サイコパスを操作する

サイコパシーの理解から対策まで

サイコパスとジレンマ

ロッコのジレンマ

 

「トロッコの問題」という有名な問題がある。

あなたは次の問いに対して、YESかNO、どちらを答えるだろう。

 

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サイコパスは、迷うことなくYESと答える

つまりは、目的のために人を殺す行為を認める。

 

多くの人は、この問題についてジレンマを抱く。

道徳は「何が善くて何が悪いのか」という意識だ。

あなたが道徳的だと思う行為なら、それについて「いいね」を押せる。同様に、他人が道徳的行為を取った場合にも「いいね」を押せる。

 

あなたの友人がTwitterで「5人を救うために1人を殺してきた」と呟いたら、そのツイートに「いいね」を押せるだろうか。逆に、「5人を救えるからといって、1人を犠牲にするのは悪い事なので、何もしなかった」と呟いたならどうだろう。

 

 

僕の中のジキル博士は、前者を「非道徳的」だと言う。

つまり「善悪の観念に基づいた意思決定ではない」と主張する。

それは「5>1」という、算数の計算に基づいた意思決定だ。

 

 

仮にこの問題がティーカップについてのお話なら、誰もが前者を選択するはずだ。そして「今日、私は5個のティーカップを救うために1個のティーカップを犠牲にした。」と言われても、「だから何だ」といった感じになるだろう。

 

 

ティーカップは”モノ”だ。そしてサイコパスは、人を”モノ扱い”する。

彼らはおそらく、「どちらの行動が道徳的か」と聞かれてもピンと来ない。ピンとは来ないが、頭でそれを理解している。だから ”一見どこにでもいる青年” を演じることもできる。

 

「幾らのお金をもらえるなら、猫の首を絞めて殺しますか?」という質問をしたとき、一般回答者の平均は1000万円だった。サイコパスなら1万円でも引き受けるだろうし、単純な好奇心があればタダでも殺せる。

「一匹殺したから何だっていうんだ。猫ならたくさんいるだろう。」と。

 

 

むしろ興味深いのは一般回答者の方だ。彼らは「お金」と「命」を秤にかけて、あるいは「物質的利益」と「感情的損失」を秤にかけて苦悩する。

 

僕の中のハイド氏は、これを「道徳的ジレンマ」とは呼ばない。彼らはアプローチを間違えている。「道徳的」と思われた方が ”得” ならそうすればいいし、そうでないなら、1円でも殺した方が得だ。恐れや罪悪感、後悔、良心の呵責などは、意思決定の時には関係のない事象だ。「感情的な損失」など存在しない。

 

 

一方、ジキル博士の道徳はとてもシンプルだ。

「自分がされて嫌な事は、他人にもしない。」

基本的にこれだけだ。

 

ロッコのジレンマで言えば、自ら手を下すような真似はしない。犠牲者5人がたとえ家族や親しい人の集まりでも、僕が恣意的に命の価値を決めるのは間違っている

 

5人には気の毒だが、それは「運命」だと諦めてもらうしかない。ここでもやはり、罪悪感や良心の呵責は出てこない。僕はこれを「冷徹な善」と呼んでいる。

 

もしジキル博士がこのゲームの5人の犠牲者に含まれていたら、ただ「ついてないなぁ」と思うだろう。ハイド氏なら、レバーを持つ人間に功利主義と罪悪感を叩き込んでやりたい。

 

 

よくある話だが、聖職者はサイコパスの多い職業の8位だ。また、チベット僧の脳はサイコパスのそれと似ている。

 

僕はジレンマを抱いたとき、決まってどちらかの人格に収束する。

このことを知っておくだけで、普段の意思決定がとてもスムーズになる。

 

どちらの人格も ”一方だけ” なら破滅的だが、「必要性」に従ってサイコパスを操作すれば快適だ。これはマキャベリズム的な考え方で、ジキルとハイドを矛盾なくまとめてくれる。マキャベリは、次のように言っている。

 

”善いと思われる資質を全て身に付けることも、それらを完全に守ることもできない。それというのも、人間の諸条件がそれを許さないからである。”

 

大多数の人間が「1000万円なら」猫を殺すなどと頓珍漢なことを言う世界なので、”常に” 善であることもまた破滅的だ。そしてジキル博士はハイド氏の存在に気付いているので、「私こそが善だ」などと自惚れてはいない。

 

 

結局何がいいたいのかといえば、「ジレンマを抱く人は、問題を間違えているのではないか?」ということだ。無益な苦悩はただただ無益で、善を為すことすらできない。

 

「悪徳によって得られる利益」と「良心の呵責」を秤にかけて悩むような人は、僕に言わせればそもそも道徳的ではない。

 

であるならば、早々に開き直ってしまうのが吉だ。

そして、開き直り方には2つある。

 

1つ目は、「ある人は悪徳を被って当然だ」と考えて、自分の利益に満足する。

2つ目は、「冷徹な善」を積むことに幸せを感じればいい。

 

そしてできることなら、それを使い分けられる方がいいだろう。

 

僕らの脳は、これを使い分けられるようにできている。そうでなければ、善良な市民は自分の給料をアフリカに寄付しなければならない。

 

心理的な距離が遠い人に対しては、「共感」や「良心の呵責」は生まれにくいのだ。(これが僕らの中にある”プチサイコパシー”だ)

 

あらゆる人に対して心理的距離が遠いのがサイコパスで、彼らの振る舞いは常に1つ目の開き直り方をしている。

 

それについて義憤を感じるのはもっともだが、あなた自身もそう振る舞う時があるということを認められなければ、未来のジレンマに打ち勝つことはできないだろう。

 

 

サイコパスと神経伝達物質

今回は「サイコパシー・ハンドブック」と「サイコパス-冷淡な脳-」を参考に、サイコパス神経伝達物質についてみていこう。比較的ハードコアな内容なので、先に簡単に結論を示しておく。

 

  • セロトニン:低値は攻撃性に結び付く。恐怖表情の認識にも関与するのが興味深い。
  • ドーパミン:高値はサイコパシーに結び付く。受容体遺伝子多型に関する知見はサイコパスを扱ったものが少ない。
  • ノルアドレナリン:嫌悪手がかりへの反応性、悲しみの表情認識に関与。個人的に一番注目している。これからの研究に期待。

 

 

 

PCL-R(サイコパシー・チェックリスト)を用いて得られたデータの因子分析から、第一因子(感情的・対人的特性)と第二因子(衝動的な反社会的逸脱)が特定されている。

 

第一因子については、その性質からして定義と操作化が比較的むずかしい。たとえば、「良心の欠如」という目に見えない”心理的傾向”をどうやって定量的にみることができるだろう? 一方、目に見える”行動”としての「攻撃性」などであれば、定義および操作が比較的簡単にできる。

 

こうした面もあって、僕らが最も興味のある「第一因子」については根拠に乏しい。それでも「社会的・感情的刺激に対する自律神経反応の測定」といったモデルから、ある程度の知見は積み上げられてきた。しかしながら、この系統の研究と神経化学的機能不全の関係は一般に検討されていない。

 

以上を踏まえて、一連の神経化学的研究を見ていこう。

 

 

セロトニン

ヒトを対象にした実験では、脳をこじ開けてその中のセロトニン量を直接測り取る、といったことは当然できない。そこで、脳脊髄液から代謝産物を採取し測定する形で神経伝達物質レベルの指標とするのが神経化学研究の王道だ。

 

たとえば摂取した水分量(セロトニン)が知りたければ、尿の量(代謝産物)を測ればいい。もちろん誤差は生じるが、胃をこじ開けられるよりはマシだろう。

 

サイコパスでは、セロトニン代謝産物である「5-ヒドロキシインドール酢酸(H-HIAA)」に対して、ドーパミン代謝産物である「ホモバニリン酸(HVA)」の割合が有意に高いことから、ドーパミン作用のセロトニン調節障害が衝動的・攻撃的行動の一因である可能性が考えられている。

 

また、PCL-Rにおける第一因子、第二因子のスコア双方に「H-HIAA:HVA」の割合との相関がみられている。またH-HIAA値のみを見た場合、一方の研究では中程度の相関が「第二因子のみ」に見られ、他方の研究では投薬なしグループに第二因子との強い相関がみられた。

 

これらの知見から、セロトニン欠如はサイコパシーの第二因子に根本的に結び付く一方で、セロトニン欠如は”ドーパミンとの相互作用”を介して第一因子にも影響を与える可能性があること」示唆している。

 

簡単に言えば、「単純にセロトニンが足りないだけだとイライラしやすくなるだけだが、ドーパミンとのバランスによっては、メンタルまでサイコパスになる」ということだ。

 

また、血漿中のトリプトファン(セロトニンの前駆体)の枯渇によって攻撃的反応の増加が認められており、セロトニンの欠如と攻撃性との関連を支持する。

 

 

一方、セロトニン分解酵素であるMAOの活性の程度がサイコパシースコアと相関することが繰り返し報告されているが、「分解」が低活性であるということはセロトニン濃度の”増加”をもたらすように思われる。

 

そのため、MAO活性の低さの明確な役割は明らかではない。前回の記事でも書いたように、”発達過程での”セロトニンの過剰がセロトニン感受性”低下”につながると考えられる。

 

 

「第一因子」に関する研究としては、セロトニンの増大をもたらすトリプトファン投与」またはセロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)投与」によって恐怖の表情がより認識しやすくなること、トリプトファンの欠乏によって同認識が低下すること、ならびにSSRIを服用するうつ病被験者で同認識の正常化が認められることが示されている。

 

この知見から、小児における道徳的行動の発達に必要であるとともに、サイコパシーの特徴をもつ小児および成人に障害が認められる「恐怖の表情の認識」にセロトニン活性が関与していることが示唆される。

 

 

ドーパミン

ドーパミン過剰は攻撃的および衝動的な行動をもたらし、ドーパミン拮抗薬は、精神障害の攻撃的行動に対する治療薬として確立されている。

 

暴力犯罪者を対象にした研究で、サイコパシー・スコアの第一因子、第二因子の双方に脳脊髄液中のHVA高値との相関がみられた。また前述のように、「H-HIAA:HVA」の割合も両スコアとの相関がある。ただし、第一因子よりも第二因子の方が高い相関性を示している。

 

興味深いことに、ドーパミンD4受容体(DRD4)遺伝子多型に「外向性との正の相関」「誠実性との負の相関」が示されている。しかしながら、追試験では一貫した結果は得られていない。

 

ドーパミン受容体は他にもあるが、DRD2については不確定、DRD3は暴力犯罪者群で関連性あり、DRD5は反社会性パーソナリティ障害の症状数と関連あり、といった知見があるが、いずれも予備的なものとして捉えておく必要がある。(サイコパスを扱っていないため)

 

 

ノルアドレナリン

ノルアドレナリン(NA)系は、信号検出への影響と認知一般への広範な影響を伴い覚醒状態を媒介するとともに、主に環境からの新奇あるいは脅威的な刺激への反応の行動活性化を媒介する。...簡単にいえば、ストレス反応に関与する。

 

残念ながら、攻撃性または反社会的行動に関してNA系の実証的エビデンスはほとんど報告されていない。サイコパスに臨床的に認められるストレス反応の減弱と関連する可能性があるのに、だ。

 

そこで、「サイコパス -冷淡な脳-」で著者が主張している仮説を紹介しておく。

 

サイコパスは、扁桃体損傷患者と同等の障害を示すわけではない。刺激-報酬関連形成や社会認知といった扁桃体が関与していると思われる機能は、サイコパスでは、軽度に障害されているだけか、あるいは全く損なわれていない。

 

このことは、われわれの仮説では、サイコパスの根本的原因は遺伝子異常であって、扁桃体機能の全体が障害されて発症するのではないことを示唆する。つまりは、遺伝子異常おそらく扁桃体機能のある一部と関連する特定の神経伝達物質を阻害することで、より選択的に障害を与えていると考えられる。

 

われわれの推測では、サイコパスの根底にある遺伝子異常神経伝達物質の機能を阻害し、その結果、扁桃体の刺激-罰連関形成の機能を特異的に低下させていると思われる。しかし、サイコパスではどの神経伝達物質が機能不全に陥っているのかは、まだはっきりはしていない。

 

可能性として、ストレス/脅威刺激に対するノルアドレナリンの反応が阻害されているということがありうる。

 

最近の興味深い研究で、ノルアドレナリンがヒトの意思決定時の嫌悪手がかりによる影響の調節に関与しているという指摘がなされている。

 

さらに、薬理学的データによっても、ノルアドレナリンを操作することで悲しみの表情の処理に選択的に影響を与えることが示唆されている。

 

ノルアドレナリン異常と反社会的行動/行為障害との関連を示した研究が、この仮説をさらに支持する。こうした観点から、不安障害でノルアドレナリン機能が増大しているようであるという指摘は、重要である。

 

つまり、サイコパスにみられる情動障害と正反対に、嫌悪手がかりに対して高い反応性を示す集団において、ノルアドレナリン機能が増大していることになる。

 

したがって、サイコパスに存在すると考えられる遺伝子異常がノルアドレナリンのシステムを妨害し、嫌悪刺激の効果が弱められている可能性がある。

 

 

 

「結局、サイコパスは「〇〇〇が欠如した人間」である。」で「サイコパスは”利益を求めて善を為す”ことはできる」と述べたのは、まさにこの背景からだ。

 

サイコパス扁桃体全体が機能不全である」というより、「扁桃体のうち、刺激-罰連関形成に関わる領域が選択的に機能不全である」という方が適切なのだ。

 

2018年の研究(Influence of allelic variations in relation to norepinephrine and mineralocorticoid receptors on psychopathic traits: a pilot study [PeerJ])でサイコパシースコアとノルアドレナリン系遺伝子多型の間に相関が示されているが、被験者が少ないこと、用いられた課題が不十分で、それから得られる知見が限定的という問題がある。

 

 

以上が、サイコパス神経伝達物質の関係になる。ちなみに、他の神経伝達物質やホルモンについては十分なエビデンスがあるとはいえない状況だ。

 

神経伝達物質はさまざまな脳機能の根幹をなすものなので、1つの神経伝達物質の多寡からスペクトラムとして多様化したサイコパシーを完全に説明するのは無理があるだろう。

 

とはいえ、最後に紹介したブレアらの仮説はとても魅力的だ。

彼らはサイコパシーの特徴を必要最低限まで削り落とし、ターゲットを明確に定めてくれた。


それは扁桃体の刺激-罰連関形成関連部位とノルアドレナリンの関係」および「眼窩前頭前皮質の機能不全と扁桃体当該領域との関連性」だ。(後者については次回で説明する)

 

そして、まさにそのターゲットであるノルアドレナリンは知見に乏しく、研究が進んでいる最中なのだ。

 

 

 

参考

 

サイコパシー・ハンドブック

サイコパシー・ハンドブック

  • 作者: 田中 康雄,クリストファー・J・パトリック,片山 剛一,松井 由佳,藪 盛子,和田 明希
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サイコパス -冷淡な脳-

サイコパス -冷淡な脳-

 

 

あなたの中のサイコパシー

 

「実は俺、サイコパスなんだよね。」と言われても、大抵の人は苦笑いを浮かべるだろう。本当にサイコパスならそのような無益なカミングアウトはせず、良心的な人間を装うことに努めるはずだ。 また、サイコパスは自分のことを「普通の人間」だと思っているので自覚することはない。と考えるかもしれない。

 

前者の反論はもっともだが、後者については全く根拠がない。「自称サイコパス」は確かに肥大化した自己愛の顕れかもしれない。しかし彼の行動が実際にサイコパス的であれば、対処すべきはその”行動”であって「彼が本当にサイコパスかどうか」ではない。この点を間違ってしまうと、痛い目を見ることになるだろう。

 

 

さて、世の中には”自己診断用の”サイコパシーチェックリストが存在する。

今回はこれを用いて、「あなたの中のサイコパシー」に目を向けてみよう。

質問には直観で答えるのをオススメする。

リンク:Levenson Self-Report Psychopathy Scale

 

 

【テストの和訳】

1.「成功は適者生存に基づいている。敗者のことは気にかけない。」

2.「人生の中で、同じ種類のトラブルに悩まされていると気が付く。」

3.「私にとって正しいものは、逃げることができるものだ。」

4.「しばしば退屈する。」

5.「成功するために、あらゆるものから逃げるのは正しいと感じる。」

6.「1つの目標を長期間にわたって追い求めることができる。」

7.「人生の主目的は、できるだけ多くのものを得ることだ。」

8.「あらかじめ入念に計画を立てることはない。」

9.「大金を稼ぐことは最も重要な目標である。」

10.「始めたタスクにすぐ興味を失ってしまう。」

11.「他人にはより高尚な価値へ興味を向けさせておけばよい。私の主な関心事は損得だ。」

12.「問題のほとんどは、他人が私を理解していないことに原因がある。」

13.「何かを盗まれるほど愚かな人間がそういう目に遭うのは当然だ。」

14.「何かを行う前には、起こりうる結果を考慮する。」

15.「自分探しが私の最優先事項だ。」

16.「他人と大声で口論になることが多い。」

17.「私が望むことを彼らが行うように、彼らの望む言葉を言う。」

18.「イライラしたとき、自分の頭上に風を吹かせて蒸気を飛ばす。」

19.「自分の成功が他人の犠牲からなっていた場合、それは気がかりだ。」

20.「愛は過大評価されている。」

21.「私はしばしば巧妙な詐欺に感心する。」

22.「自分の目標を追求する上で、他人を傷つけないことを重要視する。」

23.「他人の感情を操作することを愉しむ。」

24.「自分の言動で他人を傷つけてしまうと罪悪感を感じる。」

25.「たとえそれを売るのに苦労していても、商品に関する嘘はつかない。」

26.「ズルは不公平なので間違っている。」

 

 

僕のテスト結果はこのようになった。

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Primary psychopathyは「一次的サイコパシー」、すなわち情動面(共感性の欠如、反社会的指向性への耐性)に関するスコアだ。

 

Secondary psychopathyは「二次的サイコパシー」、すなわち反社会性(ルールを破ること、社会的に望ましいとされる行動への努力欠如)に関するスコアだ。

 

こうしてみると、僕のサイコパシーはかなり高めだ。

あなたはどうだっただろうか。

 

 

僕にとって、このテストの意義は「自分の直観」を自覚できる点にある。 衝動性、共感性の欠如、反社会性など、サイコパシーの多くは自制を心掛けなければ自身の破滅を招くものばかりだ。

 

だから、あなたもこれを機に「自分にもサイコパス的なところがあるのではないか」と考えてみて欲しい。自覚しなければ自制しようがない。僕は常々、「普通の」人の言動の方が、よっぽど狂っているように感じる。それは”共感”に駆り立てられた残酷さだ。

 

初めてサイコパスに関する本を手に取ったとき、彼らの行動原理に共感したと同時に困惑したのを覚えている。余計な感情に惑わされず自分の利益だけを考え、合理的に思考し行動するサイコパスは、僕と似ているようで異なる人間だった。

 

当時の僕は、周囲とズレていることに気が付いていた。しかし、サイコパスだと自覚していたわけではなかった。むしろ憧れの方が強く、繊細で自己愛の強いタイプだ。幼少期は理不尽に怒る親や、他人の感情を顧みない自己中心的な同級生に対して「どうしてこんなことができるんだろう」と感じていた。

 

そんな人間がこのスコアを叩き出したのは、サイコパシーを「学習」「操作」したからだ。さながら認知行動療法のように、経験知を積み重ねて認知を矯正し、余計な良心や共感を棄て去り、無益な自意識や不安を消去した。

 

こうして直観レベルサイコパスの思考が染みついた一方、スイッチを切り替えれば良心的で感情的な人間になることもできるようになった。僕はサイコパシーを「自制すべきもの」ではなく「道具」として扱っている。 

 

 

 

サイコパシーはスペクトラムだ。

その正規分布のどこかにあなたも存在する。そして、僕はその分布の中を自由に移動することができる。また、ある程度なら別の位置へ誰かを動かすこともできる。

 

多くの人は自己診断テストを利用するとき、「自分の位置を探すこと」に躍起になる。それは所詮、レッテルに閉じられた世界だ。

 

また、多くの人はサイコパスに憧れるか、嫌悪する。しかし、サイコパシーの片鱗はあなたの中にもある。それを自覚し操作するまでは、あなたはサイコパスを「遠い他者」のように感じるだろう。

 

今回のテストで自分の位置を把握したら、状況に応じて動かすことを覚えた方が良い。自分と異なる位置にいる人間に無理解を示すのではなく、新たな経験を生み出すためのモデルにする。 

 

こうすることで、あらゆる人間に共感することができる。これが本当の意味での「サイコパスを操作する方法」に繋がる。 

 

 

サイコパスの真実

 

現時点で日本にあるサイコパスに関する書籍の内、真に学術的と呼べるものは

ジェームズ・ブレア 著「サイコパス -冷淡な脳-」

クリストファー・J・パトリック 著「サイコパシー・ハンドブック」

エイドリアン・レイン 著「暴力の解剖学」

くらいだろうか。

 

本書、原田隆之 著「サイコパスの真実」は、これらの書籍や論文を基に明快な論理で構成されており、入門書としては日本で最も信頼できるものとなっている。

 

 

著者は犯罪心理学者であり、サイコパスと関わった経験がある。

その上でサイコパスにも心を開いて接すれば、心を通わせることができる」という命題を「神話」と切り捨てているのは興味深い。

 

僕は以前、「サイコパスと自己愛 」という記事で「サイコパスから尊敬を勝ち取るには、仮面を外した彼らと心の中を晒し合い、互いにそれを認めあうことだ」と書いた。

 

これは間違いだったかもしれない。

 

というのも、「カモ」や「敵」の立場でこれを行えば確実に利用される破目になるからだ。むしろ「尊敬を勝ち取った後」、すなわち彼らにとっての「味方」あるいは「権威」である立場になってはじめてオープンに接し、互いを認め合う意義が生まれる。

 

いわゆる、サイコパスの常套手段である「僕たちは似ているね作戦」だ。

彼らの側にすり寄るのではなく、彼らがすり寄るように誘導し、権内に収めることでサイコパスの利用価値を最大化できる... という意味で書きたかったのだが、今思えば少しハードルが高すぎた。しかし、「サイコパスを変えようとする」ことがタブーであるのに変わりはない。

 

 

さて、本書ではサイコパスの特徴の一つである「良心の欠如」を「恐怖心の欠如」から説明している。サイコパスは「恐怖条件付け」がなされず、それによって「道徳的社会化」も起こらず、良心が欠如するという理論だ。

これが現時点で最も説得力のある説明であり、それを支持するエビデンスも多数ある。

 

さらに、サイコパスについても様々な亜型があると述べている。

これまでに紹介した「成功したサイコパス」や「マイルド・サイコパス」だけでなく、「一次的/二次的サイコパスという分類もある。

 

これは精神医学者カープマンによって提唱された概念だ。真のサイコパス(一次的サイコパス)と同様に、「二次的サイコパス」は他者への敬意を欠き、人を欺き、操作し、犯罪行為をはたらき、その日暮らしで後先を考えないという「対人因子」「感情因子」「生活様式因子」「反社会性因子」といったサイコパスを特徴づける因子を全て兼ね備えている。

 

「二次的サイコパス」が「一次的サイコパス」と異なるのは「良心や共感性の欠如」は完全ではなく、残虐な行動に対するためらいや抑制が見られ、ある程度は自身の行動について”反省”ができるという点だ。

 

さらに、情緒不安定で、自信に欠け、不安や抑うつといった徴候を示すことが多い。すなわち、彼らは「反応的攻撃性」を顕著に示す。

 

リッケンによると、一次的サイコパス「行動抑制システム」に異常があり、自らの行動を抑制できないところにその特徴がある。最も顕著な行動抑制システムは、言うまでもなく「不安」という感情である。「一次的サイコパス」は、この「不安」による行動のブレーキが効かないタイプだ。

 

一方、「二次的サイコパス」には「行動活性化システム」に異常があるという。彼らは、ストレス負荷状況で、自分の行動にスイッチを入れて、それらを回避したり、対処したりできないために、常にストレス負荷状況に追い込まれている。その結果、復讐心や怒りを募らせて、衝動的に反社会的行動が出現するという風な説明がなされている。

 

サイコパスに特異的な特徴は「道具的攻撃性」だ。したがって、「二次的サイコパス」については「サイコパスもどき」という認識が適切だろう。

 

もっと分かりやすく言えば、僕らが問題にすべきサイコパス「他人を困らせる一方で、自分は全く困っていないタイプ」なのだ。

 

 

サイコパスの生理的反応

サイコパスに関する「説明理論」のうち、「恐怖機能不全モデル」に関する研究を紹介する。

 

先ほど登場したリッケンは、サイコパスの生理的反応の異常に初めて着目した研究者だ。彼は、質問紙や生理的指標の測定によって、サイコパスが比較的恐怖や不安が低いとを実証した。

 

さらにクリストファー・パトリックは、性犯罪によって司法的治療施設に拘禁されている犯罪者に対して「手足の切断」や「突きつけられた銃」「蛇」などの驚異的な画像を見せたとき、サイコパスでは「まばたきの回数」が際立って少ないことを発見した。

 

また、フライドマンらは、サイコパスの「遺伝子的特徴」を有する者に対してギャンブル課題を行わせた。その結果、彼らは自分に有利な場面で一貫してリスクを取り続け、結果として高額な報酬金を手にすることができた。つまり、リスクに伴う不安をものともしなかったのである。ただし、「遺伝子的特徴」が何かは示されていない。

 

著者らの研究では、サイコパス傾向のある大学生とそうでな大学生を対象に、安静時およびリスクのあるギャンブル課題時の生理的反応(心拍数、皮膚電気反応)を比較した。しかし、有意な差は見られなかった。サイコパス「傾向」、すなわち行動や感情の特徴がサイコパスと類似しているだけでは「真のサイコパス」ほどの偏りを生じないということだ。これは、生理的反応の異常が「真のサイコパス」を特徴づけることを示唆している。

 

以上より、真のサイコパスには生理的反応の異常が存在し、「恐怖」や「不安」が欠如しているため、彼らにとって「死刑」という罰による抑止効果はないと結論付けている。

 

 

サイコパスの共感性

次に、サイコパスの「共感性の欠如」に関する研究を紹介する。

 

ブレアらは、刑務所および司法病院に入所中のサイコパスと一般男性に、さまざまなスライドを見せ、生理的反応を測定した。スライドの中には、「泣いている大人」「泣いている子供」のクローズアップ画像などが含まれていた。

 

しかし、サイコパスはこれらのスライドを見ているあいだ、皮膚電気反応はほぼ変化しなかった。この結果からブレアは、サイコパスは他人が示す恐怖の情動に心が動かないだけでなく、表情自体を十分に認識できないと主張している。

 

表情の認識に異常があることにまで言及した根拠は明記されていないが、各スライドの表情に適切な表現を答えるような課題(「悲しみ」「不安」「怒り」「憂鬱」の中から1つ選ぶなど) も行っていたのだろう。

 

また、プファビガンらは、サイコパス犯罪者に、他者が苦痛を体験しているビデオを見せ、その反応を調べた。その結果、彼らは質問紙調査では共感を示したものの、視聴中生理的反応には何の変化も見られなかった。つまり、「共感しているフリ」をしていただけで、心は何も動いていなかったのだ。

 

悲しみだけでなく、怒りの表情への反応にも異常が見られる。

フォン・ボリエスらは、スクリーンに様々な表情を映し出し、ジョイスティックを操作することで顔を拡大・縮小できるようにした。一般男性は、怒りの顔が現れたときには画像を縮小し、笑顔の場合には拡大する傾向があったのに対し、サイコパスは、反応に差が見られなかった。

 

人間は、相手の怒りを認識すると、それに対する「回避反応」を引き起こす。これはちょうど、一次的サイコパスに異常が見られる「行動抑制システム」の一つだ。これがうまく機能していなければ、共感に基づく暴力の抑制が起こらない。

 

ブレアによると、このような暴力抑制装置は、まず他者の顔を認識することで活性化され、生理的反応(心拍数の増加、すくみなど)や感情が引き起こされ、相手の表情や周囲の状況に対する注意力が上昇する、といった一連の反応が自動的に生じる。

 

しかし、サイコパスそもそも他人の表情を見分けることができない。そして、恐怖や苦痛の顔を見せられても、そこにある感情を読み取ることができず、自分の感情も動かない。そのため、過剰に他人を痛めつけるような”冷徹な”暴力が起こる。これが「共感性の欠如」である。

 

一方、目元を見て表情を当てるテストでは、サイコパスは一般人よりも高い正答率を出すことを示した研究もあった。「共感性の欠如」は「表情の認識の異常」によるという説明については、まだ議論の余地があると感じる。

 

 

サイコパスの注意力

注意力は「実行機能」に大きく関与する。

計画を立て、計画通りに実行できているかモニターし、一つ一つの行動を遂行していく。場合によっては、状況に応じて臨機応変に行動を調節する必要がある。

 

ジュダイとヘアは、受刑者にテレビゲームを行ってもらいながら、ピッという電子音(妨害刺激)を聞くという課題を行わせ、その際の心拍や皮膚電気反応を測定した。

 

その結果、サイコパスは邪魔な音にも妨害されることなく、淡々とゲームを続けることができた。皮膚電気反応も小さく、試行を重ねてもほぼ変化が見られなかった。

 

一方、非サイコパスは妨害刺激に邪魔されがちで、生理的反応も大きかった。しかし、試行を重ねるにつれて反応は小さくなり、妨害刺激を無視することができるようになった。

 

この結果から、サイコパスは、自分が取り組んでいることや関心のあることに注意を集中し、妨害刺激を無視することができる「能力」があることが示された。

 

しかしながら、サイコパス自分の利益を追求するあまり、他者の利益や感情を無視する傾向と関連すると考えられる。

 

以上の研究から、「説明理論」として次の3つのモデルが提唱されている。

 

①恐怖機能不全モデル -「恐怖心の欠如」に着目

②暴力抑制装置モデル -「共感性の欠如」に着目

③反応調節モデル      -「注意欠陥」に着目

 

著者は、「これらのどれが正しく、どれが間違いというものではなく、ここで述べてきたサイコパスの病理のどこに一番着目するかによって、理論がそれぞれ異なる」と述べている。

 

 

サイコパスの脳

これまで何度も説明してきたように、サイコパスの脳の異常として最も際立っているのが「扁桃体の異常」と「内側および眼窩前頭前皮質の異常」である。

 

「恐怖、不安、共感性、良心の欠如、冷酷性、残虐性、衝動性、生理的反応の異常」という特徴は、扁桃体の異常との関連が繰り返し示されている。サイコパス扁桃体には容積の減少や、左右非対称性が見られる。

 

また、内側前頭前皮質や眼窩前頭前皮質といった「良心」や「共感性」と関連のある領域の異常が見られる一方、「冷たい脳」と呼ばれる背側前頭前皮質の障害はなく、冷静に計画を立て、冷酷な犯罪を行い、反省もしないというサイコパスに特異的な特徴が現れる。

 

また、神経伝達物質についてはドーパミンの過剰」や「ドーパミントランスポーターの異常」が見られており、サイコパスが過剰に刺激や快楽を求め、衝動的に薬物使用、放縦なセックスなどに動機づけられることと関連があると考えられている。

 

さらに、主にセロトニンの分解を担うモノアミン酸化酵素A(MAOA)遺伝子の変異によってセロトニン過剰」がもたらされる。一般にセロトニン濃度の増加は、抗うつ薬がそれを目指すように、不安や怒りを抑えるといったポジティブな効果が期待されるのだが、発達の初期からセロトニンの過剰が持続する場合には話が変わってくる。

 

ファロンによれば、発達の過程で「セロトニンの過剰」に対して「恒常性」がはたらくと、脳内のセロトニン受容体の数が減少する。つまり、セロトニンに対して感受性がなくなってしまう。

 

扁桃体はストレスを感じ取るとストレス反応を引き起こすと同時にセロトニンの放出を促し、それを抑制するという機能もあるのだが、サイコパスの脳はセロトニン感受性が低いために怒りが持続してしまい、攻撃性が現れてしまう。

 

 

遺伝と環境

サイコパスの概念が登場した当初、その病理は「精神分析」や、それに付随する「愛着理論」によって説明されていた。

しかし、著者はこれらに対してエビデンスがない」と一蹴する。

 

マーシャルとクックは、サイコパスと非サイコパスの男性を対象に、非虐待経験について調査したが両群に有意差は見られなかった。同様の結果は、繰り返し報告されている。

 

また、ブレアは愛着理論について「愛着形成ができなかったからサイコパスになったのではなく、サイコパス的な素質を持って生まれた子供だから、愛着形成ができなかったのではないか」と指摘している。

 

 

僕は「少年は残酷な弓を射る」という映画が好きなのだが、この映画はまさにサイコパス的な特徴をもつ子供と母親の関わりを示しているように思える。

 

少年は周囲の人間の前では「良い子」を演じる一方で、母親と二人きりのときには無視や挑発をして貶めようとする。時には心を折られながらも、健気に接そうとする母親の姿は美しく切ないのだが、それとは裏腹に残虐な事件が次々と起きてしまう。

 

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言うまでもなくフィクションなので「エビデンス」にはなり得ないのだが、虐待によって彼らがサイコパスになったのではなく、サイコパス”だから”虐待を受けた、という可能性を考慮しておく必要はあるだろう。

 

 

「暴力の解剖学」の著者でもあるレインは、反社会的行動に対する遺伝と環境の寄与率を分析した結果、遺伝率は0.96という驚くべき結果を示した。

つまり、人が示す反社会性のばらつきの96%が遺伝で説明できるのだ。さらに「共有環境」の影響はゼロで、「非共有環境」の影響は4%だった。これほどの遺伝の影響に匹敵するのは「身長」くらいだ。

 

 

とはいえ、妊娠中に母親が”週一回”飲酒しただけで、子供の素行障害のリスクが倍増すること、たばこを1日10本吸った場合、子供が素行障害になるリスクは4倍にもなること、またケンブリッジ研究と呼ばれる、ロンドンの男児を対象に40年間の追跡長差を行った研究では、「父親の不関与」の有無がサイコパスと非サイコパスの数に6.5倍もの差をもたらしたことが示されている。

 

 

本書はさらに踏み込んでサイコパスの治療進化論的な考察「悪」とは何か、といった話にも触れている。いずれも「エビデンス」に基づいて描かれているので、興味のある人は本書を読めば、サイコパスに対する洞察をさらに深めることができる。

 

 

参考

 

サイコパスの真実 (ちくま新書)

サイコパスの真実 (ちくま新書)

 

 

環境要因 -虐待・貧困・非行-

 

今回参考にするのは、鈴木大介「最貧困女子」だ。

珍しく、社会系の話になる。

 

この本は「最貧困女子」、すなわち3つの無縁(家族、地域、制度の無縁)3つの障害(精神障害発達障害、知的障害)といったリスクをより多く抱えた女性が、現行の福祉制度では”捕捉”できないことを暴き出す本だ。

 

僕はそのスタート地点に「虐待」が存在し、彼女らが泥沼に沈んでいく過程でサイコパスの「環境要因」と呼べるものが多くあると感じた。

 

一般に、その人の性格形成に影響を及ぼすものは50%が”遺伝子”、そして次に”幼少期の友人関係”が大きいと言われており、”親の育て方”による影響は比較的小さい

 

そうした観点から、虐待は環境要因としての影響が小さいと考える人もいる。

 

しかし、実際に虐待を受けた少年少女がどのような生活を送るのかを知れば、少しは見方が変わるかもしれない。 少なくとも僕はそうだった。

 

今回はすべてを科学的に語ろうという訳ではない

その代わりに、十分に想像力を働かせて読んで欲しい。

 

 

虐待

殴る、蹴るなどの「身体的虐待」

「お前なんか生まれてこなければよかった」といった言葉による「精神的虐待」

十分な食事を与えない、保育園に行かせないなどの「ネグレクト」

そして実の子供を強姦するといった性的虐待

これらすべて、子供たちにとって途轍もないストレスだ。

 

サイコパスに見られる「眼窩前頭前皮質の障害」は、脳が頭蓋骨の中で安定していない幼少期であれば  ”激しくゆすられただけ” で容易に起こりうる。

ましてや灰皿で殴ったり壁に頭を打ち付けたりすれば、言うまでもない。

 

 

このほかにも、「愛情剥離による対人様式の変化」「性的に奔放な性格」「過剰ストレスによる海馬の委縮と反応的攻撃性の増大」「栄養失調による発達の阻害」「知的な発達の遅れ」など、虐待は様々な負因に繋がりうる。

 

これらはサイコパスの「情動面」や「対人面」のスコアを高める

 

 

同年代の非行コミュニティ

虐待を受けている子供は、いじめの被害にも遭いやすい。

給食費の滞納、みすぼらしい服装、痛ましい外見、情緒的な不安定さ。

”親の子育て” は ”幼少期の友人関係” にも影響を及ぼすと考えられないだろうか。

 

いじめに遭わなかったとしても、勉学に励める環境とは言い難い。

 

もはや”家”は安全な場所ではない。

同じような境遇の子供たちが集まり、夜遅くまで外出するようになるかもしれない。

 

とくにネグレクトを受けている場合、算数よりも先に、食べ物の万引きを覚える。

それに味を占めれば、犯罪行為は次第にエスカレートしていくだろう。

 

そしていずれは問題が発覚するのだが、補導した警察官は「家庭の事情」には関知せず、件の機能不全家族の元へ帰すことになる。

 

これは虐待を受ける子供たちにとって、ある意味での「裏切り行為」だ。

こうして非行グループ内の結びつきが強化されていく。

同時に、社会に対する斥力も強化されるという泥沼化が始まる。

 

これらは、サイコパスの「反社会性」のスコアを高める。

 

地域コミュニティの脱出と性産業

虐待が長期間に及ぶ場合や、非行グループに留まることがあまりにも苦痛な場合、そのような子供たちはその地域から避難せざるを得なくなる。

 

家族、制度、地域の3つから孤立した人の気持ちは、僕には到底理解できない。

そうした子供たちは「金」「住居」「通信手段」を持っておらず、路上で過ごせば補導・送還されてしまう。

 

そんな中、声をかけてくるのが「ホスト」「スカウト」「風俗嬢」「売春男」だ。

彼らは一見優しく、彼女らにないものを与えてくれる。

これが、彼女らの世界では唯一のセーフティネットとして機能する。

 

大抵は18歳になるのを見越して安全基地を提供するのだが、場合によっては年齢を偽って性産業に組み込まれたり、違法な売春を行うようになる。

 

しかし、中には容姿が優れていなかったり、精神的に病んでしまった人もいる。

そうした人は性産業からも見放され、さらなる苦難を強いられる。

 

このような人こそ、著者のいう「最貧困女子」だ。

 

 

 

ここまでの話には、多くの分岐点がある。

そのため、虐待の影響を定量的に見ることは難しい。

サイコパシースコアと虐待経験の相関だけでは、この部分が不可視化されてしまう。

しかし、科学的な立場を取ればそれは仕方のないことだ。

 

 

ただ、僕らは「虐待」という闇の深さに理解を示すべきだと思う。

環境要因としてのストレスを、単なる「遺伝子のスイッチを押すもの」と考えるのは少し浅はかだ。

 

そのストレスを乗り越えようとするとき、彼らは多くのことを「学習」する。

良心の欠如罪悪感の欠如などは、その過程で獲得されるものと考えることもできる。

 

こうした機能は前頭前皮質が担い、二十代まで発達し続ける。

しかし、例の環境ではその回路を形成するような刺激が殆どない。

 

 

ところで「暴力の解剖学」という本では、機能不全の兆候のある家庭を対象にした、かなり大規模なプログラムが紹介されていた。

そのプログラムでは、彼らに対して十分な食事、子供や親の教育、精神的なケアなどを徹底して行う。

 

その結果、かかった費用を上回る経済的利益が生まれることが分かった。

さらに彼らの反社会性を大きく減少させており、それを含めれば、社会的にもかなりの利益が期待できることを示唆している。

 

たしかに性産業と競合する形で「最貧困女子」に対するセーフティネットを整えるのは、功利的に見れば悪手かもしれない。

しかし、このプログラムのような予防的介入は確実に社会を良くすると僕は考えている。

 

さらに「妊娠中絶の合法化」によってハイリスク母親(片親、若年齢など)の数が減少し、それが犯罪件数の減少に繋がったケースがあると主張する研究者もいる。

 

これらを考慮すれば、僕はサイコパスを「科学」する一方で、治療や予防を考える上では「社会」的な面も十分に加味する必要があると感じた。

 

つまり、科学的にサイコパスの原因が遺伝子や脳機能の異常だと判明したからといって、彼らへのアプローチを遺伝子操作や脳内の幹細胞移植、薬物治療など、より負担の大きい個人的なものに依存する必要はない。

 

環境要因の重要性はここにある。

 

 

次回は、このプログラムの科学的根拠と内容を詳しく見ていこう。

 

 

 参考

最貧困女子 (幻冬舎新書)

最貧困女子 (幻冬舎新書)

 

 

寛容で衝動的で利己的なサイコパスの脳

 

サイコパスは○○という領域が障害されている。」

という説明にも飽きてきた頃だと思う。

 

今回は、苧阪直之 編「報酬を期待する脳」を参考に、サイコパスに見られる主な障害領域である「眼窩前頭前皮質「内側前頭前皮質扁桃体の3つがどのような機能を持っており、その障害が何をもたらすのか詳しく解説する。

 

 

「不公平さを気にしない脳」

あなたとAさんにお金を渡します。

その分配額を次の3つの中から10秒で決めてください。

 

1.あなた:100円 Aさん:100円

2.あなた:110円 Aさん:60円

3.あなた:110円 Aさん:20円

 

 

これを3万人の日本人被験者に行うと、66.37%が1の「向社会的」、28.31%が「個人的、5.32%が「競争的」な選択をするという結果になった。

 

1番は、自分の利益を減らしてでも”公平性”を重視する「向社会的」な選択。

2番は、自分の利益を最優先する「個人的」な選択。

そして3番は、自分の利益を最優先し、ついでに相手の金額もできるだけ下げようとする「競争的」な選択だ。

 

 

このうち「向社会的」な人の意思決定中の脳活動を測定すると、彼らの扁桃体報酬の絶対差に相関して活動することが分かった。 つまりあなたの公平な選択は、扁桃体が ”不公平さ” に反応することで”直観的に”導かれたということを示唆する。

 

さらに「最後通牒ゲーム」において、被験者にベンゾジアゼピンを投与しGABA受容体の作用を亢進することで、不公平な要求を受け入れる頻度が増加し、扁桃体の活動が減少した。

 

 

サイコパス最後通牒ゲームをさせると、不公平な提案でも「自分の利益になるので」、その要求を受け入れるという傾向がみられていた。

 

この「個人的」な意思決定には、扁桃体の障害が関与していたのかもしれない。

 

 

「利他行動を認知しない脳」

この実験では、メインである「あなた」と実験者からあらかじめ行動を指示された被験者X、Y、Zで、3ラウンドで構成されたゲームを行う。

なお被験者は、得られたポイントに応じて謝金が支払われる。

 

1. 利得最大ラウンド

選択肢A

あなた:6000 被験者X:6000

選択肢B

あなた:6000 被験者X:6100

 

2.利他ラウンド

選択肢A

あなた:9300 被験者Y:6100

選択肢B

あなた:6000 被験者Y:6100

 

3.いじわるラウンド

選択肢A

あなた:2300 被験者Z:6100

選択肢B

あなた:6000 被験者Z:6100

 

被験者Xは選択肢B、つまり「利得最大的な選択(あなたに対する特別な意図がない)」をするように指示されており、これがベースライン(測定基準)となる。

 

被験者Yは選択肢A、つまり「利他的な選択(あなたの利得を増やそうとする意図がある)」をするように指示されており、被験者Zは選択肢A、つまり「いじわるな選択(あなたの利得を減らそうとする意図がある)」をするように指示されている。

 

この2つのラウンドで、「利他行動」と「いじわる行動」をされたときの「あなた」の脳活動が、ベースラインと比較してどう変化するのか測定する。

 

 

まず「利他的行動」を認知した時のみに見られた活動は、「内側前頭前皮質で最も顕著だった。

 

ラシュワースとマンスーリらによると、この「内側前頭前皮質」は「コンフリクトや予測誤差を含むエラーのモニタリングおよび、それを解消するための実行機能」に関与すると考えられている。

 

 

つまり被験者は、互恵的な環境において相手が自分に親切にしてくれたことについて、それが予想外あるために奇妙に感じ、そのコンフリクトを解消する行動調節として自分も相手に親切に対応したと考えられる。(本実験では、「あなた」も各ラウンドで「利他的な行動」をとるための手番が与えられる。)

 

一方「いじわる行動」を認知するときの脳活動には、「利得最大行動」を認知するときの脳活動との差は見られなかった。 つまり被験者は、いじわるされる環境においては、いじわる行動を「自然な行動」と認識していた可能性がある。

 

 

あくまでも推測だが、「内側前頭前皮質」が障害されているサイコパスは、相手の「利他的行動」を「予想外のこと」として認知せず、コンフリクトも発生しないため「恩返し行動」が引き起こされないと考えられる。

 

 

仮にこれが正しければ、「人生における問題をサイコパス的に解いてみる」という記事で「相手が自分に良くしてくれたこともまた、相手が単に ”そうしたかっただけだ” と受け取るのがサイコパス的な見方だ。あなたがそれについて”恩”で返そうが”仇”で返そうが、 ”そうしたければ” そうすればいいだけだ。」と書いたのはサイコパスの認知としては事実だと言えるかもしれない。

 

サイコパスは、相手から利他的行動を引き出す能力(=対人操作)に長けている。相手の利他的行動を”奇妙に”思わなければ(偶然の産物と思わなければ)人間には「利他的行動を導くための法則」が存在するのだと考えられるし、それを学習し相手を利用することで、彼らの「自己利益の最大化」という合理的な目的に貢献させることができる。

 

 

「衝動的な脳」

報酬には3つの分類がある。

生きるために不可欠な、食事や性行動などの「生理的報酬」

それを間接的にもたらす、お金などの「学習獲得的報酬」

そして芸術など、それ自体は生命維持に関与しない「内発的報酬」だ。

 

これら全てに「眼窩前頭前皮質が関与している。

報酬に関与する領域として最も有名なのは「線条体」であるが、「眼窩前頭前皮質」はより”長期的な”報酬や、それに基づく意思決定に関与する。

 

 

ワトキンスとダイヤンは、将来の報酬が現在の行動にどのように反映されるかを表す「強化学習モデル」を提案している。

数式は省くが、「将来に期待できる報酬 E」は、「報酬を得るのが ”遠い未来であるほどその価値を小さく見積もる” 心理的係数 γ(ガンマ)」の関数となる、といったものだ。

 

たとえば「あなたが今すぐ9万円貰える場合」「1年後に10万円貰える場合」では、どちらを選択するだろうか。

 

合理的に考えれば1万円多く貰える後者を選ぶのだが、前者を選ぶ人もいるかもしれない。この場合、その人のγ値は0.9未満となる。

 

10万円という価値が「心理的な係数γ」によって9万円未満の価値になってしまい、前者選択するというわけだ。

すなわち、γの値が大きいほど長期的な報酬に基づいて行動できる。

 

 

さて、このγの値をニューロンの発火率に当てはめてみると、「尾状核線条体の一部)」のγ値はきわめて0に近く、前頭前野」のγ値は0.5よりも大きい。

 

つまり僕らの神経系は、「短期的な動機に基づく行動計画を作成する系(尾状核などを含む大脳基底核経路)」「長期的な情報の蓄積をもとに行動計画を作成する系(大脳皮質経路)」を持っている。

 

それら2つの情報が上丘などの領域で統合され、運動命令となる。

このバランスが僕らの意思決定の個性を反映するのだが、「眼窩前頭前皮質「内側前頭前皮質が障害されているサイコパスの意思決定は、かなり前者に傾いている。

 

 

それもそのはずで、彼らはγ≒0の「未来の価値は無に等しい」という観念で動く。

彼らは常に「地球最後の日」を生きているのだ。

 

 

「利己的な脳」

 

「眼窩前頭前皮質は長期的な報酬を期待するだけでなく、複雑な内発的報酬にも関与する。それらを一気に見ていこう。

 

Rilingらは、他人と協力することに快を感じるときには、側坐核尾状核、前帯状皮質、「眼窩前頭前皮質」が活性化することを示している。

 

Mollらは、寄付などの利他的行動をするときには腹側被蓋野線条体、「眼窩前頭前皮質」で活性化が見られること、また、他人が不正行為に対して罰を与えられているのを見るときには (男性に限って) 側坐核、「眼窩前頭前皮質」が活性化することを示している。

 

Bartelsらは、母性愛について島内側部、前帯状皮質尾状核、中脳の黒質、外側前頭前皮質、「眼窩前頭前皮質」などで活性化が見られることを示している。

 

Kimらは、嫌悪刺激の除去に伴って「眼窩前頭前皮質」のみの活性化が見られることを示している。

 

一方で、愛する恋人に熱い思いを抱くときには、中脳の腹側被蓋野尾状核が活性化するものの、「眼窩前頭前皮質」の活動は見られていない。(Bartels et al.2008)

 

また、好意的評価を受けると線条体および「内側前頭前皮質」が活性化するものの、「眼窩前頭前皮質」については活動は見られていない。(Izuma et al. 2006)

 

 

これらの結果からサイコパスは協力、利他行動、他者が罰せられる様子、母性愛、嫌悪刺激の除去については何とも思わないのに、恋人に熱い思いは抱いたり好意的評価受けるのは喜ぶのか!」と結論付けるのは早計だが、少なくともそういった傾向があるとは考えられるかもしれない。

 

僕はむしろ、普通の人が利他行動や不公平な他者を罰そうとする行動が「報酬系」に駆動されているという事実が面白いと感じた。

 

 

それらは社会を健全に保つ上で必要な行動なのだが、僕らが道徳や美徳について語っている裏側で、脳は「何を快と感じるべきか」といった身も蓋もない議論と修正を行っているのかもしれない。

 

 

 

 参考

 

 

「成功したサイコパス」の解剖学

 

「成功したサイコパス

 

随分と俗っぽい呼び名だが、本来は「過去に犯罪経験のあるものの、逮捕歴のないサイコパスを指す言葉だ。逮捕されてしまった「成功していないサイコパス」との違いは何か、その興味がこの名前を生んだ。

 

ところが、僕らが一般的にイメージする「成功」というのは「社会的に高い地位と莫大な資産を持っている人」なのではないかと思う。そのため多くの人は、サイコパスの能力が社会で成功するために必要な資質であるかのように受け取ってしまう。

 

それは確かに拡大解釈なのだが、部分的にはあながち間違いではない。

 

 

今回は エイドリアン・レイン著 「暴力の解剖学」を参考に、科学者のいう「成功したサイコパス」を徹底的に解剖し、彼らについて適切な理解を得ることを目的に解説していく。

 

暴力の解剖学: 神経犯罪学への招待

暴力の解剖学: 神経犯罪学への招待

 

 

 

 

戦士の遺伝子

 

サイコパス・インサイド」の著者、ジェームズ・ファロンは、「三脚理論」として

 

①MAOA変異体などのハイリスク遺伝子

②眼窩前頭前皮質 扁桃体などの器質的機能不全

③幼少期における虐待などの高ストレス環境 

 

サイコパスを生み出す要因であると主張していた。

 

MAOA変異体こそがサイコパスの主要な原因であると見なす人も多い。

それは本当に正しいのだろうか?

 

 

MAOAとは「モノアミン酸化酵素A」のことで、脳内のモノアミン系神経伝達物質を分解する酵素だ。このMAOAの活性が低い変異体を有する人はモノアミンレベルが常に高く、攻撃性や衝動性を示すことがある。それゆえ、この変異型遺伝子は「戦士の遺伝子」と呼ばれる。そして人口の30%が「戦士の遺伝子」をもつ。

 

 

アヴロジャム・カスピらは、「低レベルのMAOAは、とりわけ子供が酷い虐待を受けた場合、のちに反社会的行動や暴力を導く」ということを発見した。これを受けて、ジェームズ・ファロンも③幼少期の虐待などの高ストレス環境 がサイコパスに結び付く要因であると考えたのだろう。

 

しかしながら、さらなる研究によって、被験者に虐待経験があるかどうかを問わず、戦士の遺伝子と反社会的な性格とのあいだの、直接的な結びつきが示されてきた。

 

もちろん変異による活性レベルは人それぞれ異なるものの、仮にも30%の人がもつ戦士の遺伝子をサイコパスの直接的な原因と見なすことはできない。そして「虐待」を受けた場合にサイコパスになる、ということも一概にはいえないのだ。(環境要因の存在を否定しているわけではないが)

 

 

さらに、戦士の遺伝子によってもたらされる攻撃性は、少なくとも「成功したサイコパス」像とは少し異なる。ロサンゼルスの研究では、戦士の遺伝子をもつ学生はより攻撃的な性格のみならず、人間関係に過敏に反応することが分かった。

 

つまり彼らは感情的に傷つきやすい。

また、社会的に排除されることに対して、脳がより強く反応した。

 

これは、個人的な中傷によって、彼らがいとも簡単に動揺することを意味する。戦士の遺伝子を持つ人は「自分への批判」に敏感で、それによって「衝動的」な攻撃性が高まる。

 

これまでに何度も反応的攻撃性と道具的攻撃性の違いの重要性を指摘してきたが、「戦士の遺伝子はとりわけ反応的攻撃性に関与する」と言えるだろう。

 

では、より「成功したサイコパス」に近い遺伝子変異はあるのだろうか。

 

 

高レベルのドーパミンセロトニン

MAOAが分解する「モノアミン系神経伝達物質」には、セロトニンドーパミンが含まれる。戦士の遺伝子はその活性が低いために、これらのモノアミンレベルを上昇させる。

 

同様に、「5HTT遺伝子」「DRD2遺伝子」「DAT1遺伝子」「DRD4遺伝子」はすべて、反社会的かつ攻撃的な行動と結びつけて考えられている。

 

ドーパミンは「衝動」や「モチベーション」を生み出し、報酬を求める行動に重要な役割を果たす。動物のドーパミンレベルを実験的に上げると、攻撃性が増大し、下げると減退する。いわば、自分の欲しいものに向かって僕らを動かす、「アクセル」のようなものだ。

 

 

一方、セロトニンはこれとはかなり異なる。

 前回の記事でも書いたように、セロトニンは”心の平穏”をもたらしてくれる。

 

うつ病の患者はセロトニンレベルが低いため、SSRIという抗うつ薬セロトニントランスポーターの働きを阻害することによってセロトニンレベルを上昇させ、不安や抑うつを解消することができると考えられている。

 

先ほどあげた「5HTT遺伝子」は、文字通りセロトニントランスポーター(5HTT)というタンパク質をコードする遺伝子で、これにはL型とS型の2つのバージョンがある。僕らのおよそ16%はS型を持ち、低いセロトニンレベルをもたらす。

 

そして情動による刺激に対して脳を過剰に反応させ、怒りを爆発させやすくなる。

これは、先ほどの戦士の遺伝子をもつ人に見られるような現象だ。

 

このS型5HTT遺伝子がもたらすような「安静時における低いセロトニンレベル」は、攻撃性の変動の10%を説明してくれる。そして、とりわけ衝動的な暴力をふるう成人に関しては再現性が非常に高い。

 

ある実験では、被験者のトリプトファン(セロトニンの前駆体)を枯渇させると、ゲーム不公平な申し出を受けると報復しやすくなることが示された。

 つまり、セロトニンが枯渇した状態では、何かイライラすることが起こるとすぐに気が動転するのである。

 

 

これとは対照的に、L型の5HTTは「ストレスに対する反応性が低い人々によくみられる冷酷で計画的なサイコパス的行動に、より密接に関与する」と言われている。

 

つまり、高いドーパミンレベルと低いセロトニンレベルを有する人が「衝動的に人を攻撃する」のに対して、高いドーパミンセロトニンレベルを有する人は「攻撃を自制できるか、道具的攻撃に切り替えることができる」といえるかもしれない。

 

ただし、L型は31%と言われているので、MAOA変異体と同様に解釈には気を付けなければいけない。

 

 

「手っ取り早く市販薬でサイコパスになる方法 」

トリプトファンチロシンを挙げたのは、このような背景からだった。

神経化学的、薬理学的なサイコパス研究については、次回で詳細に解説しよう。 

 

 

しかし、モノアミンの悪戯だけが「成功したサイコパス」を生み出すとは言えない。

 個人的な経験からも、セロトニンによる平穏さと自制心がある状態で「人を殺して金を奪ってやろう」とは微塵も思わない。

  

そこで次に、三脚理論でいう ②器質的な機能不全 をみていく。

少し寄り道をして、「成功したサイコパス」ではなく反応的攻撃性と道具的攻撃性の違いから紹介する。

 

 

「あとでぶっ殺してやる」

「成功していないサイコパス」は、怒りに焚きつけられてその場で感情的に人を殺してしまう。

 

 

こうした強い攻撃性は、扁桃体によって反応的、道具的を問わずもたらされる。

また「海馬」は攻撃性を”調節”し、刺激されると「道具的攻撃性」を解き放つ。

視床は情動機能を司るこれらの辺縁系領域と、調節機能をもつ皮質領域の中継所として機能する。

「中脳」は、焚きつけられると激しい反応的攻撃性を触発する。

 

これらの大脳辺縁系領域の活動を基準として、「反応的攻撃」の殺人犯と「道具的攻撃」の殺人犯を比較した研究がある。

 

その結果、驚くべきことに、いずれの殺人犯にも「より情動的な」右半球の大脳辺縁系領域に、高い活動を見出した。

 

多くの冷血な殺人者が装っている「どこにでもいる青年」という仮面の背後では、脳の深部にある皮質下領域の窯が煮えたぎっているのである。

 

 

いったい何が起きているのか?

両タイプの違いとして、冷血な殺人者は、比較的注意深く用意周到なやり方で自らの攻撃性を発露させることができるだけの調節能力前頭前野に」備えている可能性がある。

 

これは、今までに紹介してきた「扁桃体機能不全仮説」とは異なる見方だ。

(この仮説では、扁桃体などの辺縁系の機能不全により恐怖情動が生じない人がサイコパスだと主張していた。

しかし前頭葉仮説では恐怖情動は生じるものの、前頭葉機能の異常でサイコパスになると考える。)

 

 

嘘をつく脳

「~の為に殺す」といった道具的攻撃ではなく、「~の為に騙す」といった比較的ライトな道具的攻撃性を考えてみよう。

 

これは逮捕されるほどの行為ではないため、「成功したサイコパス」は常習的に行っている可能性が高い。

 

 

嘘をつくという行為は、非常に高度な認知的負荷を伴う。

それには「頭頂皮質」および前頭前皮質の活動が関与する。

単に真実を語るときには、これらの領域は一切活動の上昇がみられない。

 

嘘をつく能力は「複雑な実行機能」と「心の理論」を必要とする。

その嘘が相手にとってもっともらしく聞こえるように相手の立場で考え、怪しまれないよう行動を抑制したりするからだ。

 

 

また、道徳的な関心が強い人はそうした行動を取ろうとは思わない。

 

アンドレア・グレンは、サイコパス「内側前頭前皮質」「後帯状皮質」「角回」が、道徳的な意思決定を行っているあいだ正常に機能していないことを、また、そうした脳の特質が「うわべだけの人当たりの良さ」「欺瞞」「自己中心主義」「他人の操作」など、人間関係に関するサイコパスの特徴と結びつくことを発見した。

 

ひとえに「前頭葉」や「前頭前皮質」といっても、機能によって「内側」「外側」「眼窩」などの下位区分が存在する。道徳的な関心が弱く常習的に嘘をつくようなサイコパスは、少なくとも「内側前頭前皮質については機能不全をもつといえる。

 

ちなみに、これらの領域は道徳的な意思決定とともに、自制、情動的共感、社会的な思考への情動の統合にも関与する。

 

 

さて、寄り道はここまでにして、最後に「成功したサイコパス」を対象とした研究を紹介しよう。

 

 

 

冷血

著者らは、「成功したサイコパスの自律神経活動と実行機能を「成功していないサイコパス」と健常対照群の3グループで比較した。

 

その結果は次のようになった。

 

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これは驚くべき結果だ。

彼らは「安静時の」心拍数や皮膚コンダクタンス(自律神経系活動の尺度)は「成功していないサイコパス」と同レベルなのに対して、社会的ストレス(自分の最大の欠点についてビデオカメラの前でスピーチをすること)が負荷されると ”急激に” 上昇した。

 

また実行機能については、「成功していないサイコパス」どころか健常対照群よりもはるかに優れた成績を残している。

 

これらの結果をどう解釈するべきだろうか。

 

 

著名な神経科学者 アントニオ・ダマシオは、適切な意思決定の形成には”情動と認知の統合”が必要だとする、「ソマティック・マーカー仮説」を提起した。

 

ソマティック・マーカーとは、危険な行為や難題を考える際に引き起こされる、自律神経系に支配された、動悸や発汗などの身体の不快な状態を指す。

 

このソマティック・マーカーは、過去のネガティブな結果を徴づけるものであり、脳の体性感覚皮質に蓄えられる。

この情報は、さらなる評価や意思決定が行われる前頭前皮質に伝達される。

 

そして、現在と同じ状況が以前にネガィブな結果に至ったことがある場合には、過去のその出来事に結び付いたソマティック・マーカーは、意思決定が行われる脳領域に向けて警鐘を鳴らし、その結果、行動が抑制される。

 

 

たとえば、「成功したサイコパス」がセブンイレブンに押し入って強盗を働こうと考えているとする。

 

街路を見渡して誰も見ていないことを確かめる。

同時に、無意識のうちに”おぼろげな全体像”を形成しながら状況を逐一捉えている。

 

そして、思い切って店に押し入ろうとする。

しかしその瞬間、踏みとどまる。

 

”おぼろげな全体像”のなかの何かが引っ掛かったのだ。

要するに、ソマティック・マーカーが、同様な状況のもとで危うく捕まりそうになった経験があるという警告を発したのだ。

 

このような警鐘は、たとえば時間帯や店員の数が同じであること、前回も今回も酒を一杯ひっかけた後であること、あるいは視覚や身体感覚を通して伝えられるその手の兆候組み合わせが検知されることで鳴らされる。

 

「成功したサイコパス」はこのような”自律神経系の敏感な反応”によって、ソマティック・マーカーの警告ではなくパトカーのサイレンの音を聞く破目になる「成功していないサイコパス」より、うまく立ち回ることができるのだ。

また、彼らの優れた実行機能も一役買っている。

 

ちなみに、低い心拍数は「刺激の追求」を引き起こしうる。「成功したサイコパス」は、殺人を犯したときにどう感じるのだろうか。

 

おそらく「奴らは冷酷なのだから、心拍数は平常時とほとんど変わらないのではないか」と予想するかもしれない。

 

しかし、その予想はマイケル・ロスには当てはまらない。

 

 

ロスは、知能の高い連続殺人犯だ。

彼は、殺人を犯した直後にどう感じたかについて次の3点を挙げている。

 

最初に感じたのは「心臓の鼓動」だ。

まさに早鐘を打つようだった。

 

それから「手の痛み」を感じた。

いつも手で絞め殺していたからね。

 

その次に感じたのは「恐れ」だと思う。

自分の目の前に死体が横たわっているという現実がのしかかってきて、恐ろしくなってきたんだ。

 

 

実験で示されていた通り、彼らの自律神経系は、いざという時には正常に活動するようだ。

 

以上の説明を踏まえると、「成功したサイコパス」は「情動と認知を高度に統合し、より長期的な合理性に基づいて冷徹に自己利益を追求するサイコパスといえる。

 

こうした能力は、たしかに社会で成功する上で重要になる時があるだろう。

 

しかし「成功したサイコパス」の根底にあるのは”煮えたぎる窯のような怒り””慢性的な刺激の追求” であり、一見すぐれた抑制機能や実行機能を駆使して巧みに犯行を行っているように思えても、実態としては半ば「感情の奴隷」として振る舞っているのだ。

 

実際「成功したサイコパス」は臨時職業紹介所で見つかっており、「地位や財産」に固執する割に飽きっぽく、社会的には衝動的な性格だ。さらに「地位や財産」を手に入れたとしても、それが果たして幸せなのか疑問だ。

 

隣の芝生は青く見えるというが、科学的な「成功したサイコパス」と一般的な「成功者=サイコパス」という認知の間には乖離がある。

そして後者については「文学的幻想」のような印象がある。

 

 

「成功したサイコパス」について適切な理解をしておき、実際の成功者はどのような人間なのかを知ろうとすることが「成功する」ため... だけでなく、「幸せになる」ためにも重要なことだと思う。

 

 

最後に、晩年のスティーブ・ジョブズの言葉を紹介する。

 

I reached the pinnacle of success in the business world.  

私はビジネスの世界で、成功の頂点に君臨した。

In others’ eyes, my life is an epitome of success.

他の人の目には、私の人生は、成功の典型的な縮図に見えるだろう。

However, aside from work, I have little joy. In the end, wealth is only a fact of life that I am accustomed to.

しかし、仕事をのぞくと、喜びが少ない人生だった。人生の終わりには、富など、私が積み上げてきた人生の単なる事実でしかない。

At this moment, lying on the sick bed and recalling my whole life, I realize that all the recognition and wealth thatI took so much pride in, have paled and become meaningless in the face of impending death. 

病気でベッドに寝ていると、人生が走馬灯のように思い出される。私がずっとプライドを持っていたこと、認証(認められること)や富は、迫る死を目の前にして色あせていき、何も意味をなさなくなっている。

中略

Now I know, when we haveaccumulated sufficient wealth to last our lifetime, we should pursue other matters that are unrelated to wealth…

今やっと理解したことがある。人生において十分にやっていけるだけの富を積み上げた後は、富とは関係のない他のことを追い求めた方が良い。

Should be something that is more important:

もっと大切な何か他のこと。

Perhaps relationships, perhaps art, perhaps a dream from younger days…   

それは、人間関係や、芸術や、または若い頃からの夢かもしれない。

Non-stop pursuing of wealth will only turn a person into a twisted being, just like me.

終わりを知らない富の追求は、人を歪ませてしまう。私のようにね。

God gave us the senses to let us feelthe love in everyone’s heart, not the illusions brought about by wealth.

神は、誰もの心の中に、富によってもたらされた幻想ではなく、愛を感じさせるための「感覚」というものを与えてくださった。

The wealth I have won in my life I cannot bring with me.

私が勝ち得た富は、(私が死ぬ時に)一緒に持っていけるものではない。

What I can bring is only the memories precipitated by love.

私が持っていける物は、愛情にあふれた思い出だけだ。

That’s the true riches which will follow you, accompany you, giving you strength and light to go on.

これこそが本当の豊かさであり、あなたとずっと一緒にいてくれるもの、あなたに力をあたえてくれるもの、あなたの道を照らしてくれるものだ。

 

 参考

 

暴力の解剖学: 神経犯罪学への招待

暴力の解剖学: 神経犯罪学への招待

 

 

 

サイコパス・インサイド―ある神経科学者の脳の謎への旅

サイコパス・インサイド―ある神経科学者の脳の謎への旅