サイコパスを操作する

サイコパスから学ぶ

”悪の人格”は最高のギバーになれるか?

 

ダーク・トライアド(DT)特性とは、邪悪な3つの人格、すなわち「サイコパシー」「マキャベリズム」「ナルシスト」の傾向を表す用語である。

 

主に心理学の研究に用いられる概念で、ダークトライアド・パーソナリティテストという評価スケールが存在する。臨床名ではない。(Dark Triad Personality Test)

 

端的には、サイコパシーは「冷淡な人格」、マキャベリズムは「目的の為には手段を選ばない主義・思想」、ナルシストは「尊大な自己愛をもつ人」と表現できる。

 

従業員としての資質

1951年から2011年までの間に報告された245のサンプル(N=43,907)を基に、「DT特性と職業成績/非生産的労働行為(CWB)の関連」をメタ分析した論文がある。[1]

 

これによると、職業成績の低下マキャベリズムとサイコパシー傾向に関連し、CWBはDT特性のすべてと関連する。CBWは従業員の”サボリ”や”不正”を意味する用語だ。

 

職業成績の低下がナルシズム傾向と関連しないのは興味深い。もっとも、職業成績がどのように評価されたのかは明らかでない。

 

 

”職業成績が高い人”は相対的に高い自己愛を持っているかもしれない。それが「尊大な自己愛」と呼べるかどうかは疑問である。一方、CBWとナルシズム傾向の関連は経験的にも納得できる。「こんな仕事はオレに相応しくない」とでも言いそうだ。

 

ナルシストには”傲慢型”と”繊細型”の2種類が存在する。恐らく対象になったのは”傲慢型”だが、彼らの「根拠のない自信」とそれを裏付けようとする「努力志向」が結び付けば、いずれの指標でもハイスコアを叩き出すだろう。

 

リーダーとしての資質

インターネットを用いた自己評価尺度によるN=3388の大規模な調査 [2]では、サイコパシー評価スケールの下位区分であるPPI-FS(恐怖心なき支配)スコアと、管理職やハイリスク職に就く程度に相関が示されている。

 

同様に他の研究 [3][4]では、ナルシズム傾向がポジティブ・ネガティブなリーダシップの両方と関連する”両刃の剣”であることが示されている。これはナルシズムに限らず、DT特性一般について言えることだろう。

 

より具体的には、”謙虚な”ナルシストのリーダーはフォロワーからの評価が高く、フォロワー自身の主観的・客観的評価のいずれも高かったという研究結果がある。[6] 先述した「根拠のない自信を裏付ける努力志向」は、まさに謙虚さといえるだろう。

 

もちろん、これらの研究は因果関係を示してはいない。つまり、DT特性が高いからリーダーになったのか、リーダーという地位がDT特性を高めたのか等は明らかでない。

 

 他者との相互作用

アダム・グラント 著 『GIVE AND TAKE』[5]では、我々を「ギバー」「テイカー」「マッチャー」の3つに分類し、それぞれの業績を評価した研究が紹介されている。

 

ギバーとはその名の通り、他者との関係において”与えること”を重視する。テイカーは”奪うこと”を考え、マッチャーは「恩返し」や「仕返し」により”公平性”を重視する。

 

詳細はこのブログが参考になる。

life-is-sparks.com

 

さて、この中でもっとも「成功」するのは誰か?

これは本書のメインテーマだが、それはギバーである。 

 

では、もっとも「失敗」するのは誰か?

実は、これもギバーなのだ。

 

「与える人」は確かに素晴らしい。

しかし、”カモ”になってはいけないのだ。

 

マッチャーは真ん中、テイカーはその上である。

 

DT特性は基本的にテイカー気質と関連するだろう。

そして、彼らの成功には”短期的かつ個人的”という特徴がある。

パイを奪い合う関係は持続不可能なのだ。

 

 

マッチャーは組織の大部分を占める。

特徴として、彼らはテイカーが存在下で「奪い合い」を始める。

理不尽なテイク行為を受けたマッチャーは疑心暗鬼に陥るのだ。

一方、テイカー不在の場合は「互恵関係」の組織を築くことができる。

 

組織の”色”は、マッチャーの「公平性の向き」で見極めることができる。

リーダーは競争を望まない場合、テイカーを排除すべきだろう。

また、ギバーはそうした組織に属さない方が身のためである。

 

 

「ギバーやマッチャーの成功は、組織内にテイカーが存在するかどうかで決まる。なので、私たちは自ら属する環境を”選択”する必要がある。」

 

...という結論は、あなたがギバーやマッチャー、すなわち「DT特性のない人間」と自負しているなら、とても受け入れやすいだろう。

 

悪は常に外部からやってきて、場を荒らして立ち去る”天災”のようなもの、と考える方が認知的負荷が少ないからだ。

 

この見方は半分正しいが、半分間違っている。

たしかにDT特性の高い人は不正を行ったり、それを容認する傾向が高い。これは最後通牒ゲーム」を用いた研究でも示されている。しかし同時に、DT特性の高い人がテイク行動を取るかどうかは、友情や相手の自尊心にも依存する。[7] [8]

 

つまり、ギブアンドテイクの是非は気質強度だけでなく、気質間の相互作用の問題でもある。マッチャーの「仕返し行動」が生み出す負の循環、”カモ”のギバーが背負っているネギ(無知,自尊心の欠如)を想像すれば分かりやすいだろう。

 

そのような人はテイカーの直接的被害者であると同時に、間接的加害者にもなりうる。一度テイカーに喰われたマッチャーやギバーは、次々に周囲を腐敗させる「ゾンビ」と化す。 腐敗現象を「天災」のように捉える人の多くは、実態としてはゾンビと何ら変わりない。あるいは腐敗にすら気づかないだろう。

 

 

サイコパスを操作する」というタイトルには、より集団的かつ長期的な成功を導く手段として、DT特性をどのように利用できるか?というテーマが込められている。簡単に言えば、Tウイルスワクチンを接種するわけだ。

 

 このブログでは、イカー(DT)一般にみられる「個人的かつ短期的な成功」は”失敗”とみなす。無益な公平性に縛られるマッチャーやカモのギバーも同様である。

 

”Tウイルス”はもちろん、”ゾンビ”を悪だと非難したり、不幸だと嘲笑するつもりはない。これは単なるゲームだ。このゲーム理論では、すべての人間は常に何らかの目的に沿って振る舞う「合理的な機械」として扱う。

 

つまり、私が立てる問いは「”より集団的かつ長期的な成功”を目的としたとき、最も合理的に振る舞うプレイヤーと最適条件は何か?」であって、「公正な善人として幸せに生きる云々」ではない。そのため、必要とあらばTウイルスやゾンビを容赦なく駆逐するだろう。(それらの利用価値についても考えようとは思う)

 

そして、この「目的の為には手段を選ばない」思想それ自体がマキャベリズムである。これまでの話をまとめると、ともかくゲームの勝利条件は気質と環境の相互作用に依存するらしい、というものだ。今後はそれを具体的に掘り下げていこう。

 

 

 

参考

[1] A meta-analysis of the Dark Triad and work behavior: a social exchange perspective. - PubMed - NCBI

[2]Leader emergence: the case of the narcissistic leader. - PubMed - NCBI

[3]The double-edged sword of grandiose narcissism: implications for successful and unsuccessful leadership among U.S. Presidents. - PubMed - NCBI

[4]Correlates of psychopathic personality traits in everyday life: results from a large community survey(free fulll text)

[5]GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 (単行本)

[6]Leader narcissism and follower outcomes: The counterbalancing effect of leader humility. - PubMed - NCBI

[7]Selective Fair Behavior as a Function of Psychopathic Traits in a Subclinical Population(free full text)

[8]No Regard for Those Who Need It: The Moderating Role of Follower Self-Esteem in the Relationship Between Leader Psychopathy and Leader Self-Serving... - PubMed - NCBI

 

「恐怖を知らない人たち」 サイコパスと利他主義者

 

要約

自分の身を犠牲にし他人の為に行動する「並外れた利他主義者」サイコパスよりも大きな扁桃体を持っており、恐怖表情の認識力が高い。これは、サイコパスに見られる扁桃体の機能不全および恐怖表情の認識障害と対照的である。

 

利他的行動は”感情的”なプロセスであり、”理性”や”熟慮”によって為されるものではない。また、「並外れた利他主義者」は謙虚であり、あたかもスーパーヒーローのように扱われることを苦々しく感じる。

 

 

並外れた利他的行為

定義

①行為を決定した時点では、本人は受益者と無関係である

②その行動は本人に大きな危険や代償を伴う

③その行動は一般人に期待されるような規範ではない

 

4階から落ちそうになっている子供を見た直後、壁をよじ登り救出する

見ず知らずの患者のために、無償で腎臓を寄付する。

 

 

「並外れた利他主義者」の扁桃体サイコパスよりも8%大きい。一般人と比べてどの程度大きいのかは不明。サイコパス扁桃体の機能不全をもち、利己的な動機で他者を平気で傷つけることができる。そこで、本書では利他主義者を「反サイコパスとして描いている。

 

 

サイコパス

筆者はジェームズ・ブレアの下で研究をしていたこともあり、「ブレアの仮説」に則ってサイコパスを説明している。それは次のようなものである。

 

サイコパスは生まれつき扁桃体に異常をもつ。そのため「暴力抑制装置」が正常に機能しない。「暴力抑制装置」とは、他者の”恐怖” 表情を認識することで自動的に暴力が抑制されるシステムのこと。扁桃体は恐怖表情の認識に重要な役割を果たす。

 

※詳しくは下の記事を参照

psycom.hatenadiary.jp

 

ある研究では、サイコパス”的な”大人は健常者よりも扁桃体が20%も小さいことが示されている。これでは、上述のように利他主義者とサイコパス扁桃体の大きさを比較しても意味がない。ちなみに、サイコパスは自分自身の恐怖にも無頓着。

 

興味深いのは、サイコパス的な子供に対して1~10点で幸福度を訪ねると、「10!」「11!」「20!!」と答える。彼らは逮捕歴があったり、退学処分を喰らっている。

 

 

いろいろな利他的行動

世の中にはいろいろな利他的行動がある。皮肉屋は「この世に利他的行動などない。全ての行動は利己的な動機に基づく。」と考えるかもしれない。その真偽はさておき、生物学的にみた利他的行動には次のようなものがある。

 

「包括適応度」

近親者は自分と似た遺伝子をもっている。なので、近親者を世話することで「適応度」を上げることは、自分の遺伝子をこの世に残すという意味で理に適っている。このように、近親者に対する利他的行動は「包括適応度」によって説明できる。

(厳密には、たまたま血縁者を気にかけるようになった個体の遺伝子が「包括適応度」で説明できるような形で繁栄しただけ、というべきか)

 

「互恵的利他行動」

過去に自分を助けてくれた人、あるいは将来自分を助けてくれそうな人に対して行われる利他的行動。私たちには「互恵的利他行動」がプログラムされているので、誰かから受けた恩は返さなければいけないと感じる。(返報性の原理)

 

しかし、「並外れた利他的行為」のように「他者の利益を目的とした自発的な行動で、しかも規範に従ったものではなく、しかも本人にとって重大な危険や代償を伴うもの」は、利他的な動機以外では説明できない。

 

 

恐怖顔の認識

恐怖の表情が認識されるルートは、その他の表情(喜び、驚き、怒りなど)とは異なる。恐怖表情に特異的なのは、大きく見開いた目(それに伴う白目の面積増大)である。私たちが意識できないほどの一瞬でさえ、扁桃体は活性化する。

 

恐怖と関連付けられた視覚情報は「網膜→上丘→扁桃体のルートを通る。これは恐怖表情に特異的なルートである。この素早い反応で引き起こされる反応は”情動的共感”である。これはちょうど、サイコパスには見られない反応であり、私たちはこれによって他者の苦痛を直感的に認識し、手を差し伸べようとする。

 

利他主義者の扁桃体は他者の恐怖表情に対して敏感に反応する。不安障害との違いは、彼らが軽蔑や怒りなど、あらゆるネガティブな表情に対して敏感なのに対して、利他主義者は「恐怖」に特異的に反応する点である。

 

オキシトシン

このような利他主義者に特有の反応は、オキシトシンによるものと考えられる。オキシトシン受容体の遺伝子変異が、恐怖表情や赤ちゃんの顔(どちらも白目が大きい)の認識に影響を与える。ある実験では、オキシトシンの投与によって恐怖表情の識別力が13%から20%増大している。

 

ここで重要となるオキシトシンの機能には大きく分けて2つある。ひとつは前述のように、恐怖表情を認識し共感的な反応を促すこと。もうひとつは、おびえた相手を避ける反応を抑制し、逆にその相手に近づき、世話をするように促すことである。

 

利他主義者の行動は一見勇敢に見えるが、彼らもまた恐れを抱いていることには変わりない。しかし、彼らはそれ以上に「相手を助けたい」という衝動に突き動かされている。

 

筆者は「並外れた利他的行動」を感情的・衝動的とみなし、理性的な熟慮では起こりえないとする。そのため、「反共感論」で紹介した内容とは対照をなすものといえる。上手くまとめるなら、規範は理性的に定めるべきである一方、実際の”並外れた”利他的行動は感情的に行われるものという理解に落ち着く。

 

また本書の内容は、「報酬を期待する脳」で紹介したことを連想させる。私たちが「向社会的な意思決定」あるいは「個人的な意思決定」のどちらを行うかは、各々の直観に基づくというものだ。向社会的な意思決定を直感的に行う人は、その際に扁桃体が活性化する。逆に、個人的な(≒サイコパス)は、個人的な意思決定を直感的に行っている。

 

このような視点は、ゲーム理論で扱われる”ハト派”あるいは”タカ派”として考えることができるだろう。どちらもメリットとデメリットが存在し、社会は均衡を模索しながら発展していく。次回はこの視点から利他主義と利己主義について考えてみる。

 

参考

 

恐怖を知らない人たち

恐怖を知らない人たち

 

 

サイコパスとソシオパスについて適当に語る

 

 

 

基本的にサイコパス冷淡な人、ソシオパス(=反社会性人格障害/ASPD)はキレやすい人として区別できる。

 

より専門的には、前者は情動障害、後者は衝動性と反社会的行動が特徴。最近ではASPDにも遺伝的な要因が示唆されているので、「先天的か後天的か」という区別はあまり役に立たない。(そもそもASPDの診断には”行為障害”が必要条件なので、「若い頃からうんぬん」は両者にとって重要な観点)

 

サイコパスにも「衝動性」や「反社会的行動」の特徴は含まれる。これらはサイコパシー・チェックリストにおいて”行動面”として記述される。言うまでもなく、”行動面”のスコアはASPDの診断とかなり相関する。一方、”情動面”はサイコパスに特異的

 

ブレアの仮説に則れば、「情動面」は扁桃体「行動面」は眼窩前頭前皮質の機能不全と関わりが深く、その程度はサイコパスの中でも個体間で異なる。所謂スペクトラム(連続体)という考え方で、「サイコパスである/サイコパスでない」の二元論は誤り。

 

眼窩前頭前皮質は酒・煙草・出産時合併症などの環境要因によるダメージが顕著で、コレが異常だからサイコパスなのか、サイコパスだから異常になったのかが微妙。有名なMAOA遺伝子変異はこれらの領域に異常をもたらす。しかし症状としてはソシオパス寄り。つまり”情動面”よりも”行動面”に対する影響力の方が大きい

 

一方、ソシオパスは社会がその人格を形成したと考える。すなわち、ある社会では適応的だったはずの人格が、他の社会に移り変わった瞬間に”反社会的”とみなされる。スラム街の人々が日本にやってくれば、彼らの多くはソシオパスと呼ばれるだろう。しかし、スラム街ではその人格は適応的(少なくとも反社会的ではない)かもしれない。問題は「郷に入りては郷に従え」ができない柔軟性に欠けた固定的な人格を有するということ。家庭や学校も社会とみなすことができる。虐待や非行はソシオパスを形成する。

 

 

話を戻すと、サイコパシーはスペクトラムなので複数の「サブタイプ」が考えられる。

 

行動面でスコアの高い「キレやすく反社会的なサイコパスは最も分かりやすく危険。カッとなって殺した割には「反省はしているが後悔はしていない」と言うタイプ。しかし、一見ソシオパスとは区別がつかない。

 

ソシオパスは反社会性それ自体が人格であるのに対し、サイコパスは反社会的手段を単なる合理的手段とみなす。自制心が欠如した者にとって合理的とは「手っ取り早さ」を意味する。前者が反抗期のヤンキーなら、後者はそれを暴力でコントロールする教師に喩えられる。もっとも、人格や合理性がどうのこうのは単なる憶測に過ぎない。

 

 

「自制心のある反社会的なサイコパスは狡猾。反社会的行動はリスクが大きいので、通常は自制される。それは罪悪感からではなく、捕まると損だからという理由。しかし一旦行為に及ぶと、そのスリルやメリットに味を占めてしまう。その際、犯行が”バレないように”行うことに関しては余念がなくタチが悪い。いじめの主犯格や詐欺師、小さい規模ではヒモやサボるのが上手な同僚とか。支配者型から寄生型まで様々。

 

パワハラやDVをする人については、それが「手っ取り早さ」からなのか「権力の誇示」なのかで区別できるかもしれない。つまり、サイコパスは頭ではそれが悪いことだと理解しているものの、人間をコントロールするには恐怖感に訴えるのが「手っ取り早い」ため、それを行う。マキャベリズム的な思想をもっており、普段はクレバーで残忍な上司・恋人かもしれない。

 

一方でナルシストやソシオパスは単純な”怒り”が動機。自分の思い通りにならない人間に対して純粋に腹が立つ。あるいは、過去に受けた精神的虐待の復讐かもしれない。自分はそうして過去から復権できるものの、後になって罪悪感から謝ることが多い。そうして相手は精神的優越を与えられ、共依存の沼に沈んでいく。このようなタイプは普段、傲慢で短気な人かもしれない。...というもっともらしい説明は可能だが、自己愛云々も非科学的で根拠は浅い。それよりも情動障害の有無が一番重要なポイント。

 

 

行動面に問題のない「向社会的なサイコパスは多様な形で潜んでいる。サイコパスは100人に1人と言われるが、犯罪者はそれほどいない。以下は個人的な印象。彼らは恐怖情動の欠如からリスクに無頓着で、大胆かつ刺激的な人物であることが多い。反社会性はないが退屈を嫌うためADHDと類似。しかし注意欠陥はなく基本的に冷静で感情の切り替えが早い。情緒的やりとりには共感性欠如により苦手とする点はASDに類似。しかし認知的共感力が高い場合には他者操作性があり口が達者で魅惑的かつ性的に奔放。合理主義者なので要領は良いが、他者への配慮に欠ける場合は傲慢で無責任な印象を同時に与える。利他性をもつ場合には聖人のような寛大さがある。健常な合理主義者との違いとしては、幼少期に情動障害特有のエピソードをもつ。(e.g. 良かれと思った行動で他人を傷つけた / 何かを怖がったり泣いたことがない)

 

彼らをサイコパスと呼ぶ必要性は疑問に値する。サイコパスという概念を推し進めてきた研究者は、”累犯性の予測因子”としてサイコパスの意義を主張してきたため。しかし、このような情動面の特徴は「Callous-Unemotional (CU)特性」と呼ばれており、遺伝的要因や神経発達的な側面からの説明によりASPDから分離できるかもしれない。サイコパスはさておき、CU特性は発達障害として正式に分類されるか、関連が示唆されているADHDに組み込まれるだろう。

 

 

サイコパスの先天的な情動障害は重要な概念だが、神経可塑性もまた馬鹿にできない。私達が日常的に経験する”恐怖”は、冷静に考えてみると無駄に感情を掻き立てるだけだ。(e.g. トラウマ、嫌われること、権威)

 

恐怖を感じないサイコパスが憧れの対象となっても不思議ではない。ところで、人格はある程度なら認知と行動によって矯正可能だ。恐怖条件づけは”消去”することができる。そして、もともと臆病だった自分は実際にサイコパシーを獲得・操作することに成功している。つまり情動障害を自身の中で再現しているわけだが、反社会性は抑えているのでソシオパスと呼ぶのはふさわしくない。まあ名前はどうでもいい。

 

思いつきだが、サイコパスに憧れる臆病な同志に対して三つの助言を書いてみる。

第一に、その憧れを「中二病」と揶揄する自分自身を抹消せよ。他人から嘲笑されるように感じるのは妄想。本質的には、あなたが自分自身を嘲笑っているに過ぎない。自己実現において適当なロールモデルを持つのは恥ずべきことだろうか?真に厚顔無恥と呼ぶべきは自分自身を含め、それに対して水を差す自覚なき妬みや蔑みだ。知らんけど

 

第二に、理論と実践を徹底せよ。理論を叩き込むことで「理想」のイメージを完璧にし、常に自分が「理想」の姿であるように振る舞え。自身を常にメタ認知し、無自覚なバイアスや振る舞いを矯正することを怠るな。その過程で必要なのは的確なフィードバックと反省であり、後悔や自己否定など役に立たない。

 

第三に、状況によってコントロールせよ。すなわち、社会不適応(ソシオパシー)を起こすべきではない。重要なのは、最終的には「憧れ」を棄て去り「道具」として利用する術を覚えることだ。私たちは社会で生きる以上、何らかの形で”社会化”しておく必要がある。「私はサイコパスだ」というナルシズムに浸っている間、あなたは他者の幸福を自分事のように喜ぶことはできないだろう。その果てに待っているのは孤立しかない。あなたが深淵を覗きこむ時、深淵もまたこちらを覗いているのだ。多分!

 

 

 

「反共感論」 -共感性と良心について-

 

私はこれまで、サイコパスには情動的共感性が欠けており、反社会的行動を学習する可能性が高くなるということを説明してきた。読者の中には「共感性の欠如=悪」という価値観を抱くようになった人もいるかもしれない。

 

それは大きな間違いである。たしかに情動的共感性の欠如は、冷酷な反社会的行動を行うのに必要な素質ではある。しかし、それ自体が悪なのではない。むしろ共感性の高さが原因で暴力が引き起こされる場合すらあるのだ。

 

今回はポール・ブルーム 著「反共感論」を参考に、共感性と良心の関係を見ていこう。著者は一貫して「情動的共感を道徳的指針とすることは間違いである」と論じている。

 

あらためて共感性について

共感の定義には色々ある。最もポピュラーな定義は「他者が経験していると自分が考えるあり方で、自らが世界を経験するようになること」だ。私がハンマーで自分の手を殴ろうとしているとき、あなたは眉一つ動かさず直視できるだろうか。おそらく、多くの人は顔をしかめてしまうだろう。

 

私自身がハンマーで殴ることを恐れていなくても、”もしあなたが私の立場なら” 恐ろしいと感じてしまう。このように、他者の経験を ”自分が考えるあり方で” 、情動を伴って経験されるものを特に「情動的共感」と呼ぶ。

 

一方で私は、あなたがハンマーで自分の手を殴ろうが気にしない。それでも、あなたの顔は恐怖で歪み、その行為を恐れているということは分かる。このように、情動を介さずに相手の感情を”他者視点で理解” するようなものを「認知的共感」と呼ぶ。

 

この例では、あなたはごくありふれた人間、私は情動的共感が欠如した人間として描いた。このタイミングで「どちらが良心的な人間だと思いますか?」と聞かれたら、多くの人は前者だと答えるかもしれない。 しかし意外なことに、道徳の指針として相応しいのはむしろ「認知的共感」の方なのだ。

 

 

情動的共感の問題

「中国では現在、11億9850万人が暮らしている。これが何を意味するかを感じるには、単純にあなたの独自性、重要性、複雑性、愛情を取り上げて119850万倍すればよい。そこに何か感じるだろうか?何も感じないはずだ。」 アニー・ディラード

 

 

情動的共感はスポットライトに喩えられる。

共感の対象となるのは一人か、せいぜい数人程度だ。それは温かく情緒的ではあるが、一方で共感の対象とはならなかった人々に対しては盲目的である。さらには数的感覚に欠け、共感の対象となった人に対してさえ、近視眼的な行動が引き起こされてしまう。

 

少し前に日本では麻疹が流行した。当時、親の多くは子供にワクチン接種を受けさせることを望んだだろう。だが大抵の子供は注射を嫌がるものだ。そこで泣け叫ぶ姿に共感し診療をやめてしまえば、命を落とすような事態になるかもしれない。

 

このように、他者の苦痛に囚われていると、苦痛に陥った人々を長期的に援助することが困難になる。というのも、長期的な目標を達成するためには短期的な苦痛を与えざるを得ない場合が多々あるからである。

 

このことは、医者の立場を考えてみるとより明らかだ。患者の苦痛に共感してしまう医者は狼狽しきって手術やセラピーどころではない。高い共感性は社会的に望ましい資質であると考えられがちだが、それは認知的共感に限られる。

 

 

また、情動的共感は自動的に起こるものであり、そこから引き出される主観的な言動は、共感の対象とならない人にとって”独善的”に映ることが多々ある。

 

私たちはネコを虐待している人を見ると、その人を罰したくなる感情に駆られる。それは「ネコに共感したからだ」と解釈できるが、よく考えてみると、”ネコ自身が” その人を罰することを望んでいるかなど、私たちには知る由もない。

 

つまり情動的共感は、認知的共感が「その人が実際に望んでいるであろう行動」を導くのとは対照的に、「相手の立場に置かれたときに”自分が”望むであろう行動」を自動的に引き起こそうとする。たまたま自分と相手の望みが一致すればよいのだが、多くの場合はそうではない。実際、そのようなケースは身の回りにありふれている。

 

 

そうはいっても、情動的共感が良心的な行動を導くと考える人も多いだろう。たとえ情動的共感がスポットライトのように範囲が狭く、数的感覚に欠けた近視眼的なものであれ、ヒトは他者の苦痛を自分事のように感じることで、良心的な行動を取るようになるのだ。と考えるかもしれない。これはまさに「道徳的社会化」である。

 

私は実際、サイコパスの病理を解説する上でこのような説明をした。すなわち「サイコパスは他者の苦痛を代理経験できないために、非道徳的な行動ですら合理的手段として学習できてしまう」というものだ。

 

しかしそれは、情動的共感をもつ人が善人でサイコパスが悪人であるという意味ではない。厳密に言えば、サイコパスは先天的な悪人ではなく「反社会的行動を手段として学習しやすい素質を先天的に有する人間」だ。そして、実際にそれを学習してしまった ”反社会的な” サイコパスにとって致命的な問題は、もはや「共感性の欠如」ではなく「自制心の欠如」にある。

 

 

さらには、情動的共感性が直接的に良心的行動を導くという論理には飛躍がある。自分が愛情を注いでいる娘が苦しんでいるとき、あなたは彼女の苦痛に共感して彼女を抱き上げ、苦痛を追い払おうとするだろう。たしかにそれにより自分の気分もよくなるので、「情動的共感が良心的行動を導いた!」と考えたくもなる。

 

しかし、単に代理経験している自分の苦痛を追い払いたいだけなら、泣き叫ぶ娘を放って散歩に出かければよい。 そうしないのは、あなたに純粋な利他心があるからだ。すなわち情動的共感は、情動に訴えかけることによって、より直感的に誰かが苦しんでいることを私たちに教えてくれる。情動的共感は親切心を導くのではなく、むしろ既存の親切心を助長する形で機能するのだ。

 

逆に、親切心がなく他者の苦痛に対して快楽を抱くサディストにとって、情動的共感性は嗜虐心を助長する形で機能する。勘違いされるところだが、情動的共感性が欠如したサイコパスにそのような趣味はない。ただ泣き声を煩わしく感じるだけである。

 

次に、路上でホームレスが物乞いをしていた場合を考えてみよう。人はしばしば、そのような姿を目にすると反対側の道を通りたがる。こうした行動は、共感による苦痛を利己的に回避した結果といえる。

 

時にサイコパスは、健常者よりも積極的に人助けをする場合がある。というのも、彼らは他者の苦しみを代理経験せず、ただ相手の感情や求めているものを認知的共感のみに頼って明晰に理解するためである。そこから引き出された行動は純粋な親切心の顕れであるかもしれないし、将来的な利益を見込んでのことかもしれない。

 

 

本書の主張をまとめると、主観的かつ不公平な道徳的指針が不適切なのは自明なので、そのような性質をもつ情動的共感ではなく、理性的な認知的共感によって他者を気遣うべきである というものだ。

 

 その意味において、サイコパスは完璧な聖人にも完璧な悪魔にもなりうる。しかしサイコパスは一般に、情動的共感が欠如した人間ではなく「反社会性パーソナリティ障害」と同列に認識されている。

 

最近、これに関して興味深い議論を見かけた。それは次のようなものである。

サイコパスはいずれ”発達障害”として分類される。そしてこれまでの発達障害に関する事例を鑑みるに、サイコパスへの差別も同様に非難されるべき問題ではないか?」

サイコパスの根本的原因には遺伝的要因が関与する。そのため、サイコパスによる犯罪には免責の余地があるのではないか?」

 

 

サイコパスはマイノリティであり、マイノリティの差別は許されるべきではない。また、彼らを犯罪行為に駆り立てるような遺伝的負因を有するのなら、彼らの犯罪は完全な自由意志ではなく、ある程度の決定論的要素を孕んでいる。したがって、差別を許すべきではないし、免責の余地はある。

 

 

直感的には、この論理は理に適っているように聞こえるかもしれない。しかし、それこそがサイコパスに対する情動的共感がもたらす道徳観である。

 

あなた自身がこの問題を考えるにあたって今回の内容を実践するなら、立てるべき問いは「あなたがサイコパスの立場なら望むであろうことは何か。」ではなく、「サイコパスが実際に望むであろうことは何か。」である。それと同時に、共感の対象から外れた人々 のことも考慮すべきだろう。

 

 

参考

 

反共感論―社会はいかに判断を誤るか

反共感論―社会はいかに判断を誤るか

 

 

 

超訳「サイコパス -冷淡な脳-」 ”サイコパスの神経学的仮説”

 

この章ではついに、「サイコパスはなぜ情動障害をもち、道具的攻撃性を示すのか」を説明する。この章は難しい上に長いので、はじめに簡単な結論を示しておく。

 

サイコパスは遺伝子異常によって、不快な刺激に対する扁桃体の反応性が低下するため反社会的行動を手段として学習し、社会化が阻害される。

 

しかし、この説明は簡単すぎて誤解を招くうえ、因果関係が明らかではない。なぜ扁桃体の異常が道具的攻撃性の学習につながるのだろう。

 

これより先では、この点について詳細な説明をしていく。

 

 

統合的情動システム(IES)モデル

そもそも情動とは何か。

それは脳内でどのように生まれ、処理されるのだろう。

 

扁桃体は恐怖などの情動を司る」という説明を聞いたことがあるかもしれない。しかし、扁桃体が「恐怖情動を生成→処理」という全てを行うはずもなく、複数の領域が互いに関与している。現時点でもっとも有力な情動モデルは「統合的情動システム(IES)モデル」と呼ばれるものである。これを次に示す。

 

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この図を落ち着いて眺めてみると、①、②、③のルートが描かれている。

まずは①のルートを見てみよう。

 

SCは「感覚連合皮質」であり、あらゆる五感情報がここで統合される。

 

あなたが恐怖を経験するためには、まず恐ろしいものを「見たり」「聞いたり」する必要がある。そのような五感情報がSCに集積する。しかし、この時点で”恐ろしい”という感情は生まれていない。ただ単純に、これから先で「恐怖」と認識されるような何かを「見たり」「聞いたり」しただけである。

 

続いて、SCの五感情報はBLAとCeNに送られる。

重要なことに、扁桃体は大きく「外側基底核(BLA)」「中心核(CeN)」に分けられる。①のルートにおいて、BLAおよびCeNは、SCと双方向の連絡をとっている。

 

そのため扁桃体「感覚形成の調節機能」をもつと考えられる。つまり、扁桃体に送られた五感情報はここでようやく”恐ろしい刺激”というラベルが貼られ、処理が開始する(詳しくは後述)。

 

 

次に②のルートを見てみよう。

①からやってきた感覚情報がCeNに送られ、②のルートでURが引き起こされている。

 

URとは「無条件反応」のことであり、恐怖でいえば「すくみ反応」や「心拍数の増加」などがそうである。ここでも省略されているが、脳幹や視床下部という領域がURを引き起こす。

 

いわばCeNは「”恐ろしいもの”を見たので、心拍数を上げてください」という命令を脳幹などに送る。このような恐怖の感覚情報に基づいた身体状態の変化こそ「恐怖情動」と呼ばれるものだ。

 

恐怖情動は発汗や心拍数増加などの”身体状態の変化”を伴う。これを知覚したとき、僕らは「恐怖の感情」(=”恐ろしい”というあの感じ) を経験する。

 

このルートからは、CeNが「内臓機能を調節する機能」をもつと考えられる。

 

 

最後に③のルートを見てみよう。

vmFCとは「腹内側前頭前皮質」のことで、おなじみ「内側部」の一部だ。

 

ある目的の為に行動する「目的志向行動」には、これらの領域が関与する。そして扁桃体のうちBLAは、vmFCと直接の連絡をもっている。したがってこのルートからは、「BLAが目的志向行動に影響を及ぼす」ということが分かる。

 

 

まとめると、扁桃体はBLAとCeNに分けられ、「感覚形成の調節」にはBLAとCeNが、「内臓機能の調節」にはCeNが、「目的志向行動」にはBLAが直接関与する。

 

 

扁桃体の学習機能

「嫌悪条件づけ」とは、条件刺激(CS)無条件反応(UR)を引き出すように学習する過程のことだ。具体例で考えてみよう。

 

マウスに電気ショックを与えると、マウスはその場から逃げようとする。一方、ブザー音の直後に電気ショックを与えると、そのマウスはブザー音を聞いただけで身体をこわばらせ「すくみ反応」を示すようになる。

 

このように、本来「恐怖」とは無関係な刺激(条件刺激)によって「恐怖」の反応(無条件反応)を引き出すように学習させることを「嫌悪条件づけ」と呼ぶ。

 

ここでブザー音は条件刺激(CS)電気ショックが無条件刺激(US)逃避行動は無条件反応(UR)である。(すくみ反応については後述)

 

 

さて、扁桃体は嫌悪条件づけにおいて3つ連関を形成する。すなわち、

Ⅰ:CS - UR連関にはCeN

Ⅱ:CS - 感情表象連関にはBLA

Ⅲ:CS - US連関にはBLAが必要である。

 

 

ここでもう一度、IESモデルを見てみよう。

 

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CSの五感情報はSCに集積し、①のルートでBLAあるいはCeNに情報が伝達され、最終的にURが起こる。このうち、「CS→SC→CeN→UR」「CS-UR連関」による条件づけである。

 

たとえばお腹の空いた犬は、エサを提示されるとヨダレを垂らす。そしてエサの提示と同時にベルの音を聴かせると、犬はベルの音(CS)を聴いただけでヨダレを垂らす(UR)ようになる。これが、CeNによるCS-UR連関形成である。

 

ちなみにこの連関は扁桃体を介して形成されるものの、連関自体は島に蓄積すると考えられている。つまり、一度CS-UR連関を形成してしまえば(ベルの音で唾液が分泌されるよう条件づければ)、その後に扁桃体を破壊しても条件づけは維持される。

 

 

一方、「CS→SC→BLA→CeN→UR」のルートでは、BLAの登場により「CS - 感情表象連関」が可能となる。感情表象とは、刺激に対する情動状態のラベル(恐怖や報酬期待など)のことだ。

 

平たく言うと、条件づけされたマウスは「ブザー音 = 恐ろしいもの」と認識していたので「すくみ反応」を示したのである。通常、電気ショックに対するマウスのURは「逃避反応」なので、CS-URとCS-感情表象は異なる反応を引き出すという点でハッキリと弁別できる。

 

したがって、マウスがブザー音によって逃避反応を示せばⅠのルートで、すくみ反応を示せばⅡのルートで条件づけが行われたことになる。

 

実際、BLAを損傷したマウスはCS-感情表象連関が形成されず、それに関与する特定の課題において障害を示す。一方、CS-UR連関は正常のままである。

 

 

サイコパスは有毒ガスの臭い(US)と中立顔(CS)を対提示した後でも、CSによる皮膚電気反応が起こらない。

 

これは、CS-UR連関あるいはCS-感情表象連関の機能不全なので、サイコパス扁桃体の機能不全を有することを示している。

 

また悲しみの表情想像上の恐怖場面恐怖予測情動を喚起する音声などのCSに対しても自律神経の反応性が低い。

 

このあたりの嫌悪条件づけ理論については、今後詳しく紹介していこう。

 

 

扁桃体と刺激選択バイアス(注意)

”注意”とは、複数の刺激が存在するときに起こる、互いの表象をめぐる競争の結果であると考えられている。

 

たとえば、今ここにAとBの絵があるとしよう。実験者から「Aの絵を見てください」と指示された場合、あなたはAに注意を向けることができる。これは、課題要求に応じてAの表象を強化したからである。このように、課題要求は感覚表象を強化するトップダウンの影響として注意に関与する。

 

一方、課題要求がなくともAの絵それ自体が情動を喚起するものである場合には、中立的なBの絵よりもAに自然と注意を向けてしまう。このように、”刺激の強さ”は感覚表象を強化するボトムアップの影響として注意に関与する。

 

 したがって、複数ある刺激のうち、どの刺激に注意が向けられるかはトップダウンボトムアップの二つの影響により決定される。

 

 

ここで、情動と注意に関するIESモデルを見てみよう。

 

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側頭皮質には2つのドット(感覚表象)が存在し、それらは互いに競合状態(-)にある。この競合に勝利した方の表象に注意が向けられる。

 

課題要求(左のドットを見ろという指示)はACC(前帯状皮質)DLPFC(背外側前頭前皮質)で処理され、側頭皮質において左のドットに対応する表象を強化するようなトップダウンの影響を及ぼし、左のドットが競合に有利となる状態をつくっている。

 

一方で扁桃体は、右のドットに対してボトムアップの影響を及ぼし、対応する表象が強化されている。つまり、右のドットは情動的な刺激を表している。

 

この図では最終的に左のドットが競合に勝ち、課題要求された反応が運動系により引き起こされたことが分かる。

 

 

具体的にイメージするため、次の課題を行ってみよう。

 

課題:下の絵の中から真顔を見つけたら、次の文を読んでください。

 

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右下以外のヘンテコな絵は妨害刺激である。これらは真顔と比べて”刺激の強い”もの、すなわち扁桃体からのボトムアップ的な影響を受け、感覚表象が強化されるような絵である(右のドットと呼んでいたもの)。

 

一方、課題要求は真顔に注意を向けることだったので、あなたのACCとDLPFCは真顔の感覚表象をトップダウン的に強化し、真顔の表象を他の絵との競合に勝利させようとする(左のドットを競合に勝たせ、要求された反応を引き出す)。

 

それに成功したあなたは、課題要求に対応する反応として運動系を用いて画面をスクロールし、今この文章を読んでいるのである。

 

 

さて、この例からは扁桃体「情動的な刺激の表象を強化する(注意を向けやすくする)機能」を持つことも分かった。

 

実際、サイコパスは情動的な刺激によるボトムアップの影響を受けにくいことが示されており、このことは扁桃体機能不全仮説を支持する。

 

 

扁桃体と道具的学習

 「受動回避学習」と呼ばれる課題がある。受動回避学習では、ある刺激に反応すれば報酬が得られ、別の刺激に反応すれば罰を受ける。(報酬の”ために”反応したり、罰を回避する”ために”反応しない、という道具的な学習)

 

たとえば明室と暗室を用意しておき、マウスが暗室に入ると電気ショックを与える。そのうちマウスは「暗室=不快なもの」というCS-感情表象連関を形成し、暗室へ入ることを受動的に回避する。

 

このように、ある刺激に対して”良い”あるいは”悪い”というラベルを貼るにはBLAが必要であり、扁桃体損傷は受動回避学習を阻害する。

 

 

一方で、別の道具的学習に「条件付き学習課題」がある。条件付き学習課題では、ある特定の刺激に対して特定の運動反応を実行する学習である(たとえば、緑の光が点灯すれば左のボタン、赤の光が点灯すれば右のボタンを押す、といった風に)。

 

この課題では、受動回避学習とは対照的に「緑の光=”良い”」や「赤い光=”悪い”」などのラベルは貼られない。なぜなら、報酬を得るか罰を受けるかはその人の”反応”によって決まるからである。

 

この課題では、「緑の光→左のボタンを押す」「赤い光→右のボタンを押す」というように、「刺激-反応連関」と呼ばれる扁桃体を必要としない連関が形成される。したがって扁桃体損傷はこの課題を阻害しない。

 

 

扁桃体機能不全仮説をもとに考えた場合、このようなデータから、サイコパスは「受動回避学習」で障害を示し「条件付き学習課題」では障害を示さないと予想できる。そして実際、そのような結果が得られている。

 

ここまでが、サイコパスの情動障害と情動学習障害の説明となる。最後に、現実に即した形でサイコパスの道具的攻撃性を説明してみよう。

 

扁桃体機能不全仮説:道徳的社会化

IESモデルを用いて暴力を抑制するメカニズムを示すと、次のようになる。

 

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一般に、他者の苦痛や恐怖などの嫌悪刺激(US)を知覚すると「こわばり、逃避行動、反応的攻撃+覚醒度の上昇(UR)が生じる(戦争の様子を想像してみるといい。確かにこのような反応が起こりそうだ)。

 

さらに健常者の場合、「道徳違反(CS)と他者の苦痛(US)の連関」が可能であり、道徳違反をみたり考えたりするとURが起こるように条件づけられる。さらには「道徳違反="悪”」というCS-感情表象連関も道徳観の形成に関与する。

 

これが、健常者が暴力を控えるメカニズム(道徳的社会化)である。しかし、扁桃体機能不全を有するサイコパスはこれらの嫌悪条件づけが起こらず道徳的社会化を経験しないため、反社会的行動が抑制されない。

 

 

ちなみに反社会的行動をとった子供に体罰を行う家庭では、その意図に反して「身体的苦痛(US)と反社会的行動(CS)との連関」は形成されない。むしろ「身体的苦痛(US)と体罰を行う親(CS)との連関」が形成されてしまう。

 

非行少年は体罰を受けるかもしれないが、それによって反社会的行動は抑制されない。むしろ「親-体罰-不快」という連関が形成されるだけである。(要するに嫌われる)

 

 

反社会的行動を行うときに無条件嫌悪刺激(US)となるのは「犠牲者の苦痛」ある。つまり健常者は、反社会的行動を企図したり実行したとき、他者の苦痛によって”罰せられる”のだ(罪悪感)。

 

しかし、サイコパスでは「他者の悲しみや恐怖の表情」が嫌悪刺激として作用しない。さらには幼少期から表情認知能力に障害が見られる。

 

反社会性を低める方法のひとつは「犠牲者に対する共感性を高めること」であるが、養育者が共感性をうまく引き出すような方法をとっても、サイコパスの情動的機能不全を示す子供に対しては、そうした効果がみられない。

 

これが、サイコパスは”治らない”と言われる所以である。

 

 

扁桃体機能不全仮説の限界

本書の考えをまとめると、次のようになる。

 

サイコパスは、扁桃体によってなされる感情表象の活性化が障害されているために、反応性あるいは学習が低下している。感情表象は、他者の恐怖や嫌悪によって活性化される。

 

これらの表象に対する反応性が低下することにより道徳的社会化が妨げられ、結果として、自分の目標達成の手段として反社会的行動を学習する危険性の高い者となる。

 

この仮説により「良心の欠如」はもちろん、「共感性の欠如」や「罪悪感の欠如」「恐怖・不安の欠如」などの”情動障害”と呼ばれる臨床的特徴、また道具的攻撃性の神経メカニズムを合理的に説明できる。

 

 

しかし次のようなデータから、この仮説をある程度”限定”する必要性が示される。

 

CS-感情表象連関において、感情表象は大きく分けて”ポジティブ””ネガティブ”の2通りがある。実は、サイコパスは否定的な刺激(他者の苦痛や恐怖)について反応性の低下を示すものの、①肯定的な刺激の処理については障害をそれほど示さない。

 

そして、自然な表情をした人の写真を提示し、その人が信頼できるかどうか判断するように求めた課題では、健常者は信頼できない人と判断した顔に対して扁桃体の活性が高まることが示されている。

 

さらに、目の周辺だけの情報に基づいてその人の複雑な社会的情動について判断を求めた課題でも、遂行中に扁桃体が活性化されることが示された。

 

扁桃体損傷がある患者はこれらの課題をこなすことができないにもかかわらず、サイコパス②「信頼性」と「社会認知」の課題で障害を示さない。

 

つまり、サイコパス扁桃体機能のすべてが障害されているわけではなく、「刺激-罰連関」の形成が選択的に障害されていることが示唆される。

 

したがって、サイコパスの根本的原因は遺伝子異常であり、特定の神経伝達物質の阻害が刺激-罰連関形成の機能を特異的に低下させていると予想できる。

 

 

どの神経伝達物質が機能不全なのかは明らかではない。可能性として、ストレス/脅威刺激に対するノルアドレナリンの反応が阻害されていることが示唆される。

 

その根拠として、ノルアドレナリン嫌悪手がかりによって意思決定を調節していることが示されている。(罰と連関した刺激を回避するかどうかは、ノルアドレナリン作動性ニューロンによって調節されるということ)

 

またノルアドレナリン悲しみ表情の認知に影響を与えること、反社会的行動/行為障害に関連することがこの仮説をさらに支持する。

 

 

Question

  • 本章で紹介した扁桃体の機能はどのようなものか。

 

答え:IESモデルからは「感覚形成の調節(SCとの連絡)」「内臓機能の調節(脳幹との連絡)」「目的志向行動の調節(vm FCとの連絡)」の機能をもつことが示唆され、条件づけに関しては「CS-US連関(BLA)」「CS-感情表象連関(BLA)」「CS-UR連関(CeN,BLA)」の形成に必要。注意に関しては「情動刺激に対するボトムアップの影響」をもつ。

 

このうち、BLAによる「CS-感情表象連関」、特に「刺激-罰連関」の形成は道具的学習と密接にかかわり、サイコパスが顕著な障害を示す学習機能のひとつである。

 

 

答え:ある遺伝子異常が扁桃体「刺激-罰連関形成」を阻害する。これにより、たとえ自分の反社会的行動(CS)によって他者の苦痛(US)が生じても「CS-US連関」や特に「CS-感情表象連関」は形成されず、嫌悪条件づけが起こらない。すなわち反社会的行動の企図(CS)は「こわばり、回避反応」などのURを引き起こさず、反社会的行動が抑制されない。したがって、目的を達成するための手段として反社会的行動を学習してしまう。

 

  • IESモデルを用いると、良心や罪悪感はどのように説明できるか。

 

答え:良心は道徳的社会化によって形成される。道徳的社会化には嫌悪条件づけが必要であり、健常者では”悪いこと”を企図したり実行するとUS(被害者の苦痛)や感情表象(この行為は”悪”である)、不快なUR(こわばり、回避反応、覚醒度の上昇)が引き出されることを学習し、道徳違反が抑制・回避される。

 

罪悪感とは、”学習された”CS(道徳違反)を行うことで、上記のUSおよび感情表象、そしてURが引き出された情動状態を指す。より厳密には、その情動状態を”知覚”したときの「感情」が罪悪感であると考えられる。サイコパスは”学習していない”のでCSによって罪悪感は生じない。

 

「悲しいから泣くのではない、泣くから悲しいのだ」というジェームズ=ランゲ説に則っていえば、罪悪感を抱くから”善人”なのではない、”善人”だから罪悪感を抱くのだ。つまり消極的な(非サイコパスという意味で)善人とは、道徳違反が嫌悪条件づけにより抑制されている人である。

 

 

 

答え:ほぼあり得ない。サイコパスに関与する扁桃体の機能不全は遺伝子異常が根本的原因であると考えられる。つまり、サイコパスの発症リスクはある程度遺伝的に定められている。また後天的に扁桃体を損傷しても、それまでに蓄積されたCS-US連関やCS-感情表象連関は島に保存されているため、道徳違反が”悪”であるという認識を失ったり、非道徳的に振る舞うといったことは起こらない。

 

しかしながら、関連遺伝子の後天的遺伝子修飾や環境要因による扁桃体の異常がサイコパスの発症を引き起こさないわけではない。原理的には、早い段階(連関形成以前)で扁桃体の特定の部分を損傷すれば後天的サイコパスになりうる。また、島の連関を”消去”することが可能かもしれない。

 

 

 

答え:遺伝子異常により情動障害を有するものの、恵まれた環境や優れた知性をもち、ある目的を達成しようとする際、反社会的行動以外の手段をより多く学習しているサイコパスのこと。なぜ他の手段を取るのかについては、刺激-報酬連関形成による社会化が功を奏したのだと思われる。つまり、手っ取り早く反社会的行動に訴えるよりも、長期的にみれば向社会的な手段で目的を達成する方が自身にとっても合理的であると学習したサイコパスと考えられる。

 

 

参考

 

サイコパス -冷淡な脳-

サイコパス -冷淡な脳-

 

 

 

超訳「サイコパス -冷淡な脳-」 ”反応的攻撃の認知神経学的仮説”

 

これまで反応的攻撃と道具的攻撃の区別の重要性を指摘してきたが、「そのような区別が本当に可能なのか」という疑いを払拭するためにも、これらが異なる神経メカニズムによって引き起こされるということを説明しておくべきだろう。

 

今回は「反応的攻撃のメカニズム」を解説し、次回は「道具的攻撃のメカニズム」を解説する。これを完全にマスターすれば、よりサイコパスの脳についてより理解を深められるだろう。

 

 

「反応的攻撃」は、哺乳類が脅威に面した際に示す究極の反応だ。

その反応には段階があり、脅威に対する距離によって段階が調節されている。

 

  • レベル1:脅威からの距離が遠い→ すくみ反応
  • レベル2:脅威からの距離が近い→ 逃走反応
  • レベル3:逃げられないほど近い→ 爆発的な攻撃(反応的攻撃)

 

通常、このような反応は脅威に対する適切な反応といえる。(サーベルタイガーに襲われたときに逃げたり攻撃しなければ、そのような種は滅んでしまうのだから)

 

しかし現代のように、さほど強い脅威がないような環境でも反応的攻撃が表出されてしまうと、それは不適応とみなされ、精神科のもとを訪ねる破目になってしまう。

 

たとえば、路上で肩がぶつかっただけで反応的攻撃を示すのは適切とはいえない。

 

 

このような爆発的な攻撃は、「基本脅威回路」のコントロールができなくなっていることに起因すると考えられる。では「基本脅威回路」とは何なのか、ということについて具体的に見ていこう。

 

 

基本構造

 

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まずは、横軸が脅威レベル(TL)、縦軸が活性水準(ABTCのグラフに注目しよう。これを見ると、脅威レベルが上昇するにしたがって活性水準が上昇し、それに応じた反応(すくみ、逃避、反応的攻撃) が引き出されるようになっていることが分かる。

 

その反応を引き出すうえで”最後の関門”となるのは「水道周囲灰白質(PAG)」であり、脅威シグナルは扁桃体を開始点として、視床下部を介してPAGへ伝達されている。

 

そのため、PAGに損傷がある場合、たとえ脅威刺激を扁桃体が感知しても”最後の関門”が崩壊しているので各反応は引き出されない。
 

 

次に、視床下部に注目しよう。

視床下部から下垂体へCRF(副腎皮質刺激ホルモン放出因子)が放出され、次に下垂体からACTH(副腎皮質刺激ホルモン)が放出されている。

 

その結果、副腎からのコルチゾールの放出が増加しているが、この経路は視床下部-下垂体-副腎(HPA)経路」と呼ばれており、この経路はストレス/脅威に応答してコルチゾールの分泌を促すことで自律神経系を亢進し、逃げたり攻撃するのに必要な身体の状態を作り出す。(逃走・闘争反応)

 

最後に、扁桃体に注目しよう。

扁桃体から青斑核への投射は、最終的にノルアドレナリンの分泌を促す。ノルアドレナリンコルチゾールと同様に、逃走・闘争反応に関与する神経伝達物質である。

 

 

この脅威基本回路を調節しているのは、図の左上にある前頭前皮質「眼窩部」「内側部」などである。この制御システムが障害されると、脅威基本回路の調節ができなくなる。(”など”としたのは、背外側部や腹内側部も調節に関与していることが分かっているから)

 

実際、反応的攻撃性を顕著に示す患者は「眼窩部」や「内側部」に障害がみられたことを思い出そう。(前回を参照)

 

ここで重要な問いは、「眼窩部や内側部は、どのようにして基本脅威回路を調節しているのか?」というものだ。

 

 

基本構造の制御

眼窩部や内側部(そして腹内側部)は、少なくとも2つのプロセスで基本脅威回路の調節に関与する。

 

 

第一に、期待報酬を算出し、その期待通りであったかを評価する。

 

これまでの生活の中で、欲求不満に陥りイライラが爆発したために、反応的攻撃(八つ当たりや暴言も含め) が引き出された経験は誰しもあるだろう。

 

僕らは期待する報酬を得るために行動したにもかかわらず、それが得られなかったときに欲求不満となる。それが長く続くと、ついには反応的攻撃を起こしてしまうのだ。

 

この欲求不満を解消すべく機能するのが「眼窩部」「内側部」「腹外側部」であり、これらのシステムが障害されると、より欲求不満に陥りやすくなる。

 

 

第二に、社会的な認知に関与する。

 

「社会的応答逆転システム」と呼ばれるものがある。

このシステムは、次の2つの要素によって活性化される。

 

①社会的嫌悪刺激(とくに相手の怒り

社会的に認められない状況 によって活性化される。

 

たとえば、会社で上司にパワハラをされたときを考えよう。あなたはその上司を今すぐブン殴ってやると思うだろうが、そうすれば相手の「怒り」を買うことになるし、そのような行為は「社会的に認められない」。

 

このようなとき「社会的応答逆転システム」が活性化する。そしてあなたは「ブン殴る」という”応答””逆転”し、上司のご機嫌を取ったり、自分のデスクを蹴り飛ばす。

 

とくに眼窩部の外側、すなわち「外側眼窩前頭前皮質(BA47)」は、上司の怒りを「予期」したり「目にする」と活性化し、さらにBA47が「社会的応答逆転システム」を活性化し、反応的攻撃を調節する。

 

このモデルに合致して、反応的攻撃性の高い患者群では、BA47の機能が特に損なわれていることが明らかになった。彼らは上司の怒りを予期してもBA47が活性化しないため(=機能不全)、社会的応答逆転が引き起こされず、不適切な反応的攻撃性を示す。

 

 

 

ここで、反応的攻撃のリスク増大となる4つの可能性をおさらいしておこう。

 

環境による活性水準の上昇

反応的攻撃が起こるかどうかは、その時の脅威刺激レベルだけでなく、過去に受けた脅威レベルも関与する。

 

動物実験から、過去に脅威を受けたことによって”安静時の”基本脅威回路の活性水準が上昇し、反応的攻撃を引き起こしやすくなることが分かっている。

 

50℃の水と0℃の水では、どちらが沸騰しやすいだろうか?

僕らの基本脅威回路は、活性水準が1になると反応的攻撃を引き起こす(沸騰する)と仮定しよう。安静時の活性水準が0.5の人と0の人では、明らかに0.5の人の方が反応的攻撃を引き起こしやすくなるのは明らかだ。

 

この”安静時の”活性水準の上昇は、過去のストレスによって起こる。たとえば出生前ストレス(妊婦の喫煙やアルコール摂取など)、幼児期の愛情剥離慢性ストレス(過労など)、虐待、トラウマである。

 

これらが実際に及ぼす脳の影響は、ノルアドレナリンの放出増加からコルチゾール受容体の反応性増大、扁桃体の過活動までさまざまである。しかしこれは少し難しい話なので、別の機会に説明しよう。

 

遺伝的な活性水準の上昇

先ほど、過去ののストレスは基本脅威回路の安静時の活性水準を上昇させる「環境要因」であることを論じた。

 

しかし、このような変化に遺伝子が関与していても不思議ではない。

実際、うつや不安障害の人では扁桃体の過活動がみられ、これに遺伝的負因があるということには妥当な根拠がある。そして扁桃体は基本脅威回路の根幹である。

 

 

眼窩/内側部の障害による制御不良

これまで説明してきたように、眼窩部や内側部は基本脅威回路の「調節」を担っており、その機能が損なわれると反応的攻撃のリスクが増大する。

 

この制御システムの破綻に関連すると思われる精神疾患「間欠性爆発性障害/衝動・攻撃性障害」および「小児性双極性障害である。

 

 

セロトニン系の異常による制御不良

セロトニンは反応的攻撃性の調節に関わると考えられている。一般に、セロトニン受容体の活性を高めると攻撃性は下がり、活性を低めると攻撃性は上がる。

 

ネコやラットのセロトニンニューロンを破壊すると攻撃性が増大する。ヒトにおいても、セロトニンレベルの低さは反応的攻撃性に結び付くということが一貫して報告されている。

 

 

最後に、今回の話を「因果モデル」として図に表すと、次のようになる。

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これを頭に叩き込めば、反応的攻撃マスターになれるだろう(?)

 

 

Question

  • 基本脅威回路の図を参考に、扁桃体の損傷がどのような異常をもたらすかを説明せよ。また、PAGに損傷をもつ場合はどうか。

 

答え:扁桃体の損傷によって脅威シグナルがPAGに伝達されないため、反応的攻撃が引き起こされなくなる。また視床下部を介したコルチゾールの分泌、青斑核を介したノルアドレナリンの放出も阻害されるため、ストレス反応(自律神経系の亢進)も減弱すると考えられる。このような人は常に穏やかで、あらゆる脅威に対して冷静さを失わないだろう。

 

PAGの損傷では反応的攻撃が選択的に障害されるものの、ストレス反応は障害されない。このような人は、イライラしても暴力的にはならないタイプだろう。(どのようにして解消するのかは、前頭前皮質の機能の見せ所だ。)

 

 

  • 「眼窩部」や「内側部」は、二つのプロセスで基本脅威回路の調節に関与する。それぞれ説明せよ。

 

答え:第一に、期待報酬の算出および得られた結果が期待通りであったかを評価する。それが期待通りでなかったとき、欲求不満に陥り反応的攻撃が起こってしまうが、ここでも「眼窩部」や「内側部」は欲求不満を解消すべく機能する。

 

第二に、相手の「怒り」を予期することなどで活性化し、「社会的応答逆転システム」を活性化させることによって反応的攻撃を調節する。

 

 

  • 基本脅威回路のモデルを参考に、反応的攻撃性のリスクを増大させる可能性を4つ挙げよ。また今回の章を通して、日常生活で反応的攻撃を表出しないようにできることは何か。

 

答え:①環境要因による活性水準の上昇 ②遺伝的要因による活性水準の上昇 ③眼窩部、内側部の障害による調節機能の不全 ④セロトニン系異常による調節機能の不全 である。

 

日常生活においては、①期待報酬を高く見積もり過ぎないこと ②欲求不満に陥ったとき、適切な応答逆転の手段を身に付けること ③ストレスマネジメントをして活性水準を下げておくこと ④妊娠中の喫煙やアルコールの摂取を控え、子供に虐待やネグレクトをしないこと ⑤セロトニンの前駆体であるトリプトファンサプリメントを摂取すること ⑥瞑想によって前頭前皮質の制御機能を高め、扁桃体の反応性を低める などが挙げられる。

 

 

参考

 

サイコパス -冷淡な脳-

サイコパス -冷淡な脳-

 

 

 

 

超訳「サイコパス -冷淡な脳-」 ”サイコパスの神経学的仮説”

 

今後の章では、神経科学の観点から解説をしていく。

 

とくに今回は、サイコパスの情動・認知的障害が「脳機能のどのような異常によって生じるのか」という ”仮説” について触れていく。

 

 

とはいえ、結局はどれも”仮説”に過ぎず、完全に実証されているわけではない。

 

これから「左半球活性化仮説」「前頭葉機能不全仮説」「ソマティックマーカー仮説」を紹介していくが、それだけではサイコパスの全てを説明できないということには注意しよう。

 

さらにネタバレをすると、本書で主張されるメインの仮説は扁桃体機能不全仮説」なので、これから紹介するものについては問題点を意識して読めばよい。

 

 

左半球活性化仮説

ロバート・ヘアらは、サイコパス右視野に単語を提示すると、カテゴリーの識別が著しく困難になり、逆に左視野に提示した場合にはむしろ健常者より成績が良いことを発見した。

 

また似たような実験で、サイコパス右耳に単語が提示されると、その単語が何であったかを適切に答えられなかったが、左耳ではそうではないことが分かった。

 

ちなみに、右視野右耳は脳の「左半球」に繋がっている。

 

 

こうした実験から「左半球活性化(LHA)仮説」が発展した。

この仮説によると、サイコパスは上記の実験のように、左半球が選択的かつ特異的に活性化された状況下のみにおいて、情報処理全般(左半球に関与しないものでも)が損なわれるとする。

 

しかし、左半球を十分に活性化させると大脳皮質(情報処理全般を担う領域)の機能が損なわれる理由がよく分からない。そして左半球の活性化を定量化する方法も明確ではない。そもそも、日常生活において左半球が選択的に活性化するような状況は稀だと思われる。

 

というわけで、このモデルの有用性は現在のところ限定的である。

 

 

前頭葉機能不全仮説

前頭葉の機能不全は「遂行機能不全」をもたらす。

「遂行機能」は「目標を立て、計画を立て、実行し、効率化する機能」のことで、実行機能とも呼ばれる。たとえば遂行機能不全をもつADHDは一般に、計画通りに物事を進めるのが困難である。

 

遂行機能不全は長い間、反社会的行動と関連付けられてきた。

そうした背景から、サイコパス、より一般には反社会的行動が、前頭葉の機能不全に由来すると考えられるようになった。この仮説は、次の3種類のデータから導かれる。

 

前頭前皮質後天的な外傷を受けた患者のデータ

反社会的行動を示す人の神経生理学研究データ

反社会的行動を示す人の神経画像研究データ

 

 

①について。

前頭前皮質に外傷を受けた患者は「反応的攻撃性」を顕著に示すようになることが分かっている。

 

前頭前皮質は大きく、「背外側」「内側」「眼窩」の3つに分けられる。

 

どれも文字通りで、背外側部(Dorsolateral)はおでこの辺りの外側に分布し、内側部(Medial)はその内側を構成する(そのため、この図では見えない)

眼窩部(Orbitofrontal)はこの2つよりも下の眼窩(眼球ソケットのような頭蓋骨の穴)の内奥に分布する。

 

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さて、攻撃性の増加を示した患者の外傷部位を分析してみると、攻撃を調節しているのは「眼窩部」および「内側部」であって、背外側部ではないことが分かった。

 

 

このような結果から言えることは、第一に「眼窩部」に後天的外傷をもつ患者は、たとえそれが幼少期からでも、示す症状はサイコパスとは本質的に異なるということだ。(彼らは道具的ではなく、反応的攻撃性を顕著に示したことを思い出そう。)

 

このことは、サイコパス前頭葉機能不全仮説によって説明することが誤りだと立証するものではないが、より詳細な研究が必要であることを示している。

 

そして第二に、眼窩部・内側部の障害が反社会的行動の危険性を高めるということが強く示唆される。これについては次回で詳しく説明する。

 

 

②(反社会的行動をとる人の神経性学的研究データ) について。

この節のはじめで、前頭葉の機能不全が「遂行機能不全」をもたらし、それが反社会的行動に結び付くということに触れた。

 

しかし、これらのデータは前頭前皮質「機能局在」「遂行機能の諸要素」を無視したものが多かった。つまり前頭前皮質の下位区分(背外側、内側、眼窩)を考慮せず、ウィスコンシンカード分類検査など「背外側部」に関連する遂行機能検査を用いた研究が多く行われていた。

 

前にも述べたように、反応的攻撃性を調節するのは「眼窩部」と「内側部」なので、このことは問題である。

 

 

それでは、反社会的行動をとる人々に背側部と関連する遂行機能不全がみられることを、どう説明すればよいだろうか? 

 

 

可能性として、サイコパス傾向とADHDの合併に留意する必要がある。

一般に、ADHD背側部の機能不全と関連があるといわれている。そして遂行機能検査で顕著に成績が悪い

 

したがって、反社会的行動遂行機能障害との間に関連がみられるのは、反社会的行動をとる者の中にADHDの患者群が混ざっているためである可能性がある。

 

 

ADHDの病理自体が反社会的行動に繋がっているわけではないので、「ADHD₌反社会的」という風な誤解はしないように。そうではなくて、ADHD反社会的行動リスク要因になりうると理解しておこう。

 

(健常者の情緒的な共感性は、僕から見れば大量虐殺のリスク要因だ。だからといって、健常者の共感性自体が反社会的行動に繋がるとは考えないし、実際そうではない。包丁のように、使い方や状況によって潜在的な危険性が発露する(=リスク要因)というべきだろう。)

 

 

さてこうした考えに合致して、ADHDが併存していない反社会的行動を示す群を対象にした研究により、彼らには遂行機能障害がみられないことが明らかになっている。

 

結論として、「背側部」に関連する遂行機能障害反社会的行動の関係は、因果的なものではなく、相関に過ぎないと考えられる。(背側部に障害を有する人は、近くの内側部や眼窩部にも障害をもつ傾向があり、実はそれが原因となって反社会的行動が引き起こされていたということ)

 

 

では逆に、サイコパス遂行機能障害を示すのだろうか?

 

その答えは「眼窩部と関連する検査では障害を示す」。

つまり、サイコパス前頭葉の機能不全を確かに示すが、それは「背側部」ではなく「眼窩部」に選択的である。

 

 

③(反社会的行動をとる人の神経画像研究データ)について。

サイコパス傾向のある人について前頭葉の活動をMRIなどを用いて測定した研究は存在するが、いずれも統計処理が雑だったり、知見が一致しないなどの問題がある。

 

次の図は、健常者群(HC)と社会恐怖群(SP)およびサイコパス群(PP)を対象に嫌悪条件づけを行っている最中の眼窩部の活動を測定したものである。

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真ん中の列は、条件刺激(CS)に対する「眼窩部」の反応を表す。(おそらく右向き)

 

ブザー音(CS)の直後に電気ショック(US)を与えられると、ブザー音(CS)を聞いただけで自律神経系亢進などの条件反応(CR)を示すようになる。(詳しくは前回を参考)

 

健常者ではCSによって「眼窩部」が活動するが、サイコパスの脳は、何事もないかのように落ち着いている。(赤や黄色が活動を示している)

 

このように、サイコパスは「眼窩部」と「内側部」に機能的障害をもつことは確かだと思われる。(ちなみに左列は島皮質、右列は扁桃体の活動を示す。論文はこちら

 

 

サイコパス前頭葉機能不全がなぜ反応的攻撃/サイコパシーを高めるのか」については、今後かなりの研究が必要だ。

 

しばしば、前頭葉の機能不全によって”抑制”の低下が起こる、という説明がされる。しかしそれでは、「抑制性回路」が存在しないシステムについては前頭葉の機能が解釈できない。

 

そこで前頭葉の機能を具体的に記述し、その障害により反社会的行動が生じることを説明しようとするのが「ソマティック・マーカー仮説」だ。

 

 

ソマティック・マーカー仮説

ソマティック・マーカー(身体の標識)という言葉は聞きなれないだろう。

簡単に言ってしまえば、「過去のネガティブな経験に基づく警告」だ。

 

 

トランプ課題を思い出そう。

はじめはカードを引く毎に報酬をもらえるが、引き続けるうちに罰が増えていき、損をするようになっていく。

 

健常者では、罰を受けた過去の苦い経験が無意識に干渉し、カードを引こうとする度に自律神経系が亢進するようになる。(≒緊張する)

 

この「苦い経験をする→同じような状況に遭遇する→無意識に自律神経系が亢進する」という一連の反応こそ、ソマティック・マーカーによる警告である。

 

「眼窩部」や「内側部」を損傷している患者は、このソマティック・マーカーによる警告(=自律神経系の亢進)が見られず、カードを引き続けて損をしてしまう。

 

さて、このようなモデルからサイコパシーを説明できるだろうか?

 

 

たしかに「眼窩部」と「内側部」を損傷しているサイコパスは、過去の犯罪から苦い経験をしても、次の犯罪を行おうとする際にソマティック・マーカーによる警告がないため、高い再犯率に繋がってしまうと考えられるだろう。

 

 

しかし、「反応的攻撃」と「道具的攻撃」の違いをどう説明すればよいだろうか。

「眼窩部」と「内側部」の損傷をもつ患者は、効率に「反応的攻撃性」を示すということをよく考える必要がある。また、サイコパスはソマティック・マーカーが発生していることを示す研究も存在する。

 

したがって、サイコパス「顕著な道具的攻撃性」を説明しようとするとき、前頭葉機能不全仮説やソマティック・マーカー仮説はほとんど役に立たない。

 

 

 

Question

  • 左半球活性化(LHA)仮説について、その根拠と問題点を答えよ。

 

答え:右視野や右耳に単語を提示し、左半球を選択的に活性化すると情報処理機能が低下するという知見が根拠。しかし、なぜ左半球の活性化が情報処理機能の障害を引き起こすのか、そのような左半球の活性化をどう定量する(具体的に数値化する)のか、などの問題がある。

 

 

  • 前頭葉機能不全仮説およびソマティック・マーカー仮説について、その根拠と問題点を答えよ。

 

答え:前頭葉機能不全が遂行機能不全をもたらし、反社会的行動に関与すると考えられ、サイコパスに「眼窩部」と「内側部」の機能障害が見られること。そしてソマティック・マーカーが発生しない「眼窩部」と「内側部」の損傷患者では、反社会的行動が見られるということ。

 

問題点としては、第一に「背外側部」に関連する遂行機能不全については反社会的行動との因果関係はなく、相関に過ぎないということ。

 

第二に、「眼窩部」と「内側部」の損傷およびそれに関連する遂行機能不全は確かに反社会的行動に結び付くものの、それは反応的攻撃性に限られるということ。

 

第三に、前頭葉機能不全仮説では「前頭葉の機能障害によって、なぜサイコパスになるのか」という解釈ができず、ソマティック・マーカー仮説を用いて解釈すると、反応的攻撃と道具的攻撃の区別ができなくなるということ。

 

 

参考

 

サイコパス -冷淡な脳-

サイコパス -冷淡な脳-