予測的恐怖、社会的規制」において中心的な理解を果たしており、成功していないサイコパスでは、これが障害されていると考えられる。

 

つまり、扁桃体の機能不全による「ストレス耐性」と前頭前野灰白質減少による「良心の欠如」が組み合わさったとき、残虐な行為を平然と行うサイコパスが生まれると考えられる。(もちろん、これは飛躍した原因仮説の一部にすぎないのだが)

一方、”成功した”サイコパスにはある程度ストレス反応が見られるという所見もある。

 

いずれにせよ、あなたに良心があれば、マインドフルネス瞑想を行うことで「冷徹に」善を行うことができるようになるかもしれない。これは、サイコパスを操作する人の必修教養科目といえる。

 

サイコパス 秘められた能力

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スタンフォード大学 マインドフルネス教室

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サイコパシー・ハンドブック

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