サイコパスを操作する

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超訳「サイコパス -冷淡な脳-」 ”サイコパスの機能的障害”

前回サイコパスに関する遺伝子と環境要因について説明をした。

今回は、サイコパスがもつ情動と認知の障害についてみていこう。

 

 

サイコパスは不安障害か?

サイコパスは不安を感じにくく、それにより反社会的行動が促進されるということを示すデータが数多く存在する。しかし、こうした知見とは矛盾するように、反社会的行動と不安には正の相関があった。(不安が高いほど反社会的行動も高くなるということ)

 

この矛盾の原因は何か?

それは、反社会的行動を「反応的攻撃」と「道具的攻撃」に分類していないことである。

 

実際に研究では、サイコパスにおいて不安の程度と冷淡さや情動欠如といった特徴は逆相関していた。(不安が低いほど、「冷淡さ」や「情動欠如」は高くなる。)

 

一方で、冷淡さや情動欠如といった特徴を統制して(同じ冷淡さや情動欠如を持つ人同士で比較して)解析すると、不安水準の高さと衝動性や行動上の障害との間には正の相関がみられた。(不安が高いほど、衝動性など行動上の問題が多くなる)

 

こうした知見から、反社会的行動をとる人達には、少なくとも二つの集団が存在することが示唆される。それは不安をあまり示さないサイコパス集団」と、不安水準が高まることによって反社会的行動をきたす第二の集団である。

 

 

 

サイコパスの脅威刺激への反応

サイコパスでは恐怖感情が低下していることを示す研究が数多く報告されている。

それらを証明する方法には、①嫌悪条件づけ ②恐怖体験の想像 ③驚愕反射 などがある。

 

①嫌悪条件づけ

嫌悪条件づけとは、不快な出来事と外界の出来事を結び付けて学習することである。サイコパスでは、嫌悪条件づけが障害されいる。

 

無条件に嫌悪をもたらすような不快な刺激を無条件刺激(US)と呼び、USには電気刺激などがある。

 

被検者は、電気刺激を受けると発汗する。USに対して無条件に(自律的に)起こる反応を無条件反応(UR)と呼び、ここでは発汗がそれにあたり、発汗の程度は皮膚電気反応によって測定できる。

 

外界の出来事としての条件刺激(CS)にはブザー音を用いた。CS(ブザー音)の5秒後にUS(電気刺激)を呈示することで、被験者がCSに対して条件反射(CR)を引き起こすように学習するかを調べた。(ブザー音を聞いただけで発汗するかどうか、つまり皮膚電気反応が上昇するかどうかを調べた)

 

あなたが被験者だと想像して欲しい。ブザー音がすると、その5秒後に電気ショックを受ける。そのうち、あなたはブザー音を聞いた後に電気ショックを受けることを学習するだろう。(嫌悪条件づけ) そして、ブザー音がなってから5秒、4秒、3秒...と近づくにつれ不安が高まり、手に汗をかくことだろう。

 

しかし、サイコパスではブザー音に対する皮膚電気反応(CR)が有意に減弱していることが示された。つまり、サイコパスでは嫌悪条件づけが障害されているのだ。

 

また、サイコパスに「家でひとりでシャワーを浴びているところに、誰かがドアから押し入ってくるのが聞こえてパニックになる」といった ②恐ろしい状況を想像しても、彼らの反応は著しく減弱していた。

 

 

③驚愕反射

大きな音や迫ってくる物体などの脅威刺激にさらされたとき、僕らの身体は不随意的に(無意識的に)反応を起こす。

 

たとえば、ホラー映画で怪物がクローゼットから突然飛び出してくる状況における反応だ。このようなシーンでは、怪物が飛びだしてくるまでに流れる「不気味な音楽」ネガティブな先行刺激として機能し、「そろそろヤバいな...」という予感と共に、音楽は脅威刺激に反応する脳のシステムを活性化し、驚愕反射を強める

 

ためしにホラー映画を無音で鑑賞してみると、怖いシーンに対する反応が大幅に弱くなることが分かるはずだ。これは、ネガティブな先行刺激を消去したためである。逆に、ホラー映画を好きな人と一緒に鑑賞する場合では、その人と居ることがポジティブな先行刺激となり、驚愕反射は弱くなる。

 

 

同様の枠組みを用いた実験により、サイコパスではポジティブな先行刺激によって驚愕反射が弱まる一方で、ネガティブな先行刺激による驚愕反射の増強は有意に少ないことが示された。(ホラー映画の恐ろしい音楽を聴いても、その後の驚きが増強されない)

 

 

サイコパスの情動学習

道具的学習とは、報酬を得たり罰を回避するために、特定の行動を学習することだ。この道具的学習の1つに、「応答逆転」の能力をテストする課題がある。

 

応答逆転とは、ある刺激に対して同じ反応をしていたのではもはや報酬は得られず、罰を受けてしまうことに気づき、その反応を変えることを学習することだ。

 

たとえば、最初はパチンコで勝ち続けていたものの、所持金が減っていくことに気が付き、パチンコをやめるという選択を取るのが「応答逆転」だ。

 

 

応答逆転の能力をテストする課題には「トランプ遊び課題」があり、被験者はカードを引くのか引かないのかを決めるように求められる。

 

最初は、カードを引く選択が強化されるように、カードを引くたびにお金がもらえるように設定されている。しかし、ずっとカードを引き続けていると、次第に報酬が得にくくなり、むしろお金が減っていくようになる。

 

つまり、はじめは10枚中10枚で報酬が得られていたものが10枚中9枚、8枚...と次第に減り、最後は0枚となる。理想的には、10枚中4枚しか報酬が得られなくなったとき、その人はカードを引くのをやめるべきである。

 

しかし、サイコパスはこの課題の成績が非常に悪い。繰り返し罰を受けてもカードを引き続けてしまい、お金をすべて失ってしまうこともある。

 

 

また、サイコパス情動記憶の障害をもつことも示されており、過去のネガティブな事象(親の死別など、思い出すたびに辛くなるような視覚イメージ)を思い出すことが難しい。

 

人は過去の失敗や恐怖体験をよく覚えているものだが、サイコパスでは、そうしたネガティブな情動は記憶に何の影響も及ぼさず、また過去の失敗を思い出しても、何も感じることがない。

 

 

サイコパスの共感反応

共感反応は①自律神経反応 ②表情認知 の2つから調べることができる。

 

自律神経反応

知人が電気ショックを受けている様子を見せると、大抵の人は狼狽するだろう。

 

そのときの自律神経反応を見ると、健常者では大きな反応が見られる。

しかしサイコパスでは、その反応が比較的減弱している。

 

 

また、下のような他者が苦痛を感じている写真をスクリーンに提示したときの自律神経反応を測定しても、サイコパスでは反応が減弱していることが示された。

 

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表情認知

表情認知のテストでは、情動的な表情や音声にマッチする情動語を答えるよう求められる。(この表情は恐れ、この表情は悲しみ、という風に答える)

 

その結果、サイコパス「恐怖」や「嫌悪」の”表情”認知に障害があることが示されており、また「恐怖」や「悲しみ」の”音声”認知に障害があることが示されている。

 

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サイコパスは、たとえ被害者が苦痛の表情や叫び声を聞いても、共感(同じような感情を追体験すること)ができないどころか、そもそも、ある表情や音声が恐怖を示していると気付くのが難しいのだ。

 

 

サイコパスの道徳的推論

これまでに紹介した「嫌悪条件づけ」「受動回避」「共感反応」は、子供が健全に発達

道徳的に社会適応するために重要な役割を果たすと考えられている。

 

サイコパスはこれらに障害をもつとするならば、道徳的推論にも機能不全があることが予測される。

 

 

「道徳/慣習識別課題」という課題では、被験者に道徳的あるいは慣習的違反についての物語が提示される。

 

道徳的違反とは、他者の権利や幸福への影響といった観点から定義される行動である。(たとえば、人を叩くこと) 

慣習的違反とは、社会秩序への影響といった観点から定義される行動である。(たとえば、授業中に私語をすること)

 

 

この2つを識別するための方法にはいくつかある。次の文章を読む前に、一度自分で考えてみて欲しい。「道徳的違反と慣習的違反は、どの点で識別できるだろうか?」

 

 

答えは大きく分けて3つある。

第一に、一般に慣習的違反より道徳的違反のほうが深刻だと判断される。 

 

第二に、道徳的あるいは慣習的違反の善悪は異なる理由に基づいて判断される。たとえば道徳的違反については、他者の苦痛が言及される。(人を叩くのがいけないのは、その人に苦痛を与えるからだ)

一方、慣習的違反については、その結果生じる社会的混乱が言及される(授業中に話すのが良くないのは、あなたは勉強をするためにそこにいるからだ)

 

第三に、これが最も重要であるが、その行動を禁止する規則がなかったとしても、健常者であれば道徳的違反は許されないものと判断する。(他人を叩くことを禁止する規則がなくても、やはりそれは悪い)

 

 

あなたの答えはどうだっただろう。もし区別できなかったら、あなたの道徳観はサイコパス的だと言える。(その人はサイコパスとジレンマの問題でも、迷わず5人をひき殺したのではないだろうか?)

 

 

健常者であれば3歳にもなればこれらの違反を区別できるのに対し、サイコパスは成人になっても区別することができない。また、道具的違反が悪い理由を説明する際に、被害者について言及することがはるかに少ない

 

 

Question

  • 一般に、不安水準の高さは反社会的行動に結び付く。しかし、サイコパスでは不安水準が低いにもかかわらず、顕著な反社会性を示すことがある。この矛盾の原因は何か。

 

答え:反社会的行動について「反応的攻撃性」と「道具的攻撃性」の区別がなされていないこと。不安の高さに起因する反社会的行動は多くの場合が「反応的攻撃」であり、その逆はサイコパスによる「道具的攻撃」である。すなわち、反社会的行動を示す人々には「サイコパス集団」と「不安水準の高い集団」の2つが存在する。

 

 

「不安水準の高い集団」にも様々な下位区分があるだろう。たとえばADHDのように基本脅威回路の「調整システム」である背側前頭前皮質に機能不全を有する場合(厳密には不安水準の高さというより、不安の上昇に伴う反応を調節する機能の問題)、あるいは自閉症や不安障害のように基本脅威回路の「脅威刺激レベル基準」を構成する扁桃体に機能不全を有する場合だ。

 

最近、新幹線の殺傷事件が取り上げられている。この二分法を採用すると、その殺人がサイコパス的ではないことは容易に分かる。実際、犯人は「自閉症」の診断が下されたらしい。しかしそれは「自閉症」の一次障害ではなく、二次障害と考えるべきだ。

 

まず、自閉症の診断基準に犯罪歴はない。彼らは確かに非社会性を有するが、それは特異なコミュニケーションスタイルや情動認知、過度なこだわりが一般社会と馴染みにくいことを指しており、一方で過度な暴力性や規範の無視といった反社会性とは異なる。彼らはむしろ社会規範に厳格すぎることすらある。

 

次に①自閉症は不安水準が高く、②軽度な不安から反応的攻撃を引き起こすリスクが高い(逃避行動が含まれることも忘れないように。)そして③その中の一部(恨みを持っている人、殺してはいけない理由が理解できない人など)は反応的攻撃性が反社会的行動として発露すると考えられる。自閉症は「不安の上昇」を媒介して反社会性が表れることが示唆されている。

 

 

サイコパス=犯罪者、アスペ=犯罪者、自閉症=犯罪者。」

よく聞くこれらの等式は成り立たない。いくら統計データを並べて「犯罪との関連がある」と主張しても意味がない。彼らの情動や認知の特性を理解し、犯罪に至るまでの合理的な説明が加えられて、初めて有意義となる。途中式を抜かした解答はゼロ点だ。

 

とはいえ、批判するのは誰にでもできることだ。今後の回では発達障害者、特にサイコパスを有意に合併するADHDについて、彼らが反社会的行動に至るまでの「因果モデル」を説明していこう。

 

 

  • 今回の内容から、日常生活においてサイコパス傾向の高い人を見分けるポイントを考えよ。

 

答え:「脅威刺激への反応性」からは、日常的な条件反応(CR)、すなわち「プレゼン前の緊張」や「ホラー演出への恐怖」を示さない人は脅威刺激に対する反応性が低い、あるいは嫌悪条件づけが弱い人だと思われる。

 

「情動学習」からは、情動的にネガティブな事象(失敗や罰)から学習ができず、同じ過ちを繰り返しているかもしれない。また、過去のエピソードを聞いたときには、その話は情動的に希薄な内容のように感じられるかもしれない。

 

「共感性」からは、ニュースや映画などで他者が苦しんでいる姿、悲しんでいる姿に共感する(同じような感情を追体験する)様子が一切見られないかもしれないし、あるいは表層的な共感を取り繕っているように思えるかもしれない。

 

「道徳的推論」からは、軽微な違反や浮気など、法的ではないが道徳的な問題について、彼らは罪や責任を感じる様子を見せないだろう。また「どうしてそれがダメなのか」ということについて、彼らは被害者の立場に言及することがないかもしれない。

 

言うまでもなく、知性の高いサイコパスはこれらを利用し、健常者よりむしろ活き活きとした感情を見せびらかすかもしれない。たとえば浮気が発覚したとき、申し訳なさを浮かべて「君のことを傷つけて悪かった...」と言うのはとても容易い。

 

しかし彼が「同じ過ちを繰り返す」というサイコパシーを操作できていなければ、あなたが彼の「表面的な魅力」を見破ることも、同様に容易いはずである。

 

 

これは持論だが、ある表現や行動について「何がサイコパス的か?」という問いに対する答えを仕入れておくことは重要である。その答えが多いほど他人の言動に動じなくなる。そして言動に動じなくなるほど、相手と適切な距離で接することが可能になる。

 

 

参考

 

サイコパス -冷淡な脳-

サイコパス -冷淡な脳-

 

 

 

超訳「サイコパス -冷淡な脳-」 ”サイコパスの根本的原因は何か?”

 

よく考えれば分かることだが、「サイコパス扁桃体の機能不全あるいは前頭葉の障害が原因である」というような説明は、まったく役に立たない。

 

 

これだけでは、その機能不全によって結果的にもたらされる能力の障害、行動上の障害が生じる理由について適切な理解へと結びつかないからだ。(実際、「サイコパス扁桃体が機能不全なので良心が欠如している」と説明されてもピンと来ない。)

 

 

今後の章では、ある特定の「情動学習」ができなくなることが、サイコパスの”原因”であるという議論をする。その背景には、神経および神経伝達物質システムの機能不全が存在する。さらに「それがなぜ起こるのか?」という質問については、常に二つの答えがある。すなわち、「遺伝子的要因」「環境的要因」だ。

 

今回は、このふたつの基本的な要因(遺伝と環境)に関するデータを見ていこう。

 

 

サイコパスの遺伝的基盤は何か?

反社会的行動の遺伝的要因については、解釈に注意しなければいけない。

 

例えば「財布を奪うために人を襲う」という特定の「行動」について、遺伝子が直接関与しているとは考えづらい。(それは、「部屋を安全に通るために電気をつける」という行動に直接的な遺伝的寄与があると主張するのと同じだ。)

 

したがって、反社会的な行動をいかに学習するのか、ということについての遺伝的な寄与を考える必要がある。結論からいえば、サイコパス「情動障害」をもつために反社会的なやり方を学習する傾向があり、その「情動障害」こそ、遺伝的要素と反社会的行動を結び付けるものである。

 

 

この仮説を支持する研究を紹介しよう。

 

353組の男性双生児を対象にサイコパス傾向を調べた結果、「マキャベリ的利己主義」や「恐怖心の欠如」「冷酷さ」「責任転嫁」など16の尺度で中程度の遺伝性(h^2₌0.29-0.56)があり、環境要因の関与も示されている。

 

また、3500組の双生児を調査した大規模な研究では、「冷淡さ・情動の欠如」の要素は7歳児で既にみられ、3分の2が遺伝的要因によって説明できることが分かっている。また、サイコパス傾向についてはh^2₌0.67という有意な集団遺伝性が見られている。

 

ここで、双生児研究について説明しておこう。

 

一卵性双生児は同じ遺伝子のセット(ゲノム) をもつ。もしサイコパシーが完全な遺伝なら(遺伝率100%)、その双生児は2人ともサイコパスか、2人ともサイコパスでないか、そのどちらかとなる。(双子の顔が似ているのは、顔を形作る遺伝子の影響が環境の影響よりも大きい(≒100%)からだ。) こうして、双生児研究からサイコパシーの遺伝的寄与を調べることができる。

 

ちなみにh^2₌0.67という数値は、各双生児のサイコパシー・スコアのばらつき(分散)のうち、67%が遺伝的要因であるという意味だ。僕とあなたのサイコパシースコアは違うだろうが、その違いの原因は、67%が遺伝的要因であるといえる。

 

 

反応的攻撃の遺伝的背景

反応的攻撃には、ある特定の神経回路が関与している。

これを「基本脅威回路」と呼ぼう。

 

基本脅威回路は脅威刺激(ヘビや社会恐怖など)によって活性化し、反応的攻撃を引き起こす。そのためには、ある刺激レベルを超えなければならない。

 

もしサーベルタイガーを遠くで見かけたら、あなたは身をすくめるだろう。

そしてサーベルタイガーが近づいてきた(刺激レベルが上がった)場合、この回路によって「逃避行動」が引き起こされる。さらに逃げられないほど近づいてきた場合、ヤケクソになって「反応的攻撃」が引き起こされる。

 

より勇敢な人であれば、あなたがヤケクソになる程度の刺激レベルになっても、反応的攻撃が引き起こされないと予想できる。反応的攻撃が引き起こされるために必要な刺激レベルの「基準」は、人によって異なるということだ。

 

この「基準」の違いは、次の2つの点で遺伝的要因が関与している。

 

 

基本脅威回路への遺伝的影響

前回でも述べたように、うつ病や不安障害の人では反応的攻撃のリスクが増大している。これには、基本脅威回路の1つである「海馬」の過活動が関与していると考えられている。

 

この過活動に遺伝的要因が示唆されており、基本脅威回路の刺激レベルの「基準」を高める(反応的攻撃を引き出すためのハードルが下がる)ことによって、比較的軽度な刺激でさえ、反応的攻撃が引き出されてしまう。

 

実際に、うつや不安を引き起こす内生要因(海馬の過活動)によって、人が危険で犯罪を生みやすいな環境におかれたとき、反応的攻撃を示す可能性を高めるということが分かっている。

 

 

遂行的調節システムへの遺伝的影響

「遂行的調節システム」とは、ある目標を立て、それに向かって行動をする際に自分の反応を調節するシステムのことだ。

 

通学路の途中、番犬のように獰猛な犬がこちらに向かって吠えていたとしよう。あなたは、それでも学校向かわなければならない。このとき遂行的調節システムが作動する。大抵の子供は自分の反応を調節し、なんとか勇気を振り絞ってその道を通り抜けるだろう。

 

あるいは親から「勉強しなさい」と叱られたとき、誰でも不愉快な感情を体験するだろう。それでも「勉強をする」という目標に向かって行動するためには、このシステムを介して反応を調節する必要がある。

 

 

この「遂行的調節システム」が破綻することによって引き起こされる状態には「間欠性爆発性障害/衝動・攻撃性障害」および「小児期双極性障害がある。

 

これらの患者は易怒性(キレやすさ)があり、反応的攻撃のリスクが高い。上に書いた例では、吠えられた瞬間に逃避行動(反応的攻撃の一種)を起こしたり、「勉強しなさい」と叱られた瞬間にかんしゃくを起こしたりする。

 

これらの障害の原因に、遺伝が関与していることが示されている。

その機序として、遺伝がセロトニンへ影響を与えていることが考えられる。

 

セロトニンは、攻撃性や衝動性の調節に関与する神経伝達物質の1つだ。動物実験でも、セロトニン受容体を操作して活動を亢進させると攻撃性が減少し、逆に活動を低下せると攻撃性が増加することが知られている。

 

 

攻撃性に対する社会的影響

反応的攻撃性を高めうる社会的要因のうち、「妊娠中に受ける外的要因」「環境ストレス」の2つを詳しく説明しよう。

 

 

妊娠中の外的要因による影響

妊娠中の胎児の酸素が欠乏した状態(出産時合併症) は、脳損傷を起こしうる環境要因だ。出産時合併症をもって生まれた乳児は、将来、行為障害や非行につながりやすいということが分かっている。

 

4269人の男児を対象に、出産時合併症育児放棄の有無について調査した研究がある。そして出産時合併症と育児放棄は、18歳時での暴力犯罪の予測因子として機能することが分かった。

 

 

実際にこの両方があったのは全体の4%であったにも関わらず、彼らは4269人の中で起こった暴力犯罪の18%を占めた。(18歳が集まる100人の学年で、4人が出産時合併症と育児放棄を経験していたとしよう。その中で起きた暴力犯罪の18%は彼らによるものだと考えると、この影響の大きさが理解できる。)

 

残念ながら、出産時合併症は暴力行為と密接にかかわるものの、道具的攻撃性や反応的攻撃性、ないし両方のリスクを高めるのかどうかを評価した研究は存在しない。(妊娠中の環境要因がサイコパスの原因の1つである、とは言い切れないということ)

 

著者らは、出産時合併症は「反応的攻撃」のリスクのみを高めると考えている。つまり「遂行的調節システム」の破綻を引き起こすものだが、情動障害は引き起こさないものと見ている。

 

 

環境ストレスの影響

「虐待」のような環境ストレスは、海馬の機能低下を引き起こすなど、脳の障害を与えるということが分かっている。

 

僕らはストレスを感じると、扁桃体を開始点として体内にストレスホルモンが分泌され、「ストレス反応」(血圧の上昇、発汗、心拍数の上昇など) が引き起こされる。

 

このストレス反応は、たとえば恐ろしい外敵に接触した時、逃げたり闘うのに最適な身体の状態を作り出すために必要だ。そして海馬はストレスホルモンを感知すると、この反応を終わらせるために扁桃体を抑制する機能をもつ。

 

しかし、あまりにもストレスが長引くと海馬の機能が衰え、ストレス反応を制御できなくなる。つまり、環境ストレスは攻撃性を高める要因となりうる。

 

 

しかしながら、サイコパスに関連する扁桃体「眼窩前頭前皮質といった神経回路は、環境ストレスによって障害されることはない。むしろ、ストレスは扁桃体を損傷させるというより”増強”させてしまうことが分かっている。

 

扁桃体は「基本脅威回路」の一部であることを考慮すれば、環境ストレスは反応的攻撃の危険性を選択的に増大させるが、サイコパスにみられる道具的攻撃にはつながらないと考えられる。

 

 

その他の社会的要因

「出産時合併症」や「環境ストレス」は反応的攻撃のリスク増大にかかわるものの、それはサイコパスの原因となる社会的要因とはいい難い。

 

では、「社会経済的地位(SES)」「愛着」「家族背景」といった他の要因はどうだろうか。

 

 

SES

SESやIQ(より明確には知性) が高いと、低い場合よりも、目的を達成するための手段の選択肢が増える。

 

実際、SESやIQは反社会的行動の要素と逆相関するということを前回説明した。

 

健常者であれば、たとえSESやIQが低くとも反社会的行動を回避するのだが、サイコパスでは反社会的行動を回避できず、有用な手段として選択してしまう。

 

またSESによって、ある特定の行動の相対的な価値が変動する。簡単に言えば、金持ちのサイコパス(高SES)は財布を盗むという反社会的行動への価値を低く感じるが、一方で貧乏なサイコパス(低SES)の場合、どうだろうか。

 

こうした観点から、「SESは道具的攻撃性の”表出”に間接的に関与する」といえるだろう。「SESはサイコパスの原因である」という意味ではないので注意して欲しい。

 

つまり、サイコパスと同程度の情動障害をもちながら、SESが高いことによって、サイコパスの徴候を示さない一群がいると考えられるわけだ。

 

金持ち喧嘩せず」というが、地位や知性のある人は、露骨な反社会的行動を取らずとも目的を達成することができる。

 

 

愛着

「愛着理論」には、幼少期に子供が健全な愛着を発達させることができなければ、成人したときに他者と親密な関係を築けないという考え方がある。

 

この理論では、愛着が乏しいために道徳形成の過程が妨げられ、サイコパスへと発展するということが示唆される。つまり、幼少期の親との間の関係性が、他者に対する関心や関係の出発点であると考えられている。

 

 

確かにサイコパスは、重要な他者にすら愛着が欠如しているということが言及されている。しかし、愛着の問題が、サイコパスの原因なのだろうか?

 

サイコパスには共感性が欠如しており、他者の苦悩に対する嫌悪反応が見られない。これは幼少期の愛着が原因であると考えると、ある矛盾が生じる。

 

たとえば「自閉症」のように愛着に問題があると分かっている人でも、他者が示す苦悩に対して嫌悪反応を示す。つまり、他者の苦悩に対する嫌悪反応に、愛着は必ずしも必要ではない。

 

したがって、少なくとも共感性の一部については、愛着に関係なく生じることが明らかである。

 

 

愛着とは、他者との情動的なつながりによって形成されるものだ。そしてサイコパスでは、その情動学習が障害されている。したがって、サイコパスの情動障害こそが、愛着の発達を妨げていると考えられる。

 

 

家族背景

家族背景としては、「親の反社会的傾向」「一貫性のないしつけ」「体罰」「低学歴」「幼少期の親との別離」などがある。

 

特に「反社会的な親」「一貫性のないしつけ」「アルコール依存」は、一般人を対象にしたサイコパシーテストの得点を、最も強く予測できる因子であることが分かっている。しかし、これらの家族背景は犯罪者を対象にすると関係がなかった。

 

家族背景とサイコパシーには僅かな関連が見られる程度であり、その調査は被験者の記憶に基づくため、サイコパスが示す虚偽性により修飾されている可能性がある。

 

また、これらの家族特性は反社会的行動を悪化させうるとしても、サイコパスの”原因”であるとは考えられない。

 

 

たとえば、悪いことをしたときに「罰」を与えるか、他人の気持ちに注意を向けさせて「共感」を引き出すかでは、後者の方がより適切に道徳的社会性を身に着けることができる。

 

そのような観点から、親の教育方法によって子供がサイコパスとなるのではないか、と考えることもできるだろう。しかし、このような関連は、サイコパスについては当てはまらないのだ。

 

驚くべきことに、サイコパス傾向 (罪悪感や後悔の欠如といった情動障害) を示す子供たちについては、親がどのように社会性を身に着けさせるかということは、彼らの反社会的行動の確率に影響を及ぼさないということが分かっている。

 

 

Question

  • 結局、サイコパスの”根本的な原因”はどこにあるか。

 

答え:遺伝と環境サイコパスに特徴的な道具的攻撃は、彼らが情動障害をもつことで”学習”が可能となり、それは扁桃体や眼窩前頭前皮質の障害が原因であると考えられる。しかしさらに根を辿れば、それらの障害の原因となるのは、神経や神経伝達物質システムに異常をもたらす「遺伝と環境」である。

 

 

  • 反応的攻撃を引き起こす「基本脅威回路」は、2つの点で遺伝的影響を受けると考えられる。それぞれどのようなものか。

 

答え:1つ目は「基本脅威回路の刺激レベルの基準」であり、どの程度の脅威刺激で反応的攻撃が引き起こされるか、という点に関してそれぞれ遺伝的に異なる。

2つ目は「遂行的調節システム」であり、この機能の発達が遺伝的に障害されている場合、自らの反応を調節できず、反応的攻撃性のリスクが高まりやすくなる。

 

 

  • 「出産時合併症」や「環境ストレス」などの環境要因は、サイコパスの原因か。

 

答え:いずれも「反応的攻撃」のリスクを高めるものの、「道具的攻撃」には関与しないと考えられ、サイコパスの原因とは言い難い。とくに虐待のような「環境ストレス」は扁桃体を増強させるため、サイコパスの病理からむしろ離れてしまう。

 

 

  • 「経済社会的地位(SES)」「愛着」「家族背景」について、サイコパスと関連づけて説明するとどうなるか。

 

答え:SESはある目的を達成するための手段の選択肢の多さ、主観的な価値の変動に関与し、サイコパスに特有な道具的攻撃性の”表出”に関わる。

愛着はサイコパスの原因ではなく、サイコパス情動障害が原因となって愛着の形成が妨げられる。

家族背景は反社会的行動を悪化させうるが、やはりサイコパスの原因とは言い難い。親の教育方法にかかわらずサイコパスは道徳的社会化が阻害される。

 

 

 

参考

 

サイコパス -冷淡な脳-

サイコパス -冷淡な脳-

 

 

超訳「サイコパス -冷淡な脳-」 ”背景的情報”

 

今回は、サイコパスの「疫学」について検討する。

特に、性別による違いや知能、社会経済的地位(SES)との関連、そしてADHD統合失調症など他の精神障害に合併する頻度について考察する。

 

サイコパスの有病率

サイコパスの行動や情動の特性を人が初めて聞くと、知人にも似通った人がいることに気づく。そして、サイコパスとは重大な殺人犯やテロリストといった少数の人たちだけに当てはまる概念ではないと理解する。

 

DSM-4によると、一般社会における男性の反社会性人格障害(ASPD)の有病率は3%、女性では1%である。犯罪者を対象に調べると、男性は42%、女性では23%である。

 

サイコパスの有病率は、ASPDよりもずっと低い。

とはいえ、一般社会におけるサイコパスの疫学研究は少ない。

 

アメリカのある刑務所収容者の80%がASPDの診断基準を満たしたものの、PCL-Rによって診断すると、サイコパスの基準を満たすのは15%から25%だけであった。これより推定される一般社会での有病率は0.75%である。

 

サイコパスの冷淡で情動の欠如を示す成分(因子1)については男女差はないが、反社会的行動成分(因子2)については性差があるとの指摘がある。さらに、女性の因子1のスコアは再犯と有意に相関していた(r₌0.26)が、因子2は相関していなかった。

 

反社会的な行動障害については、情動障害という一次的な影響に加えて様々な二次的な影響(ジェンダーや体格差など)が関与するため、驚くほどのことではない。

 

 

犯罪傾向

犯罪率は、17歳でピークを迎え、成人に達してから急速に減少する。17歳における激増の原因は、周りの仲間のあまりに多くが何らかの反社会的な活動に関与するので、それが当たり前のように思えてしまうということがありうる。

 

ニュージーランドの調査によると、飲酒や身分の詐称など軽微な犯罪も含めると、何らかの非行や違法行為にまったく関与しない男性は7%しかいないことが分かっている。

 

反社会的行動が成人以降急速に減少することに一致して、ASPDの診断も同様の傾向を示す。ところが、889人の男性収容者を対象にした研究では、因子1の平均得点と分散を5歳おきに比較検討したところ、類似していることが分かった。対照的に、因子2の平均得点は有意に減少し、一方で分散は増加した。

 

簡単にいえば、情動障害は一生モノだが、反社会的行動は年齢と共に減少していく傾向があるということだ。

 

 

こうしたデータから、著者らは行為障害(未成年期の顕著な反社会的行動)には2つのパターンがあると考えている。それは「小児期発症型」「青年期限局型」である。

 

青年期以前から問題行動があった場合(小児期発症型)、成人してからも持続してそのような行動を取るという予測が立てられる。さらに小児期発症型の行為障害は、攻撃性がより著しいということが分かっている。(この話については、7章で詳しく説明する)

 

 

社会経済地位(SES)が低いと、反社会的行動の危険性が高まるといわれている。しかし、サイコパスに関してそのような報告は少ない。父親の職業について失業者から専門職まで7つの階級に分類して調べてみても、因子1、因子2のいずれにも有意な相関みられなかった。

 

ロバート・ヘアらは、IQとPCL-Rの総スコアおよび因子1のスコアとの間には相関がないことを明らかにした。一方で反社会的行動(因子2)の得点とは負の相関を示した。つまり、IQが低いほど反社会的行動が顕著になる。同様の傾向は、サイコパス傾向のある子どもにも見られる。

 

サイコパスはIQが高い」という都市伝説があるが、そのような証拠はまったくない。むしろ反社会的行動は、知能や教育状況の悪さと関連している。

 

 

合併症

統合失調症は暴力のリスク要因であると指摘されている。しかし、サイコパスとの合併は示されていない。統合失調症「背外側前頭前皮質の全般的な障害に関連するといわれる一方で、サイコパスにこの領域の障害は見られない。

 

不安障害や気分障害は、いずれも攻撃性のリスクの増大と関連している。たとえば、ASPDには不安障害がよくみられる(61%)社会恐怖PTSD(トラウマ)は、有意にASPDの診断率を増加させる。

 

一方で、不安の程度はサイコパスの情動障害の因子1と逆相関し、反社会的行動の因子とは正の相関を示した。そして、うつ病サイコパス因子は逆相関する。

 

こうしたデータからも、ASPDとサイコパスを明確に分ける必要性が示唆される。(この詳細ついては前回を参考に)

 

 

物質乱用障害(アルコールや薬物中毒)は因子2のスコアと相関するが、因子1とは相関しない。「サイコパスはアル中」というのは間違いだ。

 

サイコパスは高率に「注意欠陥・多動障害(ADHD)」を合併する。筆者らの研究でも、サイコパス傾向のある子どもの75%以上がADHDを満たすことが示された。これについては9章で詳しく説明する。

 

 

Question

  • 年齢・社会経済的地位(SES)・IQはいずれも反社会的行動とどのような関係にあるか。また、情動障害(因子1)とはどうか。

答え:逆相関する。つまり年を取るほど、高い地位に就くほど、そしてIQが高いほど、反社会的行動はみられなくなる。一方で、サイコパスの根幹をなす情動障害(因子1)とは相関がない。つまり、これらはサイコパスとは関係のない事象だといえるだろう。

 

答え:統合失調症とは相関が無い。不安障害や物質乱用障害は反社会的行動と関連があるものの、因子1とは逆相関する。ADHDサイコパスと有意に合併する。サイコパス傾向のある75%以上がADHDの診断を満たす。

 

 

参考

 

サイコパス -冷淡な脳-

サイコパス -冷淡な脳-

 

 

 

超訳「サイコパス -冷淡な脳-」 ”サイコパスとは?”

 

これから9回にわけて、ジェームズ・ブレア 著サイコパス -冷淡な脳-」を ”高校生でも分かるレベルで” 超訳していこうと思う。

 

僕は、この本を隅々まで理解すればサイコパスに関する誤解はなくなり、正しい知識をもって「彼はサイコパスではないか?」と疑うことができるようになると信じている。

 

ただ、心理学や神経科学に慣れ親しんだ人でなければ、本書を一度読んだだけで理解することは難しい。そういうわけで、本企画を始めることにした。

 

 

まずは 第一章 「サイコパスとは?」から、サイコパスに関する誤解は一般人だけでなく、DSM(精神科医らが患者に対して精神疾患の診断を下すためのマニュアル)の中にも見られるという事実についてみていこう。

 

 

反社会性パーソナリティ障害

あなたは次の2人の人物に関するケースから、「どちらがサイコパスか」見抜けるだろうか。

 

ライアン

ライアンは30代半ばで、殺人罪終身刑に服している。

周りからは、少し幼く、ひょうきんだが真面目な大人という印象をもたれている。

他の受刑者や看守からは好かれていて、問題になるような行動記録はない。

 

犯罪歴は6回で、万引きで執行猶予の判決を受けた17歳が始まりである。

15歳頃から家や学校で問題を起こすようになったと両親はいう。

彼は門限を破り、よく嘘をつき、ものを壊し、家出をした。

学校でもしばしば喧嘩をした。

 

同僚とうまくいかず、解雇されることはあっても仕事は続けていた。

衝動的に金を使うので、足りない収入を補うためにマリファナをさばいたり、工場現場から資材を盗むこともあった。その結果、18歳で執行猶予の判決を受けた。

 

それでもライアンはなんとか仕事を見つけ、恋人と同性を始めた。

ふたりは頻繁に喧嘩をしたが、それなりに関係は安定していた。

彼は2回浮気をしたことがあるが、罪悪感を感じるとともに、恋人にばれることを心配して、2回とも浮気は解消した。

 

彼のアルコール依存症はひどくなり、ある晩、地元の酒場で喧嘩に巻き込まれた。

店の主人は、喧嘩をやめてライアンに立ち去るように言った。

普段のライアンなら喧嘩をやめて帰るところだったが、このときは相手をビンで殴り、致命傷を負わせてしまった。

警察が呼ばれると、ライアンはすぐに自白し、法廷でも有罪を認めた。

 

タイラー

タイラーは30代後半で、一緒に旅をしていた仲間を殺し、金を奪った罪で終身刑に服している。彼は薬物乱用者であり、かつ売人でもあった。

彼と話しをすると、短い間なら陽気で愉快な印象を与えるが、最後にはいつも看守と不穏になり、挑発的な態度になった。

いろいろな仕事に就いたが、数週間とたたずにやめてしまった。

自分の思う通りにならないとすぐ暴力をふるうため、いつも問題を起こしている。

他の受刑者たちは、彼に対して恐怖と尊敬の念をもった態度で接し、そうした扱いを受けることをタイラー自身愉しんでいた。

 

彼の逮捕歴は数ページに及ぶ。

9歳のときに起こした学校の備品を盗むというのが最初の犯罪である。

11歳のときには、金銭のゆすりを拒んだ同級生を溺れさせようとして逮捕された。

その行動について問われたとき、彼は笑いながら「そいつが俺より背が高いからさ。それに、事実を探られて教師が邪魔に入らないようにやったのさ。」と答えた。

 

タイラーは幼少期、青年期、成人期を通して、万引き、強盗、暴行、人質まで、あらゆる種類の犯罪を行ってきた。

彼は仕事を続けることができず、その代わりに、親しい知人もいないところで薬物売買、路上での窃盗、売春の斡旋などの犯罪をして生きてきた。

おなじ場所に数週間といることは滅多になく、頻繁に引っ越しをすることを好んだ。

とても気さくな感じにも見えるので、住む場所を提供してくれる人と知り合うことに苦労しなかった。

しかし、そうした取り決めも結局は暴力沙汰などで終わり、またやり直さなければならなかった。

 

タイラーは結婚したことはなかったが、同棲した相手は何人かいた。

いつでも「相手を夢中にさせて」からその女性のところに転がり込んだのだが、その点、彼は上手であった。

関係は長くても6か月程度だったが、どれも暴力と不安定性に満ち溢れていた。

同棲していても、他の女性と合ったりしたことは数えきれないという。

その一方、浮気をしたことはあるかと尋ねると、それはないと答える。

話に一貫性がないと指摘すると、矛盾はないと答える。

彼の言い分はこうだ。

「浮気など一度もしたことがないね。同時にふたつの場所にいることなんか不可能だからね。わかるだろう?」

 

現在投獄されている原因となった犯罪については、確たる証拠があったが、彼は法廷で無罪を訴えた。

今なお無罪を主張し、被害者やその家族への心遣いなどまったくない。

余生はずっと獄中で過ごすのだから、訴えても無駄だという話をしても、とても楽天的にとらえ、今にも釈放されるかのように話している。

 

 

反社会性人格障害(ASPD)

これまでの記事を読んできた読者なら、タイラーがサイコパスだと分かるだろう。彼は「金の為に」人を殺したり、「金をゆすったのがバレないように」同級生を溺れさせたりしている。これは、「ついカッとなって殺した」ライアンとは異なる。

 

さらに「表面的な魅力」を駆使して「その日暮らし」の生活を送り、自身の犯罪について聞かれたときには、「罪悪感のない」様子で「病的な嘘」をついている。

 

 

しかし、先ほど紹介したDSM-4によると、二人とも反社会性人格障害(ASPD)」という診断がくだされる。ASPDの診断基準は次のとおりだ。

 

  1. 社会的規範を無視する。逮捕の原因となる行為を繰り返し行う。
  2. 繰り返し嘘をつき、自分の利益や快楽のために人を騙す。
  3. 衝動性があり、将来の計画を立てられない。
  4. いらだたしさや攻撃性。喧嘩や暴力を繰り返し行う。
  5. 自分や他人の安全を考えない向こう見ずさ。
  6. 一貫して無責任である。仕事を続けられない、経済的な義務を果たさない。
  7. 良心の呵責がない。他人を傷つけたりしたことに無関心であったり正当化する。

 

このうち、3つ以上が該当する場合にASPDと診断される。

 

(厳密にはその人が18歳以上、かつ15歳までに「行為障害」の証拠があり、反社会的行動が「統合失調症」や「躁病エピソード」の経過中のみであってはならないという条件がある。 簡単に言えば「その人は昔から反社会的で、その傾向は他の精神疾患のせいではない」ということだ。)

 

 

サイコパス

 

サイコパスの起源は、クレックレーの研究にある。

著書 "The mask of Sanity (正気の仮面)" の中で、彼はサイコパスの診断基準として

 

「表面的な魅力、不安の欠如、罪悪感の欠如、信頼できないこと、不誠実、自己中心的、親しい関係を継続できないこと、罰から学ばないこと、情動の乏しさ、自分の行動が他人に及ぼす影響を考えられないこと、将来の計画が立てられないこと」

などが挙げられている。

 

ロバート・ヘアが、これに自らの臨床経験を加えて "サイコパシー・チェックリスト (PCL)" を開発した。その後、さらに改定を加えて(Revised) PCL-Rとなった。

 

 

PCL-Rは20の項目からなり、それぞれに0~2点の間で評定をつける。(合計0~40点)

30点を超えると「サイコパス」とされ、20点未満は「サイコパスでない」とされる。

 

このチェックリストを因子分析すると、「サイコパス」という概念は「尊大で虚偽的な対人関係」「感情の欠落」「衝動性 / 無責任」という3つの因子に分けられる。

 

因子分析は、チェックリストにある20項目のうち類似する項目を1つの因子にまとめる統計的手法のことだ。

 

たとえば「清涼飲料水」について因子分析をすると、「炭酸の強さ」「甘味」「香料」といった項目は「おいしさ」という因子に分離できる。「パッケージ」や「店頭での陳列配置」「値段」は「魅力」という因子になる。(この例は少し恣意的に思えるかもしれない。だが因子分析という手法自体、こうした恣意性を孕んでいることも覚えておこう。)

 

「3因子モデルで書かれたPCL-R」は次のようになる。

 

因子1「尊大で虚偽的な対人関係」=対人因子

1.口達者/表面的な魅力 2.誇大的な自己価値観 3.病的な虚言 4.偽り騙す傾向/操作的

 

因子2「感情の欠落」=感情因子

5.良心の呵責/罪悪感の欠如 6.希薄な感情 7.冷淡/共感性の欠如 8.自分の行動に対して責任がとれない

 

因子3「衝動的/無責任」=行動因子

9.刺激を求める/退屈しやすい 10.寄生的な生活 11.現実的・長期的な目標の欠如 12.衝動的 13.無責任

 

どの因子にも含まれない項目

14.自制心の欠如 15.放逸な性行動 16.幼少期の問題行動 17.数多くの婚姻関係 18.少年非行 19.仮釈放の取り消し 20.多種多様な犯罪歴

 

 

他にも「2因子モデル」や「4因子モデル」といったものもあるが、本書では「3因子モデル」がより適切である、という形で紹介されている。

 

しかし、多くの研究者は2因子モデルを採用しているため、これからは便宜的に第一因子「対人/感情面」(3因子モデルでの因子1と因子2) および 第二因子「行動面」(3因子モデルでの因子3)に分けて説明していく。

 

 

さて、こうしたサイコパスの概念を考えるメリットとは何か。

 

それは、反社会的行動へ至る人の中から、同じ疫学や特定の情動障害を共有している集団(=サイコパス) を同定できる」ということだ。

 

DSMによる診断では、単に「反社会的行動を取る人たち」という幅広い集団が同定されてしまう。つまり、疫学的に異なる(反社会的行動に至る原因が異なる) 雑多な集団を扱うことになってしまうのである。

 

「では、それをどう見分けるのか?」という問いについては、反応的攻撃および道具的攻撃を区別して考えるのが有用だ。

 

 

反応的攻撃と道具的攻撃

今回を通して伝えたいのは、「なぜ反応的攻撃と道具的攻撃に分けて考える必要があるのか?」という問いに対する答えだ。答えは既に書いてある。

 

そして僕らは、反社会的行動を示す集団のうち、それが道具的攻撃性による小集団」サイコパスと呼んでいるのだ。

 

 

2つの攻撃性について、簡単におさらいしておこう。

 

「反応的攻撃」は、思い通りにならなかったり、脅威にさらされる出来事をきっかけにして引き起こされる。この攻撃は、金銭を奪う、社会的地位を高める、など隠れた目的がなく始まるというのが重要だ。

 

対照的に、「道具的攻撃」は目的志向的なもので、何らかの望みを達成するために、道具として用いられる。

 

 

「本当にそんな区別が可能なのか?」と思うかもしれないが、既に妥当性が証明されていることを強調しておこう。

 

さらに道具的攻撃を行った人は再び非行に走りやすく、一方で反応的攻撃を起こした人ではむしろ道具的攻撃や非行が減少することが分かっている。

 

そして反応的攻撃と道具的攻撃は、異なる認知神経学的システムによって媒介されているので、それぞれを区別することは ”脳から見ても” 重要だ

 

 

目的志向行動(目的ために行動すること)は、何らかの報酬が期待でき、かつ罰が与えられないときに行われる。ほとんどの人はお金が欲しいと考えるが、そのために人を襲うことはまずない。

 

「道徳的社会化」によって、人は反社会的行動を行わないようになるからだ。

(これについては今後、詳しく説明していく。)

 

そしてサイコパスが示す道具的攻撃を説明するためには、「なぜサイコパスは社会化が達成できないのか」を明らかにする必要がある。

 

 

分類の重要性

ここで改めて、サイコパス」という分類をする重要性を指摘しておこう。

 

PCL-Rを用いる一番の意義は、「危険予測」における有用性だ。

つまりサイコパスの診断は「犯罪の予測」に利用できる。

犯罪を行った者に対して診断を下すことの多いASPDとは対照的だ。

さらに累犯との関連性について、サイコパスは有意にASPDを上回っている。

 

278人の犯罪者を対象にした国際的研究では、サイコパスの82%に再犯がみられ、そうでないものは40%のみであった。 同じサンプルについて、PCL-Rで高得点だったものでは38%に暴力的な再犯がみられたが、低いスコアのものではたった2.7%であった。

 

サイコパス群で年齢や犯罪歴をコントロールして補正したり、サイコパスでない群について同様のコントロールをしてみても、再犯率は下がらなかった。(つまりサイコパスであってもそうでなくても、再犯率に「年齢」や「犯罪歴」は相関しないということ)

 

しかし興味深いことに、「感情/対人面」の因子における得点をコントロールすると、「感情/対人面」の因子で高得点である者は、高率に再犯を起こすことが分かった。59%だったものが、86%になったのである。

 

同様に、この因子でスコアの低い犯罪者は、再犯防止プログラムに参加することによって再犯率が低下した一方、スコアの高い者はプログラムに参加しない場合よりも むしろ、高率に再犯を起こした。

 

 

サイコパスとは「情動障害」であり、それが究極の形へと発展すれば、極度な反社会的行動を繰り返す危険性がある。

 

こうした反社会的行動は「反応的攻撃」となって現れる場合もあるが、サイコパスにおいては、高度な「道具的攻撃」にも関与している障害であるという点で、特有であることが重要だ。

 

 

Question

  • ライアンとタイラーの2人について、ASPDの診断が下されるのは誰か。また、サイコパスの診断基準に当てはまりそうなのは誰か。また、その理由は。

 

答え:ASPDについては2人に当てはまるが、サイコパスの診断はタイラーにのみ当てはまるだろう。なぜなら、彼には情動障害にあたる因子1の特徴、「表面的な魅力」「誇大的」「操作的」「罪悪感の欠如」「共感性の欠如」などが見られるからだ。

 

 

  • PCL-Rを因子分析することによって、各項目は3つの因子に分けられた。それぞれどのようなものか。また、同じ「サイコパス」でもどの因子で高得点を取ったかによって人物像が異なってくる。因子1や因子2で特に高得点を取ったサイコパスは、犯罪についてどのような違いが見られるか。

 

答え:「対人 / 感情 / 行動」の3因子である。「対人 / 感情」因子でスコアが高かった者は、高率で再犯を起こす。

 

 

 

答え:反社会的行動をする集団の中から、ある特定の疫学に基づいた小集団を分離し、独特の「危険予測」が可能となる。(例:その集団においては、再犯防止プログラムは逆効果となる) サイコパスとは、まさにその小集団のことであり、「情動障害」とそれに伴う「道具的攻撃性」を顕著に示す。

 

あなたなりの答えがあれば、ぜひコメントで教えて欲しい。

 

 

最後に。

今回の企画を支援したい方は、次のリンクからどうぞ。

「サイコパス -冷淡な脳-」を高校生でも分かるレベルに“超訳”します。- polca(ポルカ)

 

あくまでもこの企画は「価値のある知識を分かりやすく広める」ことが目的で、営利目的ではない。それでも違法になるのかは知らない。いずれにせよ僕のことは、イケてるがマイナーな曲をコピーし、路上で披露しているバンドマン程度に思って欲しい。

 

参考

 

サイコパス -冷淡な脳-

サイコパス -冷淡な脳-

 

 

サイコパスと神経伝達物質

今回は「サイコパシー・ハンドブック」と「サイコパス-冷淡な脳-」を参考に、サイコパス神経伝達物質についてみていこう。比較的ハードコアな内容なので、先に簡単に結論を示しておく。

 

  • セロトニン:低値は攻撃性に結び付く。恐怖表情の認識にも関与するのが興味深い。
  • ドーパミン:高値はサイコパシーに結び付く。受容体遺伝子多型に関する知見はサイコパスを扱ったものが少ない。
  • ノルアドレナリン:嫌悪手がかりへの反応性、悲しみの表情認識に関与。個人的に一番注目している。これからの研究に期待。

 

 

 

PCL-R(サイコパシー・チェックリスト)を用いて得られたデータの因子分析から、第一因子(感情的・対人的特性)と第二因子(衝動的な反社会的逸脱)が特定されている。

 

第一因子については、その性質からして定義と操作化が比較的むずかしい。たとえば、「良心の欠如」という目に見えない”心理的傾向”をどうやって定量的にみることができるだろう? 一方、目に見える”行動”としての「攻撃性」などであれば、定義および操作が比較的簡単にできる。

 

こうした面もあって、僕らが最も興味のある「第一因子」については根拠に乏しい。それでも「社会的・感情的刺激に対する自律神経反応の測定」といったモデルから、ある程度の知見は積み上げられてきた。しかしながら、この系統の研究と神経化学的機能不全の関係は一般に検討されていない。

 

以上を踏まえて、一連の神経化学的研究を見ていこう。

 

 

セロトニン

ヒトを対象にした実験では、脳をこじ開けてその中のセロトニン量を直接測り取る、といったことは当然できない。そこで、脳脊髄液から代謝産物を採取し測定する形で神経伝達物質レベルの指標とするのが神経化学研究の王道だ。

 

たとえば摂取した水分量(セロトニン)が知りたければ、尿の量(代謝産物)を測ればいい。もちろん誤差は生じるが、胃をこじ開けられるよりはマシだろう。

 

サイコパスでは、セロトニン代謝産物である「5-ヒドロキシインドール酢酸(H-HIAA)」に対して、ドーパミン代謝産物である「ホモバニリン酸(HVA)」の割合が有意に高いことから、ドーパミン作用のセロトニン調節障害が衝動的・攻撃的行動の一因である可能性が考えられている。

 

また、PCL-Rにおける第一因子、第二因子のスコア双方に「H-HIAA:HVA」の割合との相関がみられている。またH-HIAA値のみを見た場合、一方の研究では中程度の相関が「第二因子のみ」に見られ、他方の研究では投薬なしグループに第二因子との強い相関がみられた。

 

これらの知見から、セロトニン欠如はサイコパシーの第二因子に根本的に結び付く一方で、セロトニン欠如は”ドーパミンとの相互作用”を介して第一因子にも影響を与える可能性があること」示唆している。

 

簡単に言えば、「単純にセロトニンが足りないだけだとイライラしやすくなるだけだが、ドーパミンとのバランスによっては、メンタルまでサイコパスになる」ということだ。

 

また、血漿中のトリプトファン(セロトニンの前駆体)の枯渇によって攻撃的反応の増加が認められており、セロトニンの欠如と攻撃性との関連を支持する。

 

 

一方、セロトニン分解酵素であるMAOの活性の程度がサイコパシースコアと相関することが繰り返し報告されているが、「分解」が低活性であるということはセロトニン濃度の”増加”をもたらすように思われる。

 

そのため、MAO活性の低さの明確な役割は明らかではない。前回の記事でも書いたように、”発達過程での”セロトニンの過剰がセロトニン感受性”低下”につながると考えられる。

 

 

「第一因子」に関する研究としては、セロトニンの増大をもたらすトリプトファン投与」またはセロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)投与」によって恐怖の表情がより認識しやすくなること、トリプトファンの欠乏によって同認識が低下すること、ならびにSSRIを服用するうつ病被験者で同認識の正常化が認められることが示されている。

 

この知見から、小児における道徳的行動の発達に必要であるとともに、サイコパシーの特徴をもつ小児および成人に障害が認められる「恐怖の表情の認識」にセロトニン活性が関与していることが示唆される。

 

 

ドーパミン

ドーパミン過剰は攻撃的および衝動的な行動をもたらし、ドーパミン拮抗薬は、精神障害の攻撃的行動に対する治療薬として確立されている。

 

暴力犯罪者を対象にした研究で、サイコパシー・スコアの第一因子、第二因子の双方に脳脊髄液中のHVA高値との相関がみられた。また前述のように、「H-HIAA:HVA」の割合も両スコアとの相関がある。ただし、第一因子よりも第二因子の方が高い相関性を示している。

 

興味深いことに、ドーパミンD4受容体(DRD4)遺伝子多型に「外向性との正の相関」「誠実性との負の相関」が示されている。しかしながら、追試験では一貫した結果は得られていない。

 

ドーパミン受容体は他にもあるが、DRD2については不確定、DRD3は暴力犯罪者群で関連性あり、DRD5は反社会性パーソナリティ障害の症状数と関連あり、といった知見があるが、いずれも予備的なものとして捉えておく必要がある。(サイコパスを扱っていないため)

 

 

ノルアドレナリン

ノルアドレナリン(NA)系は、信号検出への影響と認知一般への広範な影響を伴い覚醒状態を媒介するとともに、主に環境からの新奇あるいは脅威的な刺激への反応の行動活性化を媒介する。...簡単にいえば、ストレス反応に関与する。

 

残念ながら、攻撃性または反社会的行動に関してNA系の実証的エビデンスはほとんど報告されていない。サイコパスに臨床的に認められるストレス反応の減弱と関連する可能性があるのに、だ。

 

そこで、「サイコパス -冷淡な脳-」で著者が主張している仮説を紹介しておく。

 

サイコパスは、扁桃体損傷患者と同等の障害を示すわけではない。刺激-報酬関連形成や社会認知といった扁桃体が関与していると思われる機能は、サイコパスでは、軽度に障害されているだけか、あるいは全く損なわれていない。

 

このことは、われわれの仮説では、サイコパスの根本的原因は遺伝子異常であって、扁桃体機能の全体が障害されて発症するのではないことを示唆する。つまりは、遺伝子異常おそらく扁桃体機能のある一部と関連する特定の神経伝達物質を阻害することで、より選択的に障害を与えていると考えられる。

 

われわれの推測では、サイコパスの根底にある遺伝子異常神経伝達物質の機能を阻害し、その結果、扁桃体の刺激-罰連関形成の機能を特異的に低下させていると思われる。しかし、サイコパスではどの神経伝達物質が機能不全に陥っているのかは、まだはっきりはしていない。

 

可能性として、ストレス/脅威刺激に対するノルアドレナリンの反応が阻害されているということがありうる。

 

最近の興味深い研究で、ノルアドレナリンがヒトの意思決定時の嫌悪手がかりによる影響の調節に関与しているという指摘がなされている。

 

さらに、薬理学的データによっても、ノルアドレナリンを操作することで悲しみの表情の処理に選択的に影響を与えることが示唆されている。

 

ノルアドレナリン異常と反社会的行動/行為障害との関連を示した研究が、この仮説をさらに支持する。こうした観点から、不安障害でノルアドレナリン機能が増大しているようであるという指摘は、重要である。

 

つまり、サイコパスにみられる情動障害と正反対に、嫌悪手がかりに対して高い反応性を示す集団において、ノルアドレナリン機能が増大していることになる。

 

したがって、サイコパスに存在すると考えられる遺伝子異常がノルアドレナリンのシステムを妨害し、嫌悪刺激の効果が弱められている可能性がある。

 

 

 

「結局、サイコパスは「〇〇〇が欠如した人間」である。」で「サイコパスは”利益を求めて善を為す”ことはできる」と述べたのは、まさにこの背景からだ。

 

サイコパス扁桃体全体が機能不全である」というより、「扁桃体のうち、刺激-罰連関形成に関わる領域が選択的に機能不全である」という方が適切なのだ。

 

2018年の研究(Influence of allelic variations in relation to norepinephrine and mineralocorticoid receptors on psychopathic traits: a pilot study [PeerJ])でサイコパシースコアとノルアドレナリン系遺伝子多型の間に相関が示されているが、被験者が少ないこと、用いられた課題が不十分で、それから得られる知見が限定的という問題がある。

 

 

以上が、サイコパス神経伝達物質の関係になる。ちなみに、他の神経伝達物質やホルモンについては十分なエビデンスがあるとはいえない状況だ。

 

神経伝達物質はさまざまな脳機能の根幹をなすものなので、1つの神経伝達物質の多寡からスペクトラムとして多様化したサイコパシーを完全に説明するのは無理があるだろう。

 

とはいえ、最後に紹介したブレアらの仮説はとても魅力的だ。

彼らはサイコパシーの特徴を必要最低限まで削り落とし、ターゲットを明確に定めてくれた。


それは扁桃体の刺激-罰連関形成関連部位とノルアドレナリンの関係」および「眼窩前頭前皮質の機能不全と扁桃体当該領域との関連性」だ。(後者については次回で説明する)

 

そして、まさにそのターゲットであるノルアドレナリンは知見に乏しく、研究が進んでいる最中なのだ。

 

 

 

参考

 

サイコパシー・ハンドブック

サイコパシー・ハンドブック

  • 作者: 田中 康雄,クリストファー・J・パトリック,片山 剛一,松井 由佳,藪 盛子,和田 明希
  • 出版社/メーカー: 明石書店
  • 発売日: 2015/06/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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サイコパス -冷淡な脳-

サイコパス -冷淡な脳-

 

 

サイコパスの真実

 

現時点で日本にあるサイコパスに関する書籍の内、真に学術的と呼べるものは

ジェームズ・ブレア 著「サイコパス -冷淡な脳-」

クリストファー・J・パトリック 著「サイコパシー・ハンドブック」

エイドリアン・レイン 著「暴力の解剖学」

くらいだろうか。

 

本書、原田隆之 著「サイコパスの真実」は、これらの書籍や論文を基に明快な論理で構成されており、入門書としては日本で最も信頼できるものとなっている。

 

 

著者は犯罪心理学者であり、サイコパスと関わった経験がある。

その上でサイコパスにも心を開いて接すれば、心を通わせることができる」という命題を「神話」と切り捨てているのは興味深い。

 

僕は以前、「サイコパスと自己愛 」という記事で「サイコパスから尊敬を勝ち取るには、仮面を外した彼らと心の中を晒し合い、互いにそれを認めあうことだ」と書いた。

 

これは間違いだったかもしれない。

 

というのも、「カモ」や「敵」の立場でこれを行えば確実に利用される破目になるからだ。むしろ「尊敬を勝ち取った後」、すなわち彼らにとっての「味方」あるいは「権威」である立場になってはじめてオープンに接し、互いを認め合う意義が生まれる。

 

いわゆる、サイコパスの常套手段である「僕たちは似ているね作戦」だ。

彼らの側にすり寄るのではなく、彼らがすり寄るように誘導し、権内に収めることでサイコパスの利用価値を最大化できる... という意味で書きたかったのだが、今思えば少しハードルが高すぎた。しかし、「サイコパスを変えようとする」ことがタブーであるのに変わりはない。

 

 

さて、本書ではサイコパスの特徴の一つである「良心の欠如」を「恐怖心の欠如」から説明している。サイコパスは「恐怖条件付け」がなされず、それによって「道徳的社会化」も起こらず、良心が欠如するという理論だ。

これが現時点で最も説得力のある説明であり、それを支持するエビデンスも多数ある。

 

さらに、サイコパスについても様々な亜型があると述べている。

これまでに紹介した「成功したサイコパス」や「マイルド・サイコパス」だけでなく、「一次的/二次的サイコパスという分類もある。

 

これは精神医学者カープマンによって提唱された概念だ。真のサイコパス(一次的サイコパス)と同様に、「二次的サイコパス」は他者への敬意を欠き、人を欺き、操作し、犯罪行為をはたらき、その日暮らしで後先を考えないという「対人因子」「感情因子」「生活様式因子」「反社会性因子」といったサイコパスを特徴づける因子を全て兼ね備えている。

 

「二次的サイコパス」が「一次的サイコパス」と異なるのは「良心や共感性の欠如」は完全ではなく、残虐な行動に対するためらいや抑制が見られ、ある程度は自身の行動について”反省”ができるという点だ。

 

さらに、情緒不安定で、自信に欠け、不安や抑うつといった徴候を示すことが多い。すなわち、彼らは「反応的攻撃性」を顕著に示す。

 

リッケンによると、一次的サイコパス「行動抑制システム」に異常があり、自らの行動を抑制できないところにその特徴がある。最も顕著な行動抑制システムは、言うまでもなく「不安」という感情である。「一次的サイコパス」は、この「不安」による行動のブレーキが効かないタイプだ。

 

一方、「二次的サイコパス」には「行動活性化システム」に異常があるという。彼らは、ストレス負荷状況で、自分の行動にスイッチを入れて、それらを回避したり、対処したりできないために、常にストレス負荷状況に追い込まれている。その結果、復讐心や怒りを募らせて、衝動的に反社会的行動が出現するという風な説明がなされている。

 

サイコパスに特異的な特徴は「道具的攻撃性」だ。したがって、「二次的サイコパス」については「サイコパスもどき」という認識が適切だろう。

 

もっと分かりやすく言えば、僕らが問題にすべきサイコパス「他人を困らせる一方で、自分は全く困っていないタイプ」なのだ。

 

 

サイコパスの生理的反応

サイコパスに関する「説明理論」のうち、「恐怖機能不全モデル」に関する研究を紹介する。

 

先ほど登場したリッケンは、サイコパスの生理的反応の異常に初めて着目した研究者だ。彼は、質問紙や生理的指標の測定によって、サイコパスが比較的恐怖や不安が低いとを実証した。

 

さらにクリストファー・パトリックは、性犯罪によって司法的治療施設に拘禁されている犯罪者に対して「手足の切断」や「突きつけられた銃」「蛇」などの驚異的な画像を見せたとき、サイコパスでは「まばたきの回数」が際立って少ないことを発見した。

 

また、フライドマンらは、サイコパスの「遺伝子的特徴」を有する者に対してギャンブル課題を行わせた。その結果、彼らは自分に有利な場面で一貫してリスクを取り続け、結果として高額な報酬金を手にすることができた。つまり、リスクに伴う不安をものともしなかったのである。ただし、「遺伝子的特徴」が何かは示されていない。

 

著者らの研究では、サイコパス傾向のある大学生とそうでな大学生を対象に、安静時およびリスクのあるギャンブル課題時の生理的反応(心拍数、皮膚電気反応)を比較した。しかし、有意な差は見られなかった。サイコパス「傾向」、すなわち行動や感情の特徴がサイコパスと類似しているだけでは「真のサイコパス」ほどの偏りを生じないということだ。これは、生理的反応の異常が「真のサイコパス」を特徴づけることを示唆している。

 

以上より、真のサイコパスには生理的反応の異常が存在し、「恐怖」や「不安」が欠如しているため、彼らにとって「死刑」という罰による抑止効果はないと結論付けている。

 

 

サイコパスの共感性

次に、サイコパスの「共感性の欠如」に関する研究を紹介する。

 

ブレアらは、刑務所および司法病院に入所中のサイコパスと一般男性に、さまざまなスライドを見せ、生理的反応を測定した。スライドの中には、「泣いている大人」「泣いている子供」のクローズアップ画像などが含まれていた。

 

しかし、サイコパスはこれらのスライドを見ているあいだ、皮膚電気反応はほぼ変化しなかった。この結果からブレアは、サイコパスは他人が示す恐怖の情動に心が動かないだけでなく、表情自体を十分に認識できないと主張している。

 

表情の認識に異常があることにまで言及した根拠は明記されていないが、各スライドの表情に適切な表現を答えるような課題(「悲しみ」「不安」「怒り」「憂鬱」の中から1つ選ぶなど) も行っていたのだろう。

 

また、プファビガンらは、サイコパス犯罪者に、他者が苦痛を体験しているビデオを見せ、その反応を調べた。その結果、彼らは質問紙調査では共感を示したものの、視聴中生理的反応には何の変化も見られなかった。つまり、「共感しているフリ」をしていただけで、心は何も動いていなかったのだ。

 

悲しみだけでなく、怒りの表情への反応にも異常が見られる。

フォン・ボリエスらは、スクリーンに様々な表情を映し出し、ジョイスティックを操作することで顔を拡大・縮小できるようにした。一般男性は、怒りの顔が現れたときには画像を縮小し、笑顔の場合には拡大する傾向があったのに対し、サイコパスは、反応に差が見られなかった。

 

人間は、相手の怒りを認識すると、それに対する「回避反応」を引き起こす。これはちょうど、一次的サイコパスに異常が見られる「行動抑制システム」の一つだ。これがうまく機能していなければ、共感に基づく暴力の抑制が起こらない。

 

ブレアによると、このような暴力抑制装置は、まず他者の顔を認識することで活性化され、生理的反応(心拍数の増加、すくみなど)や感情が引き起こされ、相手の表情や周囲の状況に対する注意力が上昇する、といった一連の反応が自動的に生じる。

 

しかし、サイコパスそもそも他人の表情を見分けることができない。そして、恐怖や苦痛の顔を見せられても、そこにある感情を読み取ることができず、自分の感情も動かない。そのため、過剰に他人を痛めつけるような”冷徹な”暴力が起こる。これが「共感性の欠如」である。

 

一方、目元を見て表情を当てるテストでは、サイコパスは一般人よりも高い正答率を出すことを示した研究もあった。「共感性の欠如」は「表情の認識の異常」によるという説明については、まだ議論の余地があると感じる。

 

 

サイコパスの注意力

注意力は「実行機能」に大きく関与する。

計画を立て、計画通りに実行できているかモニターし、一つ一つの行動を遂行していく。場合によっては、状況に応じて臨機応変に行動を調節する必要がある。

 

ジュダイとヘアは、受刑者にテレビゲームを行ってもらいながら、ピッという電子音(妨害刺激)を聞くという課題を行わせ、その際の心拍や皮膚電気反応を測定した。

 

その結果、サイコパスは邪魔な音にも妨害されることなく、淡々とゲームを続けることができた。皮膚電気反応も小さく、試行を重ねてもほぼ変化が見られなかった。

 

一方、非サイコパスは妨害刺激に邪魔されがちで、生理的反応も大きかった。しかし、試行を重ねるにつれて反応は小さくなり、妨害刺激を無視することができるようになった。

 

この結果から、サイコパスは、自分が取り組んでいることや関心のあることに注意を集中し、妨害刺激を無視することができる「能力」があることが示された。

 

しかしながら、サイコパス自分の利益を追求するあまり、他者の利益や感情を無視する傾向と関連すると考えられる。

 

以上の研究から、「説明理論」として次の3つのモデルが提唱されている。

 

①恐怖機能不全モデル -「恐怖心の欠如」に着目

②暴力抑制装置モデル -「共感性の欠如」に着目

③反応調節モデル      -「注意欠陥」に着目

 

著者は、「これらのどれが正しく、どれが間違いというものではなく、ここで述べてきたサイコパスの病理のどこに一番着目するかによって、理論がそれぞれ異なる」と述べている。

 

 

サイコパスの脳

これまで何度も説明してきたように、サイコパスの脳の異常として最も際立っているのが「扁桃体の異常」と「内側および眼窩前頭前皮質の異常」である。

 

「恐怖、不安、共感性、良心の欠如、冷酷性、残虐性、衝動性、生理的反応の異常」という特徴は、扁桃体の異常との関連が繰り返し示されている。サイコパス扁桃体には容積の減少や、左右非対称性が見られる。

 

また、内側前頭前皮質や眼窩前頭前皮質といった「良心」や「共感性」と関連のある領域の異常が見られる一方、「冷たい脳」と呼ばれる背側前頭前皮質の障害はなく、冷静に計画を立て、冷酷な犯罪を行い、反省もしないというサイコパスに特異的な特徴が現れる。

 

また、神経伝達物質についてはドーパミンの過剰」や「ドーパミントランスポーターの異常」が見られており、サイコパスが過剰に刺激や快楽を求め、衝動的に薬物使用、放縦なセックスなどに動機づけられることと関連があると考えられている。

 

さらに、主にセロトニンの分解を担うモノアミン酸化酵素A(MAOA)遺伝子の変異によってセロトニン過剰」がもたらされる。一般にセロトニン濃度の増加は、抗うつ薬がそれを目指すように、不安や怒りを抑えるといったポジティブな効果が期待されるのだが、発達の初期からセロトニンの過剰が持続する場合には話が変わってくる。

 

ファロンによれば、発達の過程で「セロトニンの過剰」に対して「恒常性」がはたらくと、脳内のセロトニン受容体の数が減少する。つまり、セロトニンに対して感受性がなくなってしまう。

 

扁桃体はストレスを感じ取るとストレス反応を引き起こすと同時にセロトニンの放出を促し、それを抑制するという機能もあるのだが、サイコパスの脳はセロトニン感受性が低いために怒りが持続してしまい、攻撃性が現れてしまう。

 

 

遺伝と環境

サイコパスの概念が登場した当初、その病理は「精神分析」や、それに付随する「愛着理論」によって説明されていた。

しかし、著者はこれらに対してエビデンスがない」と一蹴する。

 

マーシャルとクックは、サイコパスと非サイコパスの男性を対象に、非虐待経験について調査したが両群に有意差は見られなかった。同様の結果は、繰り返し報告されている。

 

また、ブレアは愛着理論について「愛着形成ができなかったからサイコパスになったのではなく、サイコパス的な素質を持って生まれた子供だから、愛着形成ができなかったのではないか」と指摘している。

 

 

僕は「少年は残酷な弓を射る」という映画が好きなのだが、この映画はまさにサイコパス的な特徴をもつ子供と母親の関わりを示しているように思える。

 

少年は周囲の人間の前では「良い子」を演じる一方で、母親と二人きりのときには無視や挑発をして貶めようとする。時には心を折られながらも、健気に接そうとする母親の姿は美しく切ないのだが、それとは裏腹に残虐な事件が次々と起きてしまう。

 

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言うまでもなくフィクションなので「エビデンス」にはなり得ないのだが、虐待によって彼らがサイコパスになったのではなく、サイコパス”だから”虐待を受けた、という可能性を考慮しておく必要はあるだろう。

 

 

「暴力の解剖学」の著者でもあるレインは、反社会的行動に対する遺伝と環境の寄与率を分析した結果、遺伝率は0.96という驚くべき結果を示した。

つまり、人が示す反社会性のばらつきの96%が遺伝で説明できるのだ。さらに「共有環境」の影響はゼロで、「非共有環境」の影響は4%だった。これほどの遺伝の影響に匹敵するのは「身長」くらいだ。

 

 

とはいえ、妊娠中に母親が”週一回”飲酒しただけで、子供の素行障害のリスクが倍増すること、たばこを1日10本吸った場合、子供が素行障害になるリスクは4倍にもなること、またケンブリッジ研究と呼ばれる、ロンドンの男児を対象に40年間の追跡長差を行った研究では、「父親の不関与」の有無がサイコパスと非サイコパスの数に6.5倍もの差をもたらしたことが示されている。

 

 

本書はさらに踏み込んでサイコパスの治療進化論的な考察「悪」とは何か、といった話にも触れている。いずれも「エビデンス」に基づいて描かれているので、興味のある人は本書を読めば、サイコパスに対する洞察をさらに深めることができる。

 

 

参考

 

サイコパスの真実 (ちくま新書)

サイコパスの真実 (ちくま新書)

 

 

環境要因 -虐待・貧困・非行-

 

今回参考にするのは、鈴木大介「最貧困女子」だ。

珍しく、社会系の話になる。

 

この本は「最貧困女子」、すなわち3つの無縁(家族、地域、制度の無縁)3つの障害(精神障害発達障害、知的障害)といったリスクをより多く抱えた女性が、現行の福祉制度では”捕捉”できないことを暴き出す本だ。

 

僕はそのスタート地点に「虐待」が存在し、彼女らが泥沼に沈んでいく過程でサイコパスの「環境要因」と呼べるものが多くあると感じた。

 

一般に、その人の性格形成に影響を及ぼすものは50%が”遺伝子”、そして次に”幼少期の友人関係”が大きいと言われており、”親の育て方”による影響は比較的小さい

 

そうした観点から、虐待は環境要因としての影響が小さいと考える人もいる。

 

しかし、実際に虐待を受けた少年少女がどのような生活を送るのかを知れば、少しは見方が変わるかもしれない。 少なくとも僕はそうだった。

 

今回はすべてを科学的に語ろうという訳ではない

その代わりに、十分に想像力を働かせて読んで欲しい。

 

 

虐待

殴る、蹴るなどの「身体的虐待」

「お前なんか生まれてこなければよかった」といった言葉による「精神的虐待」

十分な食事を与えない、保育園に行かせないなどの「ネグレクト」

そして実の子供を強姦するといった性的虐待

これらすべて、子供たちにとって途轍もないストレスだ。

 

サイコパスに見られる「眼窩前頭前皮質の障害」は、脳が頭蓋骨の中で安定していない幼少期であれば  ”激しくゆすられただけ” で容易に起こりうる。

ましてや灰皿で殴ったり壁に頭を打ち付けたりすれば、言うまでもない。

 

 

このほかにも、「愛情剥離による対人様式の変化」「性的に奔放な性格」「過剰ストレスによる海馬の委縮と反応的攻撃性の増大」「栄養失調による発達の阻害」「知的な発達の遅れ」など、虐待は様々な負因に繋がりうる。

 

これらはサイコパスの「情動面」や「対人面」のスコアを高める

 

 

同年代の非行コミュニティ

虐待を受けている子供は、いじめの被害にも遭いやすい。

給食費の滞納、みすぼらしい服装、痛ましい外見、情緒的な不安定さ。

”親の子育て” は ”幼少期の友人関係” にも影響を及ぼすと考えられないだろうか。

 

いじめに遭わなかったとしても、勉学に励める環境とは言い難い。

 

もはや”家”は安全な場所ではない。

同じような境遇の子供たちが集まり、夜遅くまで外出するようになるかもしれない。

 

とくにネグレクトを受けている場合、算数よりも先に、食べ物の万引きを覚える。

それに味を占めれば、犯罪行為は次第にエスカレートしていくだろう。

 

そしていずれは問題が発覚するのだが、補導した警察官は「家庭の事情」には関知せず、件の機能不全家族の元へ帰すことになる。

 

これは虐待を受ける子供たちにとって、ある意味での「裏切り行為」だ。

こうして非行グループ内の結びつきが強化されていく。

同時に、社会に対する斥力も強化されるという泥沼化が始まる。

 

これらは、サイコパスの「反社会性」のスコアを高める。

 

地域コミュニティの脱出と性産業

虐待が長期間に及ぶ場合や、非行グループに留まることがあまりにも苦痛な場合、そのような子供たちはその地域から避難せざるを得なくなる。

 

家族、制度、地域の3つから孤立した人の気持ちは、僕には到底理解できない。

そうした子供たちは「金」「住居」「通信手段」を持っておらず、路上で過ごせば補導・送還されてしまう。

 

そんな中、声をかけてくるのが「ホスト」「スカウト」「風俗嬢」「売春男」だ。

彼らは一見優しく、彼女らにないものを与えてくれる。

これが、彼女らの世界では唯一のセーフティネットとして機能する。

 

大抵は18歳になるのを見越して安全基地を提供するのだが、場合によっては年齢を偽って性産業に組み込まれたり、違法な売春を行うようになる。

 

しかし、中には容姿が優れていなかったり、精神的に病んでしまった人もいる。

そうした人は性産業からも見放され、さらなる苦難を強いられる。

 

このような人こそ、著者のいう「最貧困女子」だ。

 

 

 

ここまでの話には、多くの分岐点がある。

そのため、虐待の影響を定量的に見ることは難しい。

サイコパシースコアと虐待経験の相関だけでは、この部分が不可視化されてしまう。

しかし、科学的な立場を取ればそれは仕方のないことだ。

 

 

ただ、僕らは「虐待」という闇の深さに理解を示すべきだと思う。

環境要因としてのストレスを、単なる「遺伝子のスイッチを押すもの」と考えるのは少し浅はかだ。

 

そのストレスを乗り越えようとするとき、彼らは多くのことを「学習」する。

良心の欠如罪悪感の欠如などは、その過程で獲得されるものと考えることもできる。

 

こうした機能は前頭前皮質が担い、二十代まで発達し続ける。

しかし、例の環境ではその回路を形成するような刺激が殆どない。

 

 

ところで「暴力の解剖学」という本では、機能不全の兆候のある家庭を対象にした、かなり大規模なプログラムが紹介されていた。

そのプログラムでは、彼らに対して十分な食事、子供や親の教育、精神的なケアなどを徹底して行う。

 

その結果、かかった費用を上回る経済的利益が生まれることが分かった。

さらに彼らの反社会性を大きく減少させており、それを含めれば、社会的にもかなりの利益が期待できることを示唆している。

 

たしかに性産業と競合する形で「最貧困女子」に対するセーフティネットを整えるのは、功利的に見れば悪手かもしれない。

しかし、このプログラムのような予防的介入は確実に社会を良くすると僕は考えている。

 

さらに「妊娠中絶の合法化」によってハイリスク母親(片親、若年齢など)の数が減少し、それが犯罪件数の減少に繋がったケースがあると主張する研究者もいる。

 

これらを考慮すれば、僕はサイコパスを「科学」する一方で、治療や予防を考える上では「社会」的な面も十分に加味する必要があると感じた。

 

つまり、科学的にサイコパスの原因が遺伝子や脳機能の異常だと判明したからといって、彼らへのアプローチを遺伝子操作や脳内の幹細胞移植、薬物治療など、より負担の大きい個人的なものに依存する必要はない。

 

環境要因の重要性はここにある。

 

 

次回は、このプログラムの科学的根拠と内容を詳しく見ていこう。

 

 

 参考

最貧困女子 (幻冬舎新書)

最貧困女子 (幻冬舎新書)