サイコパスを操作する

Twitter: @KranGeist

サイコパスと強化学習①

The Effect of Reduced Learning Ability on Avoidance in Psychopathy: A Computational Approach.

Takeyuki Oda et al, November 2019.

 

f:id:mk8810b:20191108220053j:plain

 

先行研究によると、サイコパスは罰から学習することが困難である。たとえば、彼らはある刺激をひとたび報酬と関連づけると、その後に同じ刺激が罰と関連付けられるようになっても刺激の価値を更新することができず、誤った反応を繰り返してしまう (逆転学習の障害)。

 

しかしながら、こうした学習の障害が生じるメカニズムについては不明な点が多い。罰そのものに対する感受性が低いのか、刺激と結果(報酬/罰)の連関を更新するのが遅いのか、そもそも結果の予測が下手くそなのかどうかが分からないのである。

 

Computational Approach (計算論的アプローチ) はこの問題を解決する。被験者の学習プロセスを数理モデル化することで、ボトルネックとなる学習パラメータを特定することができるからだ。

 

今回紹介するのは、サイコパスの学習に関する計算論的解析である。2019年11月に発表された論文で、日本のサイコパス研究としては最新だ。それでは、詳しくみていこう。

 

要旨

日本の大学生を対象に、サイコパシー高/低 群のあいだで「Go/No Goタスク」のパフォーマンスを数理的に解析した。結果、一次サイコパシーの高い人 (以下、サイコパス)は、損失に関する正の「予測誤差」に対する「学習率」が比較的低いことが分かった。

 

このことは、罰を回避することに成功したにもかかわらず、サイコパスは回避反応の価値を更新する程度が小さいことを示す。

 

 

背景

先行研究の多くは、サイコパスにおける「罰学習」の障害を明らかにしてきた (Newman, 1986; Finger, 2011)。罰学習とは、ネガティブな結果のフィードバックに基づいて、自身の行動を適応的に更新することである。

 

私達は、何が自分にとって良いもので悪いものなのか、あるいはそれに対してどう反応すべきかということを、予測と結果の差(予測誤差)に基づいて学習する (強化学習)。

 

この障害は、不安の程度が低いサイコパスにおいて顕著である (Lykken, 1957; Newman, 1998)。彼らがなぜこのような障害を示すのかについては、これまで多くの議論が為されてきた。その過程で、次の2つの仮説が浮上した。

 

 

   1. 低恐怖仮説

 サイコパスは脅威刺激 (たとえば銃声)に対する驚愕反応の低下を示す (Lykken, 1957; Patric, 1993; Hoppenbrouwrs, 2016)。この仮説では、サイコパスはネガティブな結果の影響を受けにくいために、学習の障害が生じると考える。

 

IES理論 (Blair, 2006)は、これについて神経学的な因果モデルを提示する。扁桃体と眼窩前頭前皮質(OFC)は、「刺激-結果 連関」を形成し、それに基づいて適切な反応を導くために必要な領域である。サイコパスはこれらの領域に機能不全をもつので、学習の障害を示す。 これがIES理論だ。

 

詳しくは、James Blair 著「サイコパス -冷淡な脳-」、本ブログの解説記事を参考にしてほしい。

 

   2. 反応調節仮説

ジョセフ・ニューマンは、サイコパス学習障害が注意機能の異常によって生じるという考えを提唱した。サイコパスはある目的に対して行動しているとき、それとは無関係な刺激を (たとえネガティブな結果をもたらすものでも) 無視してしまうのである。これが反応調節仮説だ。

 

言い換えると、サイコパスは選択的注意が強すぎるために、妨害刺激の影響を受けにくいということである。このことは数多くの実験で繰り返し実証されてきた。

 

 

さて、これらの仮説が説明しようとする「学習の障害」は、いずれも”学習全体”のパフォーマンス(e.g. エラー率; 全反応に対する誤反応の割合) に基づいている。

 

しかし、実際の学習は各トライアル (ひとつの予測→結果の流れ) ごとに行われているはずである。そこで、各トライアル毎の学習を記述するモデルを活用することにより、サイコパス学習障害をより詳細に調べることができる。

 

そこで役に立つのが強化学習モデル」である。

 

 

パブロフの犬をご存じだろうか。

ベルを鳴らした後にエサを与えるという行動を犬に対して繰り返すと、その犬はベルの音を聴いただけでヨダレを垂らすようになる、というものだ。

 

これは、次のように言い換えられる。

 

はじめ、犬にとって無価値だった「ベルの音」という刺激が、「エサ」という報酬に関連付けられたことにより、その価値を増していった。

 

この学習プロセスを数式で記述すると、次のようになる。

 

V(t+1) = V(t) + α*δ

δ = O(t) - V(t)

V(t) :ある時間tにおける「ベルの音」の主観的価値。

V(t+1) :次の瞬間の主観的価値。以前の価値V(t)にα*δを足したもの。

α:「学習率」と呼ばれる定数。

δ:「予測誤差」。予測V(t)と実際の結果 O(t) (ベルの後にエサを貰えたかどうか) の差。

 

 

例を挙げて考えてみる。

 

あなたは友人に誘われて競馬に行ったとしよう。

ギャンブル嫌いのあなたにとって、その時点での競馬の価値V(t)はゼロだ。

 

しかし幸運にも、あなたは10万円の利益を手に入れてしまった。

このとき、予測誤差δは δ = (10万円) - (0円)  = 10万円 である。

 

あなたの学習率α が 0.1と仮定すれば、あなたがビギナーズラックをぶち当てた後の競馬の主観的価値V(t+1)は、

V(t+1) = (0円) + 0.1 * (10万円) = 1万円 となる。

 

ゆえに次回の競馬では、あなたは1万円程度なら喜んで賭けるだろう。

 

 

このように、強化学習とは「その刺激(反応)があなたにとってどれほど良い/悪いのか」を学習するプロセスである。

 

強化学習モデル少し厄介だが、私達の身の回りの現象を記述する上で非常に強力なので、教養として理解しておく価値は大いにある。

 

次回は実際にサイコパス学習障害を明らかにするために「最適モデル」を構築する段階だ。これをベースに解説を進めるので、ぜひとも理解しておいて欲しい。

 

参考

 

 

サイコパスの行動経済学:リスクを恐れない人たち

Neuroeconomics of psychopathy: risk taking in probability discounting of gain and loss predicts psychopathy.

Neuro endocrinology letters · November 2014

 

「リスクを恐れるな」と言われたことはないだろうか。

果敢に挑戦する人はしばしば尊敬されるし、そのような人になりたいと思うものである。驚くべきことに、サイコパスはリスクを恐れないことが分かっている。

 

今回紹介する論文は、サイコパスにまつわる行動経済学

「リスクを恐れない程度から、サイコパス傾向を予測できる」というお話である。

 

 

リスクとは結果の不確実性である。例を挙げよう。

 

いまここに、二つの選択肢がある。

  1.  100%の確率で1万円貰える
  2.  10%の確率で10万円貰える。

 

あなたはどちらを選択するだろう?

1を選べば確実に報酬を得られるが、2の選択肢はそうではない。

これが結果の不確実性であり、リスクである。

 

注意して欲しいのは、どちらの期待値も同じということだ。

しかし、私達の中には1の選択肢を好む人もいれば、2の選択肢を選ぶ人もいるだろう。その理由は、我々がもつ「不確実性を恐れる程度」が人によって異なるからである。

不確実性はそれ自体がコストであり、不確実性が高ければ高いほど、報酬の主観的価値は低く見積もられる。 どれだけ低く見積もるのかはその人次第、ということだ。これを数式で表現すると、次のようになる。

 

Vp = A / (1 + kpO)

 

Vpは報酬の主観的価値、Aは報酬の実際の金額、Oは不確実性、

kpはその人に固有の「不確実性を恐れる程度」だ。

 

kpが高いほど不確実性に対する重みづけは大きく、それだけkpOはより大きな値となることが分かる。そして、主観的価値VpはkpOに反比例するため、kpOが大きくなるほどVpは小さくなる。一方、kpがゼロに近づくほどVpの値はAに近づく。

 

ここで重要なのは、「リスクを恐れない人のkpは小さい」ということだ。

 

さて、様々な報酬と不確実性の組み合わせで冒頭のような二択の選択肢を行ってもらうことで、我々はその人がもつkpを推定することができる。

 

さらに被験者のサイコパス傾向をあらかじめ測定しておくことにより、サイコパス傾向とkpの関係が明らかとなる。その結果が次の図だ。

f:id:mk8810b:20190809161044p:plain

PPI-R total score(サイコパス傾向) とkp(報酬の不確実性を嫌う程度)の関係

 

サイコパス傾向とkpは負の相関を示した (r=−0.29, p=0.002)。

つまり、サイコパス傾向が高い人ほどkpは小さいのである。

 

 

ちなみに、不確実性は報酬だけでなく損失にも存在する。

損失におけるkpとサイコパス傾向の関係は次のようになっている。

f:id:mk8810b:20190809162043p:plain

上の式を見れば分かるように、kpが高くなるほど損失(A<0)を小さく見積もるということに注意して欲しい。この図が示していることは、サイコパス傾向の高い人ほど不確実な損失に対して”甘い”ということだ。100%の確率で1000円の損をする選択肢より、10%の確率で1万円損をする方の選択肢に賭けるようなものである。

 

以上の結果から、「サイコパス傾向の高い人ほど結果(報酬と損失)の不確実性(=リスク)を恐れない」と結論付けられる。

 

これを言い換えると、

「リスクを恐れる程度から、サイコパス傾向を予測できる」ということだ。

 

 

日常生活でも意識して周囲の人を観察してみると面白いかもしれない。

他人を攻撃しても平気な人たち

Harm to others outweighs harm to self in moral decision making.

私達は、自分の利益のために他人を傷つけてはいけないと考える。一方、サイコパスは自分のためなら平気で他人を傷つける「道具的攻撃性」を示すことが知られている。このような傾向は、次のような実験から定量的に説明することができる。 

 

 

道徳的意思決定タスク (下図)

  •  「高ショック-高報酬」または「低ショック-低報酬」を選択.
  • 電気ショックの対象は自分自身の場合もあれば,見知らぬ他人の場合もある.
  • 自分に対する危害,他人に対する危害を嫌がる程度を金銭的に定量できる.

f:id:mk8810b:20190419162210j:plain

task

このタスクにより「金を得るために他人を傷つける」 という攻撃性(道具的攻撃性) を調べることができる. サイコパスは他者の苦痛に対する反応性が低いため、このような攻撃性を顕著に示すと考えられている.

 

※詳しい数式は本稿を参照

K_self / K_other: 自分/他人の「危害嫌悪パラメータ」

これが本実験のメインである。

K=0 のとき,意思決定者は危害を回避せず,金のためなら何回でもショックを受けるし、あるいは他人にもショックを与える。Kが1に近づくほど危害嫌悪が大きくなり,(自分または他人の) ショックを小さくするために,より多くの金を犠牲にする。

 

K_other - K_self は利他性をあらわす.

というのも、この値は「他人を傷つけてお金を得る選択よりも、自分を傷つけてお金を得る選択をする傾向」を示すからである。

結果,ほとんどの人がK_other > K_self だった.驚くべきことに、ほとんどの人にとって、他人を傷つけて得られる利益は自分を傷つけて得られる利益よりも価値が低いのである。これが本論文のタイトルの意味である.

 

 

ところで嫌な結果を予測することは,行動の阻害につながることが多い.

そのため危害嫌悪の強さは,「反応時間の遅れ」に関連すると予想された.

 

実際,ある反応がより大きなショックにつながる場合や,最大ショック数が大きい場合には,反応が遅れた. また、これらの減速効果はK_selfと相関した.

 

一般に、危害嫌悪が自分よりも他人の方が強い(K_other > K_self) ならば,他人に対する危害を決定づける際には、反応がさらに遅れるはずである.

実際,そのようになった (下図).他人に対する危害を考えるときの方が,自分の時よりも意思決定が遅れることが示された.

 

f:id:mk8810b:20190423115006j:plain

Response Time

 

では,サイコパスについてはどうだろう。

 

サイコパシーと危害嫌悪の程度は,負の相関を示した.

(K_self: r= -0.33, p=0.003; K_other: r = -0.39, p = 0.0002)

 

しかし,利他主義とは”傾向レベル”の相関だった.

(K_other - K_self: r = -0.19, p = 0.091)

 

 

この結果を考察すると面白い.

 

サイコパスには,たしかに「他人を傷つけても平気な傾向」がある.しかし同時に,「自分を攻撃しても平気な傾向」もある (少なくとも,危害を低く見積もっている).

 

そのため、利他主義(K_other - K_self)との相関は小さく,有意差も出なかった.

これは,利他主義の定義によって結果が異なってくるだろう.

 

またサイコパシーは,自分に対するショック決定時における「反応時間の遅れ」とも負の相関があった.一方,他人に対するショックでは「反応の遅れ」とは無相関だった.

 

ここからは,サイコパスは自分の危害に対してのみ無頓着だ」といえるかもしれない.というのも,彼らは他人に対する危害嫌悪 (K_other) は小さいが,健常者と同等レベルの”熟慮”(反応時間の遅れ) があったことを示しているからだ.

 

この点については,さらなる研究が必要だろう.

 

 

余談だが,男性は女性よりも危害嫌悪が小さいことが分かっている.

しかし危害嫌悪に関する性差は,サイコパシーによって緩和される.

 

つまり,”男性は女性よりもサイコパシーが高いから”,危害嫌悪が小さいのである.

同程度のサイコパシーで比較すると,男女間に危害嫌悪の差は見られない.

 

結論として、次の3点が明らかになった。

第一に、私達は自分の危害よりも他人の危害から利益を得ることを嫌がる。

第二に、他人を傷つけて利益を得る選択をするときには意思決定が遅れる。

最後に、サイコパスは報酬のためなら、他人に危害を加えることも厭わない。

反社会性サイコパスの脳

暴力犯罪の約25%は、サイコパスによるものだ。

しかし、サイコパスの殆どは暴力犯罪に加担しない。これは、暴力犯罪の発生率とサイコパスの発症率を比較すると明らかである。「暴力の解剖学」で紹介したように、反社会性サイコパスと一般的なサイコパスの違いは、前頭前皮質の機能」にある。

 

今回は、"Prefrontal Structural and Functional Brain Imaging findings in Antisocial, Violent, and Psychopathic Individuals: A Meta-Analysis" から、反社会性サイコパスの脳に見られる特徴をレビューしてみよう。

 

研究対象は「暴力犯罪者の前頭前皮質」であり、全43件の論文がメタ分析された。前頭前皮質はいくつかの下位領域に分けられ、それぞれの機能が両側半球について調べられた。反社会性サイコパスに特徴的な機能的異常は、次の3つである。

 

①左外側前頭前皮質 (左DLPFC):高度な認知機能 (注意、計画、自己抑制など) に関与する。左DLPFC損傷患者は目的志向行動 (実行機能) に問題がある。ADHDは注意欠陥や多動性が特徴の障害であり、DLPFCや線条体ドーパミンレベルが低いと言われている。この領域は、いわゆる「動作性IQ」との関連が大きい。

 

②右眼窩前頭前皮質 (右OFC):感情処理や意思決定、社会的行動に関与する。右OFC損傷患者は怒りっぽく、抑制に欠けた人物であることが多い。「逆転学習」が困難であり、ハイリターンな選択肢がハイリスクに変わっても、柔軟に反応を切り替えることができない。簡単にいえば、失敗から学ぶことが難しい。機械学習を用いた最近の研究では、OFCの厚みにもADHDの特徴が顕れることが分かっている。なお、"左”OFC損傷患者には、これらの機能異常は見られない (Bechara and Denburg, 2002). 

 

③右前帯状皮質 (右ACC):葛藤の検出やモニタリングに関与する。京大グループの研究では、サイコパスがためらいなく嘘をつく傾向とACCの活動低下に相関が見られた。つまり、サイコパスは「嘘をつくか正直にふるまうか」という葛藤が生じないために、平然と嘘をつくことができるのではないかと考えられている。ただし、この研究で示されたのは「"左”ACCの活動低下」であることに注意したい。より反社会的な選択肢間における葛藤では、右ACCの活動低下がより特徴的になるのかもしれない。

 

多くの研究がサイコパスと内側前頭前皮質 (VMPFC)の機能に関連を示しているものの、本研究ではギリギリ有意差が出なかった。これについては、サンプル数などの統計的問題が指摘されている。

 

 

 

道徳と進化心理学ついて適当に語る

「善とは何か」と聞かれれば、私の答えは、善は善であり、話はそれで終わりである。あるいは、「善はどのように定義されるべきか」と聞かれれば、私の答えは、善は定義できないというものであり、それが答えるべき全てだ。

 

定義できない”善”を定義する誤り

たとえば「善」は「幸せであること」とする。

いま、彼は幸せである。では、それは善だろうか?

 

 

この問いは、定義から次のように言い換えられる。

いま、彼は善である。では、それは善だろうか?

 

 

後者は問うまでもないことで、答えが既に決まっている「既決問題」だ。一方、前者の問いは答えがまだ出ていない「未決問題」である。

 

二つの問いは同じ意味ではないので、それゆえ「善」を「幸せであること」と定義したのは正しくなかったことになる。

 

 

このシンプルかつ強力な証明は、「幸せであること」をそれ以外の言葉に置き換えても成立する。このように、定義できない「善」を定義してしまうことを自然主義的誤謬」という。

 

 

「進化論的にヒトは~な傾向をもつ。これを鑑みると、私達は~すべきだ」という風に、ある規範について進化心理学的に述べたとしよう。

 

この主張は「進化論的に合理的なこと = 善」と言い換えられるが、進化論的に合理的な振る舞いが善であるかどうかは未決問題なので、同じく自然主義的誤謬を犯している。

 

科学は規範にならない理由は、まさにこういうことである。

 

 

直観主義

理由付けをせずに下された判断は非推論的判断と呼ばれる。

 

多くの人にとって「無差別殺人は悪い」ということは、理由や根拠を明確にしてから初めて気づく、というものではないだろう。

 

このように、非推論的判断を下す基盤のことを「直観」と呼ぶ。特に、善悪にまつわる直観に基づいた判断を「直観的道徳判断」と呼ぶ。

 

道徳的な規範をつくるとき、「規範の中に私たちの直観を”保存”すべきか否か」という問題に対して「YES」と答える(直観的判断には「信じるに値する」認識的身分があると考える)のが直観主義である。

 

 

約5000人に対して「トロッコ問題」の直感的道徳判断を問うた研究では、スイッチ事例で功利的判断を下す人が89%、プッシュ事例では11%だった。なぜか。

 

直観的判断はさまざまな「道徳無関連要因」による影響を受けるからだ。(フレーミング効果、呈示順序、抽象/具体性、そのときの気分など)

 

道徳無関連要因の影響は「許される」という判断から「許されない」という極端な変化はもたらさないものの、「直観的道徳判断の信頼性」を疑うには十分な根拠だ。そこで、次のような論証が進む。

 

  1. 直観的判断はしばしば道徳無関連要因に影響され、それゆえ直観的判断は道徳的真理を”追跡”しないことがある。
  2. そのため、判断者は他に特殊な理由がない場合、自身の直観的判断が信頼不可能なプロセスから生じていると信じる理由があり、それゆえ、その直観的判断を信じることは正当化されない。
  3. ③とはいえ、他に特殊な理由がある場合(とりわけ、その特定の直観的判断が道徳無関連要因によって影響されていないと信じる理由がある場合)、その直観的判断を信じることは正当化されうる ーーーただし、その正当化は直観的判断それ自体によるものではなく、他の判断や信念によって与えられる“推論的な”正当化である。

 

以上から、直観的判断それ自体を信じることを正当化する直観主義は、偽である。

 

 

---では理性は疑わないのかというと、もちろん疑うべきだろう。ただし、このメタ認知は無限に循環する。

 

ラクティカルには、私たちは道徳的真理を体現することができない。なので、メタ認知の”やめ時“が重要になる。

 

私は「社会的動物としての究極要因」を突き止めた段階で疑いをストップしている。こういうとき、進化心理学の知見が参考になるだろう。

 

現実では、全てのヒトは道徳的真理に興味などない。私は動物としての欲求の呪縛から逃れることはできないので、私自身の道徳的態度に何ら高尚なものはなく、せいぜい高コストシグナリングだと割り切っているのである。

 

その上で個人的なベターを追求するというのは、結構したたかな考えかなと思う。

 

参考

モラル・サイコロジー: 心と行動から探る倫理学

モラル・サイコロジー: 心と行動から探る倫理学

 

 

”悪の人格”は最高のギバーになれるか?

 

ダーク・トライアド(DT)特性とは、邪悪な3つの人格、すなわち「サイコパシー」「マキャベリズム」「ナルシスト」の傾向を表す用語である。

 

主に心理学の研究に用いられる概念で、ダークトライアド・パーソナリティテストという評価スケールが存在する。臨床名ではない。(Dark Triad Personality Test)

 

端的には、サイコパシーは「冷淡な人格」、マキャベリズムは「目的の為には手段を選ばない主義・思想」、ナルシストは「尊大な自己愛をもつ人」と表現できる。

 

従業員としての資質

1951年から2011年までの間に報告された245のサンプル(N=43,907)を基に、「DT特性と職業成績/非生産的労働行為(CWB)の関連」をメタ分析した論文がある。[1]

 

これによると、職業成績の低下マキャベリズムとサイコパシー傾向に関連し、CWBはDT特性のすべてと関連する。CBWは従業員の”サボリ”や”不正”を意味する用語だ。

 

職業成績の低下がナルシズム傾向と関連しないのは興味深い。もっとも、職業成績がどのように評価されたのかは明らかでない。

 

 

”職業成績が高い人”は相対的に高い自己愛を持っているかもしれない。それが「尊大な自己愛」と呼べるかどうかは疑問である。一方、CBWとナルシズム傾向の関連は経験的にも納得できる。「こんな仕事はオレに相応しくない」とでも言いそうだ。

 

ナルシストには”傲慢型”と”繊細型”の2種類が存在する。恐らく対象になったのは”傲慢型”だが、彼らの「根拠のない自信」とそれを裏付けようとする「努力志向」が結び付けば、いずれの指標でもハイスコアを叩き出すだろう。

 

リーダーとしての資質

インターネットを用いた自己評価尺度によるN=3388の大規模な調査 [2]では、サイコパシー評価スケールの下位区分であるPPI-FS(恐怖心なき支配)スコアと、管理職やハイリスク職に就く程度に相関が示されている。

 

同様に他の研究 [3][4]では、ナルシズム傾向がポジティブ・ネガティブなリーダシップの両方と関連する”両刃の剣”であることが示されている。これはナルシズムに限らず、DT特性一般について言えることだろう。

 

より具体的には、”謙虚な”ナルシストのリーダーはフォロワーからの評価が高く、フォロワー自身の主観的・客観的評価のいずれも高かったという研究結果がある。[6] 先述した「根拠のない自信を裏付ける努力志向」は、まさに謙虚さといえるだろう。

 

もちろん、これらの研究は因果関係を示してはいない。つまり、DT特性が高いからリーダーになったのか、リーダーという地位がDT特性を高めたのか等は明らかでない。

 

 他者との相互作用

アダム・グラント 著 『GIVE AND TAKE』[5]では、我々を「ギバー」「テイカー」「マッチャー」の3つに分類し、それぞれの業績を評価した研究が紹介されている。

 

ギバーとはその名の通り、他者との関係において”与えること”を重視する。テイカーは”奪うこと”を考え、マッチャーは「恩返し」や「仕返し」により”公平性”を重視する。

 

詳細はこのブログが参考になる。

life-is-sparks.com

 

さて、この中でもっとも「成功」するのは誰か?

これは本書のメインテーマだが、ギバーである。 

 

では、もっとも「失敗」するのは誰か?

実は、これもギバーなのだ。

 

「与える人」は確かに素晴らしい。

しかし、”カモ”になってはいけないのだ。

 

ちなみにマッチャーは真ん中、テイカーはその上である。

 

DT特性は基本的にテイカー気質と相関するだろう。

そして、彼らの成功には”短期的かつ個人的”という特徴がある。

パイを奪い合う関係には常に勝者と敗者が存在するためである。

 

 

マッチャーは組織の大部分を占める。

特徴として、彼らはテイカー周囲にいれば「仕返し」を始める。

理不尽なテイクを受けたマッチャーはテイカーに堕ちるのだ。

一方、テイカーが不在の場合には「互恵関係」の組織を築くことができる。

 

そして組織の”色”は、マッチャーの「公平性の向き」で見極めることができる。

つまり、マッチャーの人が仕返しに躍起ならば、その組織は黒い。

マッチャーが効果的に協力し合っていれば、その組織は白い。

 

したがって、グループのリーダーは競争環境を望まないのなら、テイカーを排除すべきだろう。また、ギバーはそうした組織に属さない方が身のためである。

 

 

「ギバーやマッチャーの成功は、組織内にテイカーが存在するかどうかで決まる。なので、私たちは自ら属する環境を”選択”する必要がある。」

 

 

...という結論は、あなたがギバーやマッチャー、すなわち「DT特性のない人間」と自負しているのなら、とても受け入れやすいだろう。

 

悪は常に外部からやってきて、場を荒らして立ち去る”天災”のようなもの、と考える方が認知的負荷が少ないからだ。

 

 

この見方は半分正しいが、半分間違っている。

たしかにDT特性の高い人は不正を行ったり、それを容認する傾向が高い。これは最後通牒ゲーム」を用いた研究でも示されている。しかし同時に、DT特性の高い人がテイク行動を取るかどうかは、友情や相手の自尊心にも依存する。[7] [8]

 

つまり、ギブアンドテイクの是非は気質強度だけでなく、気質間の相互作用の問題でもある。マッチャーの「仕返し行動」が生み出す負の循環、”カモ”のギバーが背負っているネギ(無知,自尊心の欠如)を想像すれば分かりやすいだろう。

 

そのような人はテイカーの直接的被害者であると同時に、間接的加害者にもなりうる。一度テイカーに喰われたマッチャーやギバーは、次々に周囲を腐敗させる「ゾンビ」と化すからだ。そして腐敗現象を「天災」のように捉える人の多くは、実態としてはゾンビそのものである。あるいは腐敗にすら気づかないだろう。

 

 

サイコパスを操作する」というタイトルには、より集団的かつ長期的な成功を導く手段として、DT特性をどのように利用できるか?というテーマが込められている。簡単に言えば、Tウイルスワクチンを接種するわけだ。

 

 ちなみにこのブログでは、イカー(DT)一般にみられる「個人的かつ短期的な成功」は”失敗”とみなしている。なので、(悪としての)サイコパス礼讃ブログではない。 

 

 

参考

[1] A meta-analysis of the Dark Triad and work behavior: a social exchange perspective. - PubMed - NCBI

[2]Leader emergence: the case of the narcissistic leader. - PubMed - NCBI

[3]The double-edged sword of grandiose narcissism: implications for successful and unsuccessful leadership among U.S. Presidents. - PubMed - NCBI

[4]Correlates of psychopathic personality traits in everyday life: results from a large community survey(free fulll text)

[5]GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 (単行本)

[6]Leader narcissism and follower outcomes: The counterbalancing effect of leader humility. - PubMed - NCBI

[7]Selective Fair Behavior as a Function of Psychopathic Traits in a Subclinical Population(free full text)

[8]No Regard for Those Who Need It: The Moderating Role of Follower Self-Esteem in the Relationship Between Leader Psychopathy and Leader Self-Serving... - PubMed - NCBI

 

「恐怖を知らない人たち」 サイコパスと利他主義者

 

要約

自分の身を犠牲にし他人の為に行動する「並外れた利他主義者」サイコパスよりも大きな扁桃体を持っており、恐怖表情の認識力が高い。これは、サイコパスに見られる扁桃体の機能不全および恐怖表情の認識障害と対照的である。

 

利他的行動は”感情的”なプロセスであり、”理性”や”熟慮”によって為されるものではない。また、「並外れた利他主義者」は謙虚であり、あたかもスーパーヒーローのように扱われることを苦々しく感じる。

 

 

並外れた利他的行為

定義

①行為を決定した時点では、本人は受益者と無関係である

②その行動は本人に大きな危険や代償を伴う

③その行動は一般人に期待されるような規範ではない

 

4階から落ちそうになっている子供を見た直後、壁をよじ登り救出する

見ず知らずの患者のために、無償で腎臓を寄付する。

 

 

「並外れた利他主義者」の扁桃体サイコパスよりも8%大きい。一般人と比べてどの程度大きいのかは不明。サイコパス扁桃体の機能不全をもち、利己的な動機で他者を平気で傷つけることができる。そこで、本書では利他主義者を「反サイコパスとして描いている。

 

 

サイコパス

筆者はジェームズ・ブレアの下で研究をしていたこともあり、「ブレアの仮説」に則ってサイコパスを説明している。それは次のようなものである。

 

サイコパスは生まれつき扁桃体に異常をもつ。そのため「暴力抑制装置」が正常に機能しない。「暴力抑制装置」とは、他者の”恐怖” 表情を認識することで自動的に暴力が抑制されるシステムのこと。扁桃体は恐怖表情の認識に重要な役割を果たす。

 

※詳しくは下の記事を参照

psycom.hatenadiary.jp

 

ある研究では、サイコパス”的な”大人は健常者よりも扁桃体が20%も小さいことが示されている。これでは、上述のように利他主義者とサイコパス扁桃体の大きさを比較しても意味がない。ちなみに、サイコパスは自分自身の恐怖にも無頓着。

 

興味深いのは、サイコパス的な子供に対して1~10点で幸福度を訪ねると、「10!」「11!」「20!!」と答える。彼らは逮捕歴があったり、退学処分を喰らっている。

 

 

いろいろな利他的行動

世の中にはいろいろな利他的行動がある。皮肉屋は「この世に利他的行動などない。全ての行動は利己的な動機に基づく。」と考えるかもしれない。その真偽はさておき、生物学的にみた利他的行動には次のようなものがある。

 

「包括適応度」

近親者は自分と似た遺伝子をもっている。なので、近親者を世話することで「適応度」を上げることは、自分の遺伝子をこの世に残すという意味で理に適っている。このように、近親者に対する利他的行動は「包括適応度」によって説明できる。

(厳密には、たまたま血縁者を気にかけるようになった個体の遺伝子が「包括適応度」で説明できるような形で繁栄しただけ、というべきか)

 

「互恵的利他行動」

過去に自分を助けてくれた人、あるいは将来自分を助けてくれそうな人に対して行われる利他的行動。私たちには「互恵的利他行動」がプログラムされているので、誰かから受けた恩は返さなければいけないと感じる。(返報性の原理)

 

しかし、「並外れた利他的行為」のように「他者の利益を目的とした自発的な行動で、しかも規範に従ったものではなく、しかも本人にとって重大な危険や代償を伴うもの」は、利他的な動機以外では説明できない。

 

 

恐怖顔の認識

恐怖の表情が認識されるルートは、その他の表情(喜び、驚き、怒りなど)とは異なる。恐怖表情に特異的なのは、大きく見開いた目(それに伴う白目の面積増大)である。私たちが意識できないほどの一瞬でさえ、扁桃体は活性化する。

 

恐怖と関連付けられた視覚情報は「網膜→上丘→扁桃体のルートを通る。これは恐怖表情に特異的なルートである。この素早い反応で引き起こされる反応は”情動的共感”である。これはちょうど、サイコパスには見られない反応であり、私たちはこれによって他者の苦痛を直感的に認識し、手を差し伸べようとする。

 

利他主義者の扁桃体は他者の恐怖表情に対して敏感に反応する。不安障害との違いは、彼らが軽蔑や怒りなど、あらゆるネガティブな表情に対して敏感なのに対して、利他主義者は「恐怖」に特異的に反応する点である。

 

オキシトシン

このような利他主義者に特有の反応は、オキシトシンによるものと考えられる。オキシトシン受容体の遺伝子変異が、恐怖表情や赤ちゃんの顔(どちらも白目が大きい)の認識に影響を与える。ある実験では、オキシトシンの投与によって恐怖表情の識別力が13%から20%増大している。

 

ここで重要となるオキシトシンの機能には大きく分けて2つある。ひとつは前述のように、恐怖表情を認識し共感的な反応を促すこと。もうひとつは、おびえた相手を避ける反応を抑制し、逆にその相手に近づき、世話をするように促すことである。

 

利他主義者の行動は一見勇敢に見えるが、彼らもまた恐れを抱いていることには変わりない。しかし、彼らはそれ以上に「相手を助けたい」という衝動に突き動かされている。

 

筆者は「並外れた利他的行動」を感情的・衝動的とみなし、理性的な熟慮では起こりえないとする。そのため、「反共感論」で紹介した内容とは対照をなすものといえる。上手くまとめるなら、規範は理性的に定めるべきである一方、実際の”並外れた”利他的行動は感情的に行われるものという理解に落ち着く。

 

また本書の内容は、「報酬を期待する脳」で紹介したことを連想させる。私たちが「向社会的な意思決定」あるいは「個人的な意思決定」のどちらを行うかは、各々の直観に基づくというものだ。向社会的な意思決定を直感的に行う人は、その際に扁桃体が活性化する。逆に、個人的な(≒サイコパス)は、個人的な意思決定を直感的に行っている。

 

このような視点は、ゲーム理論で扱われる”ハト派”あるいは”タカ派”として考えることができるだろう。どちらもメリットとデメリットが存在し、社会は均衡を模索しながら発展していく。次回はこの視点から利他主義と利己主義について考えてみる。

 

参考

 

恐怖を知らない人たち

恐怖を知らない人たち