サイコパス・インサイド ①

今回は、ジェームス・ファロン 著「サイコパス・インサイド」を解説する。

彼は著名な神経科学者だ。家族の脳画像診断をしていた時、彼自身がサイコパスの脳をもっていることが判明した。しかし、彼に逮捕歴などはなく、社会に適応的な形でサイコパシーを発揮している。そのため、この本はサイコパスの亜種(彼は”マイルド・サイコパス”と呼んでいる。これは僕らがターゲットとしてきたタイプのサイコパスだ)を神経科学的、遺伝的に理解できるだけでなく、彼の自伝からも有用な情報が得られるだろう。

 

MAOA仮説

セロトニン神経伝達物質の1つであり、うつ病双極性障害統合失調症などに関連している。この分解酵素はMAO(モノアミン酸化酵素)であり、このうち"MAO-A"タイプには遺伝子短形型が存在する。短形型のMAO-Aは攻撃的行動と関連しているため「戦士の遺伝子」とも呼ばれる。

この遺伝子多型はMAO-Aの産生を低下させるため、セロトニンを含むモノアミンの過剰をもたらす。胎児期におけるセロトニン過剰状態は、この作用が軽減する方向に脳の発達を促す。こうしてセロトニン作動型の脳領域は機能不全(セロトニン抵抗性)に陥る。

実際、「戦士の遺伝子」をもっている人は「扁桃体、前帯状皮質、眼窩皮質(すべてサイコパスに見られる機能不全領域)」の容積が8%減少していることがアンドレアス・マイヤー・リンデンバーグらの研究で示されている。

ストレス反応においてストレス刺激は扁桃体を活性化させ、セロトニンの産生を促す。セロトニン抵抗性を持つ人はストレスが緩和されず、「怒り」が長く持続してしまう。

しかし、扁桃体や眼窩皮質などが機能不全のサイコパスはそもそも「ストレス」や「不安」を感じにくいことが多い。

これは一見矛盾しているように感じられるかもしれない。「戦士の遺伝子」は怒りを持続させる「セロトニン抵抗性」をもたらす一方で、ストレス感受性を低下させる「器質的機能不全」をもたらすからだ。個人的には「戦士の遺伝子」を発現している人のパーソナリティは「普段はおとなしいがキレると怖いタイプ」と解釈している。

これが科学者のいう「攻撃的行動」なのか? それは明らかではないが、遺伝子から行動を説明するのは一筋縄ではいかないことは理解できる。

もちろん、これだけでサイコパスのすべては説明できない。

攻撃性を「反応的攻撃性」と「道具的攻撃性」に分類する重要性は無視されており、「誇大性」「病的な嘘」「良心の欠如」といったサイコパスにおける他の重要な特性を予測できる遺伝子も特定されていない。

 

環境要因としての虐待

少年鑑別所における35人のサイコパス犯罪者の調査では、その70%に幼児期における重大な虐待が認められた。著者は「信頼できる記憶が形成されるのは3,4才頃である」こと、「虐待者の危害を防いだサイコパス」の存在を鑑みて、その確率は99%であると推測している。

僕は犯罪者のサイコパスには興味がないので、彼の推測の妥当性に言及はしない。ここで注目するのは、「虐待が実際に何をもたらしているのかを明らかにすること」「虐待を受けていないサイコパス犯罪者にそれは見られるのか」だ。

虐待はやはりストレス反応に関与しており、ストレスはストレスホルモンのコルチゾールを放出させ、コルチゾールはDNAにメチル基を転移させる。これは後天的遺伝子修飾の1つであり、遺伝子発現のON/OFFを操作する。

こうして、同じ「戦士の遺伝子」をもっている人でも「虐待」を受けたかどうかで事情が異なってくる。実際、アヴロジャム・カスピらによる研究では「戦士の遺伝子」と「虐待」を有している男性の85%が反社会的になり、「虐待」のない「戦士の遺伝子」を持つ人では攻撃性がはるかに小さくなることが明らかになった。

 

三脚スツール理論

これまで何度も述べてきたように、サイコパスの原因は「遺伝子と環境」だ。

著者は「三脚スツール理論」として、①前頭前皮質眼窩部、側頭葉前部、扁桃体の異常な機能低下 ②遺伝子のハイリスクな変異体 ③幼少期早期の精神的、身体的、性的虐待 がサイコパシーを説明する枠組みであると主張する。

著者は「戦士の遺伝子」や「器質的機能不全」をもっているが「虐待」はなかったために投獄されずに済んでいると考えている。これは一見、筋が通っているように思える。しかし、彼はある研究者に「”5-HT2A遺伝子変異体”をもっているのでは?」と問われる。

5-HT2Aはセロトニン受容体の1つであり、この受容体の「高性能版」をもっているために眼窩皮質をほぼ完全に不活動化させると考えられる。眼窩皮質は「道徳心」や「自制心」に関わっている領域であり、その機能不全はサイコパシーを説明してくれる。「セロトニン受容体が高性能ならば眼窩皮質は機能不全になる」という命題の真偽は明らかでないにせよ、このように単一の遺伝子異常(多型)と「虐待」だけでサイコパシーを説明しようとする危うさを教えてくれる。

 

次回はサイコパシーを神経科学的な面から詳しく説明していく。