サイコパスは倫理を学べるか。

世界には「モラル」や「常識」といった曖昧な意識が存在する。

これらを”規範”としたものが「倫理」および「法」だ。

 

「自制心」を備えたサイコパスは「法」を守ることがある。法を守った方が得だからだ。では、「倫理」を守ることはできるのだろうか?

 

倫理はふつう「法」とは違って、それを破ったところで裁かれることはない。また、それを守るためにはコストが必要な場合がある。そのため、サイコパスはこのような倫理を「馬鹿馬鹿しい」と感じるだろう。例として、有名な「フォード・ピント事件」を見てみよう。

 

自社製品であるピントという車にフォード社は欠陥を発見したが、現行の基準「法」は満たしていた。そこでフォード社は「欠陥を直した場合」と「直さなかった場合」について損益分析を行った。その結果、人の命よりも利益を優先し、欠陥を直さないという手段を選んだ。

 

フォード社の決断はかなりサイコパス的で、非倫理的だ。

 結局どうなったのかと言うと、フォード社は損益計算をはるかに上回る賠償金を支払った。基準法は守っていたにも関わらず。

 

裁判では、「欠陥を説明しなかったこと」「法を満たしていることを理由に安全を軽視し販売を継続したこと」などの責任を問われ、有罪となってしまった。倫理を軽視し、機械的に法律を守っているだけでは甘いようだ。(とはいえ、アメリカは懲罰的損害賠償制度を採用しているので、日本ではこちらの方が合理的といえるかもしれない)

このような事例から鑑みるに、短期的な利益を優先して「悪」とみなされる行為をすることは、長期的には不利益となる恐れがある。そのため、この点を強調すればサイコパスであっても倫理的に生きること、すなわち「善」としてふるまう重要性を認識させることができる。結局、法と同じように「自制心」を備えていれば、サイコパスであっても倫理的にふるまうことは可能なのだろう。

 

サイコパスは良心をもたないため、こうした考えを「当たり前のこと」として考えることはできない。しかし、社会が倫理を「長い目で見れば自分のためになる」と彼らに教えることができれば、倫理観を備えたサイコパスにすることは可能だろう。そのようなサイコパスは、普通の人よりもむしろ冷徹に善を行うことすらできるはずだ。

 

こうした特別な家庭的・社会的な支援が必要なので、サイコパスはある意味「障害」ともいえる。しかしそれはサイコパスに関する議論の「終点」ではなく「はじまり」だ。

 

従来の倫理や道徳は「他人ために」なにかを行うことの尊さを説いており、それはサイコパスの心に響くものではない。サイコパスのような人間はどのような認知特性をもっており、それに対する効果的なアプローチとは何かを考える必要がある。

 

倫理には「義務」「責任」という言葉がしばしば登場するが、それは個人にとって面倒な圧力や束縛ではない。経営者であれば経営者、技術者であれば技術者として、社会だけでなく自分のためにもなる行動をするための「知恵」につながる概念と捉えるべきだ

自分につきまとう「義務」や「責任」を認識することは、社会から望ましいとされる行動の"規範"を与えてくれる。その指針に沿って行動することが、巡って自分自身の利益に繋がるということは覚えておきたい。「情けは人の為ならず」だ。

倫理観は職業における素養とみなされ、それを欠くことは職業適正を疑われることになる。いざというときにその点が罪に問われたり、人間関係においても負の要因となるだろう。そのことを強調し説明すべき人間も存在することを忘れてはいけない。

 

また、社会や周囲の人は「倫理的な行動が長期的な利益となるように状況を操作する」必要もある。最近、倫理的な行動を全うしたNTT東日本旭川医科大学との裁判で勝利したが、このような事例が増えていくことが望ましい。

http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/column/14/346926/092501136/?ST=spleaf

そのための法整備や社会風土(パワハラの防止など)、インセンティブ(短期的な利益による動機付け)が必要だ。

 

法とは無縁な小さなコミュニティでは、サイコパスは日常的に非倫理的な行動をしているだろう。そのような人間と関わらなければいけないとき、僕らはどうすべきかもう学んだはずだ。彼らと信頼関係を結び、倫理的な行動が必要な理由を合理的に説明し、実行を促すのだ。そのためにはサイコパスに関する知識と理解、関わる際の危険を予知、回避することも必要だ。倫理を学べば、これらはすべて倫理的な「義務」=「自分にも利益となる望ましい行動の規範」だと分かるはずだ。

 

要するに、誰かを倫理的に行動させたければ、あなた自身が倫理的になる必要があるということだ。あなたの中に「モラル」や「良心」は存在するだろうが、それを曖昧な意識のままで終わらせるべきではない。”規範”として倫理を学ぶことで、それを他人に効果的に伝える術を得るのだ。サイコパスはその重要性を認識させてくれる存在でもある。

人生における問題をサイコパス的に解いてみる

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人は生きる上でかならず不幸な状況に遭遇する。

サイコパスはこのような問題を解決するのがとても得意だ。

彼らは後悔することがない。そして常に自分の利益を最優先し、罪悪感も責任感も感じることなく目的を達成する。相手に罪悪感や恥の意識を植え付け、責任をすべて押しつけることができるので、対峙している人間はたまったものではない。

 

一見、このような問題解決法は普通の人には到底できないように思える。すべての責任を押し付ける技術はもっていないし、仮にできたとしても罪悪感を抱くからだ。

しかし、「自分の利益を最優先する」という目的意識をもつことは非常に重要で、僕らはその手段に少しアレンジを加えるだけで相手が誰であろうと(サイコパスであっても)問題を速やかに解決することができる。

 

これから先「利己的な行動」「責任の所在」「事象の善悪」といった抽象的な概念が出てくるが、その本質にこだわりすぎることは意味がない。その手の本質は哲学者が何百年かけても解決していない問題だ。それについて悩み続けてしまう人は多いが、それでは本末転倒だ。だからこそ、いまここで暫定的に定義しておくことで当初の問題に集中できる。サイコパス的な解釈を「参考に」して、あなたなりの問題解決に生かせばいいということだ。それでは見ていこう。

 

自分の利益を最優先する

この時点で辟易してしまう人もいるかもしれない。

そういう人は「他人が自分にしてくれたことに対して感謝」したり、「人のために何かをしてあげたい」と思っているのかもしれない。誰かから受けた恩を「自分の利益を最優先する」行動によって、仇で返しているような気がしてしまうのではないだろうか。

そう感じるのは自由だが、すべて人間の行動は「自分がそうしたいと思ったからそうしただけ」だと受け取るのがサイコパス的な見方だ。あなたによくしてくれた人もまた、「その人が私によくしたいと思ったからそうしただけだ」と考えている。

したがって、恩を”仇”で返そうが”恩”で返そうが「自分がそうしたいと思えば」やればいいだけだ。「誰かのために行う行為」すら利己的なものだと解釈すれば、「あなたの為を思ってるのに」とか「あなたにこんな事までしたのに」なんて言葉に踊らされず目的を遂行できる。

 

すべての不利益は自己責任とする

サイコパスはすべての問題を他人のせいにするかもしれない。普通の人は「私も悪いしあなたも悪い」と考えるかもしれない。

しかし、責任の所在を明らかにしたところで問題は解決するのだろうか? 

それが相手の責任だったとして、相手に責任を果たす気がなければ状況が変わることはない。それならば、多少の不服は飲み込んですべて自分のせいにしてしまえばいい。相手に責任を押し付けて相手の行動に期待する代わりに、「すべての状況は自分の行動によって改善する」ということだけ意識して、実際に行動すれば大抵の問題は解決する。

「すべて自分が悪い」と感情的にネガティブになるのは意味がないし、その必要もない。意図的に信頼が裏切られたと感じた時に相手のせいにするのは簡単だが、そんなことはどうでもいい。相手は「裏切りたいと思ったから裏切った」ということにしてしまう。そして「これから裏切らせないために、自分に何ができるか」という問題に集中する。状況を改善できることに比べれば、責任を被ることなんて容易いはずだ。

 

蛇足だが、法的な責任問題などは「責任の所在・程度を明らかにすること」自体が目的であり、それによって利益・不利益が左右されてしまう。こういったケースはこの限りではないことは言うまでもない。

 

一般化した事象に囚われない

僕自身「~はサイコパスだ」「サイコパスは~する」という風に書いているが、とても馬鹿げていると感じている。しかし目的は手段を正当化するもので、そこから得られる知識や経験が有益であれば「馬鹿げて」いようが「間違って」いようがどうでもいいのだ。

むしろこうした発言を「馬鹿げている」と感じた人が僕のことを「馬鹿なやつだ」と一般化し、すべての発言から目を背ける行為こそ非生産的で、不利益な状況に陥るポイントになっている。

これは自分自身にも言えることで、ある状況で「自分はダメなやつだ」と感じる行為に意味はない。具体的かつ瞬間的に、「あの時のこの行為がダメだった」と反省し今後の行動基準を修正すればいいだけの話なのだ。

この修正された行動基準も暫定的なもので、それに囚われるのは賢明ではない。

人には「一貫性の原理」という心理があり、自分の行動の一貫性を保とうとする。それが間違っていると気づいた瞬間に言い訳をしたり修正できないのは、その習慣の奴隷になっているからだ。あなたにとって「一貫性」を保つことが幸せでない限り、そこに縛られる理由はない。

 

 

ここまで書いたことの殆どは僕の主観なので、「これがサイコパス的?」と突っ込みたくなった人もいるかもしれない。一応、ケヴィン・ダットンのサイコパスの責任帰属モデルやサイコパスであるジェームズ・ファロンの自伝と整合性のある部分はあるが、それが真実かどうかはどうでもいいことだ。それがあなたにとって「参考に」なっていれば。

 

 

サイコパス・インサイド―ある神経科学者の脳の謎への旅

サイコパス・インサイド―ある神経科学者の脳の謎への旅

 

 

本当にあったサイコパスの話。

サイコパスは地位や権力に固執する。

その中での対人操作は水面下で行われるため、誰も気が付かない。

その手口は実に巧妙で、良心など微塵も感じさせないものだ。

 

今回は、ジョージ・サイモン著「他人を支配したがる人たち」から、実際にどのようにして操作が行われるのか見ていこう。(難解なので一部省略して引用した)

 

ベティはこの会社にとって欠かせないひとりだ。その点では誰の意見も一致している。難しい案件では社長もベティのやる気と最後までやり遂げる力を当てにしている。

ある日ジャックが新任の役員補佐として入社したとき、会社の改善におおぜいの社員が期待を寄せた。ジャックについては会社のことを一から勉強できるよう、自分も力を尽くすとベティは社長に告げた。

ベティはたしかに役に立った。ジャックの肩はもったが、改革案の大部分は効果などあまり期待できるものではないのはベティにはよく分かっていた。だが社長には「ジャックは真剣だ。ただそのアイデアは十分に練られたものではない」という趣旨の報告を欠かさなかった。

ベティがいささか驚いたのは、同僚のなかにジャックの改革案について賛同するものがぼちぼちと現れはじめたときだった。さらに、週ごとの報告で聞いていた社長のコメントの調子が変わり始めたのだ。

「しっかり目を光らせてくれてありがたい。」そんなコメントがめっきりと減り、代わりに「はじめはジャックの考えはよくわからなかったが、いまになってようやくその意味がわかってきた」「社員もジャックの改善計画は支持しているようすだ。どうやら、ジャックを選んだ我々の目に狂いはなかったようだ。」と。けれど、おそらくベティが一番驚いたのは、日を追うにしたがって自分の仕事がどんどん減っていく、その事実に気がついたときだったかもしれない。

 

ある日、社長夫人と昼食を一緒にすることがあり、そこでベティは社長とジャックが個人的にも親しくしているのを知って驚いた。また、社長個人について、自分も知らない突飛で頑固な一面があったのは初耳で、以前雇っていたお抱え運転手がゲイだと知ってクビにしたこともあったらしい。

しばらくしてベティは友人を相手に、こんな話を始めた。

「どうしてもあなたに知っておいてほしいのは、ジャックの計画は目先だけで、その点で私はジャックに賛成することはできないの。もちろん、個人的にはジャックのことは好きよ」

そう言い張ると、こんなふうに話をつづけた。

「ジャックの あの件 についてはあれこれ口にしている人もなかにはいるわ。でも、そんなことは私にはちっとも問題じゃないの。彼の好みが女性だろうと男性だろうとね

自分と社長のあいだにできた溝がどんどん広がっていくことにジャックはなやんでいた。これまでの親密な関係がこうも簡単にだめになってしまう理由など、ジャックには思いもつかなかった。ジャックが会社を去った日、ベティを除く全員が驚いていた。結局ジャックもこの仕事には向いていなかっただけ。ベティは自分にそう何度も言い聞かせ周囲にもそう語った。

この会社にとって何が一番大事かを知っているのは、やはり古くからいる自分しかいない。しかし、ジャックやその後任を考えている人たちのことで気をもんでいる時間は自分にはもうない。山ほどの仕事がベティを待っているのだ。

 

前半部で、ベティはすでに社長から好意信頼を得ていたことが分かる。そしてジャックの改革案が日ごとに賛成を得はじめ、ベティの仕事が減るようになっていたことが分かる。ジャックの存在が、ベティの地位を脅かすようになったのだ。

 

問題は後半部だ。

ある日、ベティは社長がゲイのタクシー運転手を解雇した話を聞く。社長はゲイに対してコンプレックスをもっていたことが分かる。そこでベティは友人に対して、ジャックがゲイであることを仄めかす。ジャックがゲイであるという噂が社長の耳に入り、ジャックは立場を追われることになった。こうしてベティは地位を守り抜いた。という話だ。

 

これ以上の説明は不要かもしれない。

ベティは社長を含め周囲の好意と信頼を得ている。そしてコンプレックスを刺激して他人を操作したわけだ。これは前回の記事に書いた通りである。

 

psycom.hatenadiary.jp

 

社員達はジャックがゲイであるという噂を広めた。

社長は、自分のコンプレックスを自覚していなかった。

 

このような無知は、サイコパスにとっては操作する上で実に利用しやすい。

コミュニティには噂がつきものだが、それに踊らされているようでは発信者の思う壺である。また、コンプレックスを他人に振りまく行動は自分の弱点を晒しているようなものだ。普通の人はむしろこのような行動を好む傾向があるので、不思議でならない。

 

 出典

文庫 他人を支配したがる人たち (草思社文庫)

文庫 他人を支配したがる人たち (草思社文庫)

 

 

手っ取り早く、一般人を操作する方法を説明してみる

今回はサイコパスを操作しません。

どうやってサイコパスが人を操作しているのか説明します。

 とても身も蓋もないはなしです。

①魅力を高める

魅力といってもいろいろあります。

外見的な魅力は、基本的に爽やかさと考えて良いです。

清潔感のある服装、綺麗な肌、整った髪、眉毛、

これだけで十分です。

 

笑顔は基礎ですが、意外となってない人が多いです。

相手も楽しくなるような笑い方をしましょう。

相手の目を見て、少し上品にクシャっと笑えばいいだけです。

 

でも、一番大事なのがコミュ力です。

正直ブサイクでもコミュ力があればいいわけです。

 

対人操作に興味があるなら、ある程度コミュ力はあるはずです。

ご存知の通り、聞き上手であることが一番重要です。

そして普通の人は聞き下手です。

なので、この技術を磨くのは賢い選択になります。

詳しくは次の項で。

 

②信頼を得る

車を運転するには免許証が必要です。

人の場合、それが信頼になります。

 

信頼の取り方は前回学びました。

psycom.hatenadiary.jp

「誠実」で「能力」のある人物だと思わせるのでした。

あなたがアピールしたって意味ありません。

そしてこれに関してサイコパスはプロです。

教習所の教官並です。

 

これについても「聞き上手」であることが重要です。

深い話を引き出すと、相手はあなたを信頼できる相手だと感じます。

引き出す方法のひとつは、相手の建前に気づくことです。

 

たとえば「〇〇くんって彼女いるの?」と聞かれたとき、単純に「いいえ」と答える馬鹿はいません。「いないよ、〇〇ちゃんはいるの?」と聞いたとします。

 

安堵した表情で「ううん、いないよ~」と返してきたら、あなたに好意があったからこその質問だったと気づきます。

 

「うん、いるんだけど最近は~」と話し始めたら、彼氏のグチを言いたかったからこその質問だったのだと気づきます。

 

こんな風に建前に気づいてあげましょう。

そうしてシリアストークに引き込み、信頼を獲得していきます。

 

「プロカウンセラーの聞く技術」という本が良いです。

実践すれば初対面の相手でも楽勝です。

人の信頼が1500円で買えると思えば安いですね。

車の免許証は10万円ですからね。

 

プロカウンセラーの聞く技術

プロカウンセラーの聞く技術

 

 

 

③弱みを握る

深い話になるほどコンプレックスが表れます。

その点ツイッターの裏垢はとても面白いです。

信頼できる人だけをフォローしているので、コンプレックスの塊みたいなツイートが見られます。

基本的に、相手の感情が表れる言動に注目していきます。

「うれしい」「かなしい」だけでなく「ムカつく」「すげー」「死ね」なんて言葉にもコンプレックスは表れたりします。

コンプレックスを刺激すると相手は感情的になります。

これでエンジンがかかります。

 

④操作する

お疲れ様でした。

あなたはエンジンをかければ何処にでも車を走らせることができます。

十分な説得力をもって、要求を呑ませましょう。

あるいは、あなたの要求をを仄めかしましょう。

 

たとえば、負けず嫌いの上司には「このままでは競合他社に負けてしまいますよ!」と仄めかせば意見が通りやすくなるとかそういう話です。

 

あとラブホに行きたい人向けのアドバイスしようかと思ったのですが、高石宏輔さんの本を読んだ方が100倍分かりやすいので紹介しておきます。

 

あなたは、なぜ、つながれないのか: ラポールと身体知

あなたは、なぜ、つながれないのか: ラポールと身体知

 

 

 

声をかける

声をかける

 

  

ぶっちゃけ、あなたが想像していた「操作」ではないと感じたかもしれません。

でもすべての基礎はこれだけなんですよ。めっちゃ簡単です。

ここに「依存」「ムチ」「洗脳」「人格破壊」といった要素を加えていくと、外道っぽい操作ができます。 でもこの程度の操作が一般人に対して行われることは稀です。

なぜなら、勝ち組のサイコパスはそれほど「反社会性」が高くないからです。

一般人に対して外道になる必要はありません。

好意や信頼による長期的な利益を優先する方が合理的だと考えたのでしょう。

 

今回述べた操作は、普通の人にとってむしろ「ありがたい」ものです。

だから特に身構える必要もなく、ただありがたがっていればいい話です。

しかし、当のサイコパスはその人に対して何の感情的な思い入れもありません。

便利で都合のいい乗り物です。いずれ新車に乗り換えるでしょう。

この構図はとてもシュールですね。

 

そんな感じでネタ回は終了です。

次回からはシリアスモードに戻します。

信頼はなぜ裏切られるのか。 ~信頼できない人を利用する方法~

今回は信頼がなぜ裏切られるかを説明し、サイコパスとの信頼関係について考察する。まずは「信頼」という言葉について詳しく見ていこう。

 

「信頼はなぜ裏切られるのか」の著者デイヴィット・デステノは、信頼を構成する要素には「誠実さ」と「能力」の2つがあるという。

僕らは二人のうち一人を信頼しなければならないとき、どちらがより「誠実で有能か」を判断基準にしているということだ。 

嘘つきが信頼できないということは自明だ。しかし、どれほど誠実そうでも、自分のガンの手術を無能な友人に任せる人はいない。意外にも、能力もまた信頼の問題にかかわっているということだ。

誠実さと能力を高めることで、信頼できる人だと思わせることができる。。

 

この事実は僕らが日常的に「信頼」しているものすべてに当てはまる。

科学技術や宗教についても同様に、それが信頼に値するか否かは「誠実さ」と「能力」によって判断されている。これは「MRI効果」と呼ばれる人間のバイアスにもかかわっている。医者にMRIの写真を見せられたとき、「脳のこの領域が光っていますね、あなたは〇〇症の疑いがあります。」と言われると説得力が増すというものだ。僕らはMRIという科学技術に対して、機械は人間のように嘘をつかないという「誠実さ」、科学的に裏付けられた「能力」があると思い込み、その情報を無条件に信頼してしまう。

信頼できる相手(MRI)であっても、情報自体(診断結果)が正しいとは限らない。

 

ここで個人間の信頼に話を戻そう。個人間の信頼において、その人自身の信頼度を当てにするべきではない。状況が変わればその人の誠実さや能力も変わるからだ。その一つの例が、権力や財力を持つと不誠実になりやすいという事実だ。(しかも、お金を目の前にするだけで嘘をつくのが上手くなるという研究結果まである)

僕らが当てにすべきものは「彼自身の信頼度」ではなく、「“現在の状況で” 彼は信頼できるかどうか」である。昨日の友は今日の敵かもしれない。

これは、自分自身との信頼関係に置き換えて考えても分かりやすい。「家に帰ったら勉強をしよう」と思っていても、いざ家に帰るとテレビを見てしまったりするものだ。信頼が裏切られるかどうかは、自分の信頼度ではなく、環境の変化が直接原因になっていると分かる。


ところでこの例は、信頼を守るということが「長期的な利益を取るか短期的な利益を取るかの葛藤」と言い換えられることを示唆している。勉強をした方が長期的には利益があるにも関わらず、テレビを見るという短期的な利益を優先させてしまったために信頼が裏切られたということである。

 

ここからは個人的な考察となる。

信頼関係は長期的な利益を見込んだ関係だ。

そのため、「彼の“予想される状況”は、短期的な利益による誘惑が多いかどうか」で彼に対する信頼度を測るべきだ。

たとえば多くの親は受験生の子供に対して勉強に関する信頼を抱く。長期的には勉強がその子供にとっての利益となるからだ。しかし彼が「誠実」であれ「有能」であれ、短期的な利益(誘惑)が多いほど裏切る可能性が高くなる。そのときに親が「不真面目な子だ」とか言うべきではないのである。上記の科学的事実を知った僕らは「状況が彼を裏切らせた」と捉えるべきであり、彼の誠実さや能力を批判するよりも状況(環境)を変える方が生産的なアプローチになると考えられるはずだ。

これは自分自身にも当てはまる。「家に帰ったら勉強しよう」と思ったとき、自分の家はどれほどの短期的な利益に囲まれているかを考えるのだ。そうすれば未来の自分は信頼に足らないと容易に分かる。そこで図書館やカフェに行くなどすることで信頼関係が維持されるのである。また、勉強によって得られる利益が時間的に遠いほど誘惑に釣られやすくなるため、「1時間勉強したらケーキを食べる」といった風に、明確に小さなゴールを設定することで信頼を保つことができる。

自分や他人と何かを約束するときには、未来の状況と感情を考慮する必要があるのだ。

 

これらの考察をサイコパスの操作に応用しよう。

サイコパスは基本的に短期的な利益を優先する衝動的な性格をもつ。したがって、多くの人はサイコパスを信頼に足らない人物だと感じるだろう。しかし僕らはいま「状況を変える」ことである程度幅を利かせられると学んだ。つまり、誘惑のない状況に落とし込み、報酬を出来るだけ早く設定することで約束を守らせる可能性が高くなる。サイコパスはある目的に従って行動するときには凄まじい集中力と合理的な思考力で目的を達成してくれる。

 

彼らが裏切ること利用して僕らが利益を得られるように罠を仕組むこともできる。短期的な利益を仄めかし、約束を破ったことによる罰則で長期的な利益を得る方法だ。サイコパスはアメとムチでいう"ムチ"に対する恐怖心が欠如している。そのため、罰則を恐れず平気で約束を破ってくる可能性がとても高い。彼らにとって口約束は何の意味もない。必ず契約の形を取るか、証拠を残しておこう。

たとえば携帯会社は、ある機種を2年契約で行っている。1年ごとに更新される新機種という誘惑に飛びついた人から「違約金」として利益を得られるからだ。また、露出的な服装で電車に乗り、痴漢をさせて示談金を巻き上げる方法とも似ている。信頼が使い物にならない状況では、裏切りが利用できるということだ。

 

【まとめ】

  1. 「誠実さ」「有能さ」によって信頼度が上がる。
  2. 信頼は状況によって裏切られる。
  3. 状況を変えることで信頼関係を操作できる。

 

信頼はなぜ裏切られるのか―無意識の科学が明かす真実

信頼はなぜ裏切られるのか―無意識の科学が明かす真実

 

 

YoutuberヒカルのVALU騒動 正直者は馬鹿を見る?

「正直者は馬鹿を見る。」

世の中には他人を騙して利益を得ようとする人間が一定数いるので、この言葉は慣用句になるほど浸透している。しかしこの言葉は「馬鹿になりたくなければ、正直者にはなるな」という意味ではないはずだ。

 

最近「ヒカル」と「VALU」という単語をよく聞く。

ヒカルはどういう人物で、VALUとは何だろう。

そして彼に騙されたのはどんな人達だろう。

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感情のない?サイコパスの弱点 「傲慢・権威・孤独」

人は弱みを握ることで支配できる。

 

サイコパスは相手が感情的になる事柄に弱みを見出し、それを利用し操作する。コンプレックスとは、その人の感情と複雑に絡まった事象のことだ。たとえば「容姿」がコンプレックスである人はイケメンや美女に対して卑屈になったり媚びたりするが、不細工な人に対しては攻撃的、傲慢な態度を取る、といった風に、感情的な反応を示す。その人を操作しようと思えば、容姿についてさりげなく刺激してやればいい。相手は徐々に感情的になっていき、理性的な判断ができなくなる。

「刺激する」とは、その人の容姿を褒めたり貶したりするだけでなく、自分の容姿に意識を誘導し感情的にすることだ。化粧品のCMに美人モデルを起用するのはこのような理由もある。SNSに自撮りを載せる人もある意味「容姿コンプレックス」と言える。試しに「ブスだなお前」とリプライすれば、重症度に応じて様々な反応が見られるだろう。

 

さて、あなたは普段、こういった人に対してどう振舞っているだろうか。もしあなたも「容姿コンプレックス」を持っていながらそれを「自覚」していなかった場合、とても滑稽なやりとりをしているかもしれない。本心から「ブスだなお前」とリプライしてしまうような人が、まさにそうだ。

 

 

ところで、僕はネットビジネスの勧誘を受けてみたことがある。30万円もする情報商材を普通の大学生に売りつける勧誘方法に興味があったからだ。彼らは普通の感覚ではありえない商品を売りつけるために、大学生のコンプレックスを巧みに利用していた。

 

大学生時代は「人生の夏休み」といわれるように、学生と社会人を足して割ったような曖昧な期間だ。大学生は「遊びたい」という欲求と「社会人としての素養を積みたい」という欲求に板挟みになっている。彼らはそこに付け込んでくる。

 

「遊び呆けている大学生は愚かだ。君もそう思うだろう?」「大学生の内は色々な経験をしておくべきだ。そう思ってここに来たんだろう?」「僕のように学生をしながら月収何十万稼いでみたくないか?」「僕らの中には、君の周りの大学生とは違った魅力的な人がたくさんいる。とても刺激的で有意義な時間が過ごせるよ。」 などと言って、多くの大学生が抱くであろう「大学生活を如何に過ごすべきか」という複雑な問いに対して実に簡潔な答えを提示していた。それは、向上心を持ちながらも燻っている「普通の大学生」に対するコンプレックスを刺激するものだった。

そして契約の意思を固めたところで、その商材がいかに価値のあるものかを説き、30万円という金額を安いと思わせるように仕向けてきた。具体的には、突拍子もなく国立大学の授業料と学んでいる内容を尋ねてきた。実はそれがアンカー(比較基準)になっており、その団体で学べるノウハウおよび儲けられるであろう金額(言うまでもなく皮算用だが)を考えると30万円という値段は安いものだ、と説いたのだ。さらに契約には、収益の一部は「授業料」として組織の上部へ天引きされると記されていた。仮にも法人であるにも関わらず、新人の教育料を収入源としている会社に集団としての未来はない。つまりそれは上層部が甘い蜜を吸うためのシステムだが、”授業料”をアンカーにすることでそういった違和感は払拭されてしまうのだ。

 

僕が契約にサインしたとき、彼らはとても満足そうな顔をしていた。彼らの1勝だ。後日、あらかじめ決めていた通りクーリングオフをした。しかし彼らは動じなかった。「最後に一つ聞いてほしい」と言われたのでグループ通話に参加すると、年収億越えを自称する幹部の講釈をありがたく聞かされた。(恐らくマニュアル通りに)そのとき、周りの取り巻きは幹部に媚びを売り、僕に対して「如何にこの幹部のお話を聞けることが素晴らしいか」を暗に示していた。

幹部の態度は妙によそよそしく、表面的には「俺も元々、お前みたいに挑戦することを恐れる人間だった」と優しい言葉を投げかけてはいたが、「契約しなければお前は俺のような人間にはなれない」というプレッシャーをかけ、”自分の人生がこの団体に入るか否かで決定する”といった視野狭窄をもたらすものだった。これは教団が用いる洗脳のテクニックの一つであり、教祖と教団に対する絶対的な信頼によって自分は特別な存在になれるという感覚を植え付けるものだ。そこで僕は感銘を受けたような演技をし、クーリングオフを取り消し、改めて忠誠を誓った。 2勝目。

いよいよ彼らは、あたかも「ゲーム」に勝利したかのように感情的に舞い上がった。クーリングオフの期間は終了し、彼らは30万円を手に入れたようなものだったからだ。僕はそこに付け込み、30万円の情報商材を支払う前に手に入れ、団体のラインに入ることができた。その時点で彼らとの表面的な信頼関係は十分に築かれていたからだ。

最終的に、僕は「未成年には責任能力がない」ということを理由に契約を解除した。こうして勧誘の手法や金の流れ、情報商材の中身、団体の実態を無償で知ることができた。(とてもくだらないのでオススメしない)

 

この一連のできごとから、サイコパスを操作する上で重要なポイントを学ぶことができる。サイコパスはコンプレックスを刺激するような言葉で冷静な判断力を削いでくる。感情的になりそうになったとき、その理由を客観的に観察してみるべきだ。あなたが初めに望んでいたこと(たとえば「契約にサインしないこと」)が、なぜ変わってしまったのか分析する(「普通の大学生」に対するコンプレックスを刺激されたから)。

 

このような冷静さを常に保っている人は、サイコパスとはいえ操作することは難しい。だが自分の弱み(コンプレックス)を自覚していなければ、いとも簡単に操られてしまう。そして「自分は騙されない」という根拠のない自信を持つ人ほど感情的になりやすく操りやすい。操作されていることに気が付いても「自分が騙されるはずはない」と認知を歪めてしまうからだ。

ところで、サイコパスは他人を操作することを楽しんでいる。勝利を確信したとき、彼らはある意味感情的になっているのだ。まさか「自分が操られている」とは微塵も思っていない。これが考えうる1つ目の弱みだ。彼らにとっては敗者への手向けなのだろうが、仮にも30万円の情報商材やグループの実情を得るための隙が生まれた。操作されていることを自覚していれば、一方的に搾取されずトレードオフに持ち込むことができる。(法律を盾に使えば一方的に搾取することもできる)

単に傲慢な人間は、周囲の人が自分の望み通りに動くことを期待している。だがサイコパスは他人に期待せず、自分の手で周囲の人間を駒のように動かすことを愉しむ。そこで従順な駒を演じなければ、他の駒を使ってあなたを潰しにかかるだろう。重要なことは、自分が操られていると相手に「思わせる」ことだ。あなたの意見を上司に通してもらいたいとき、その意見があたかも上司が思いついたかのように誘導することで要求を呑ませることができる。それが不愉快だと感じる人は、まさにそれがコンプレックスであり「カモ」の証拠だと自覚しよう。

 

 

第二に、彼らは幹部に媚びを売っていたサイコパスは権威に対して従順だ。エーリッヒ・フロムの著書「自由からの逃走」にもあるように、権威主義的な人は格下に対してはサディスティックだが、格上の権威に対してはマゾヒスティックな態度を示す。(あのヒトラーでさえ、神・自然・運命といった「権力」には従順だった) サイコパスにもこのような特徴がみられる。権威に対する憧れが強く、権力に飢え、直属の権威に対して媚びを売る。これをコンプレックスと捉えることができる。サイコパス上司のさらに上司を味方につけ、その人の威を借りるだけであなたの言葉の説得力が増すかもしれない。また、「私の意見を聞くことがあなたの昇進に貢献するだろう」と仄めかす手もある。いくらでも手はあるが、あくまでも「味方」の立場からコンプレックスを刺激することを忘れないように。厳密には、彼らは権力のある「人」に従順なのではなく、「権力」自体を信仰しているのだ。大抵の場合はその人間を尊敬しているわけではないので、あまり買いかぶり過ぎると立場が逆転したときに復讐されてしまうだろう。

 

最後に、「人を操る」という行為自体に弱みを見出すこともできる。「人を操る」という行為はとても幼稚だ。他者を駒として自分の中に取り込みたがり、他者を他者として尊敬もって接することが滅多にない。自己の利益を最優先し、他人を捨て駒のように扱うために深い結びつきを形成できない。それゆえサイコパス孤独感や退屈さ、喪失感を感じるようになることがある。この兆候が表れているサイコパスは、「誰かを愛する」ということに興味を抱くようになる。そのため、「愛している」「愛されたい」という態度ではなく、「愛してみろ」という態度をとることでコンプレックスを刺激できる。大抵のサイコパスは現在の自分に満足しているが、精神的に不安定なサイコパスが相手ならば言葉巧みに彼の未来や無力さを暗示し、根拠の無い自信を砕きながらあなたが唯一の味方であると思わせることで、尊敬をもって接する努力を促すことができる。誰にでも言えることだが、「好意」が最も人を動かすエネルギーになるのだ。つまり、心理ゲームに勝ち続けることで精神的な優位を獲得し、彼らの中で”権威”となることができる。これは単なる社会的な地位とは異なる絶対的な地位だ。そこで初めてノーリスクで彼らと接することができる。この点を理解していないために、尊敬の念をもたせないまま彼らと関わった人は都合よく利用されたり、刃向かって痛い目にあってしまう。

 

こういった点は、彼らの自己愛と絡めて理解すると興味深い。

psycom.hatenadiary.jp

 

参考

自由からの逃走 新版

自由からの逃走 新版