結局、サイコパスは「〇〇〇が欠如した人間」である。

サイコパスって何?」と言われてもピンと来ない人は多いかもしれない。

これまでサイコパスについて語ってきたが、ここで一度考えをまとめてみよう。

解説の難易度は徐々に上がるので、適当なところで読むのを辞めてもらって構わない。

 

結論:サイコパスとは「恐怖心が欠如した人間」のこと。

 

他にも、サイコパスには

「共感性の欠如」「良心の欠如」「他人を操る」「衝動性」「傲慢」

「表面的な魅力」「口が達者」「病的な嘘」「無責任」「反社会性」

などの特徴があった。これらを全て「恐怖心の欠如」から説明しよう、というのが今回のテーマだ。では始めよう。

 

 

共感とは、他人の感情を追体験することだ。

オリンピック日本代表選手がメダルを取り涙を流す。

その姿を見て、まるで自分の事のように追体験し涙ぐむ。

 

しかし、サイコパスには恐怖心が欠如している。

そのため、他人が恐怖している様子を見ても”追体験”ができない。

これが「共感性の欠如」だ。

 

良心とは、道徳的に振る舞おうとする意識だ。

ふつう、反道徳的な行動(罪)をするとを受ける。

罰から学習し、人は罪を控えるようになる。

つまり、道徳的に振る舞おうとする。

 

しかし、サイコパスには恐怖心が欠如している。

そのため、「罰を恐れて善を為す」ことができない。

これが「良心の欠如」だ。

 

人を騙すのは道徳的ではない。

しかし良心が無いので手段として学習できてしまう。

これが「他人を操る」性格を形成する。

 

罰を受けると理解できても恐れることができない。

その分だけリスクを低く見積もり、利益に飛びついてしまう。

これが「衝動性」だ。

 

自分に罰を与えるのは大抵が目上の人間だ。

しかし目上の人間に対する恐怖はない。

これが「傲慢さ」につながる。

 

一方で、「利益を求めて善を為す」こともできる。

それが「表面的な魅力」だ。

 

嫌われることを恐れず、好かれることだけを考え実行できる。

人によっては「口が達者」に映ることもある。

嘘がバレることを恐れないので「病的な嘘」をつく。

それは「無責任」な印象を与える。

 

これまでの話を犯罪に拡張すると「反社会性」になる。

大抵、罰の損失を”理解”することで犯罪を抑えようとする。

 

詳しい解説に入ろう。

実は「恐怖心の欠如」は必要条件に過ぎない。つまり「恐怖心が欠如した非サイコパス」は存在する。ただし恐怖心が平均よりも強いサイコパスはいない。

 

「恐怖心の欠如」は扁桃体の機能不全が原因だ。

何が扁桃体の機能不全をもたらすかは不明である。一般に、扁桃体「恐怖条件づけ」に関与する領域とされる。「恐怖条件づけ」とは、特定の刺激Aを加えると同時に恐怖刺激Bを与えると、特定の刺激Aだけで恐怖を示すようになる現象だ。車に乗っている(A)ときに事故が起きる(B)と、車に乗っている(A)だけで恐くなる。簡単に言えばトラウマだ。

 

罪を行った後に罰が与えられると、罪を行うこと自体を恐れるようになる。

こうした良心の形成過程を「道徳的社会化」と呼ぶ。恐怖心が欠如している人は道徳的社会化を経験せず、良心が形成されにくいと考えられる。”されにくい”としたのは、「報酬による道徳的行動の強化」は十分に起こりうるからだ。扁桃体には「罰」に反応する領域が存在し、その障害が顕著であるほどこの傾向は高いと考えられる。また眼窩前頭前皮質の障害は「衝動性」「共感性の欠如」をもたらし反道徳的行動を助長するが、本テーマである「恐怖心の欠如の結果」として生じる特徴ではないとも考えられる。

 

手段として用いられる攻撃、すなわち「道具的攻撃」は一般に反道徳的行為とみなされ、道徳的社会化により抑制される。ここで「道具的攻撃」は、「他人を偽り騙し操作する行為」も含む。

実は、この道具的攻撃性こそ「サイコパスとしての危険性」を表すものだ。

最悪の場合、「金の為に人を殺す」「快楽の為にレイプをする」などの行為にまで発展するのは容易に想像できる。

 

恐怖心が欠如した人間は、道具的攻撃が「恐怖心からは」抑制されない。

「損得勘定」による抑制ルートしかないのだ。このような「冷たい認知」による抑制ルートは「背外側前頭前皮質-扁桃体 経路」であり、一般にサイコパスでは活発な領域である。

これより示唆されるのは、知能が低く恐怖心の欠如した人間は合理的手段として容易に人を傷つける、ということだ。道具的攻撃以外の手段を「学習」しておらず、リスクの見積もり方が甘いタイプである。これが俗に言う「危険なサイコパス」だ。サイコパス診断のモデルはこのタイプに当てはまる。

 

f:id:mk8810b:20180215164728p:plain

 

しかし、知能が高ければ道具的攻撃性が低い、という訳ではない。

知能が高く恐怖心の欠如した人間は、道具的攻撃を巧妙に行うこともできる。直接的な暴力に訴えるのではなく、欺瞞・操作・洗脳といったスタイルへ複雑化する。なぜ道徳的な振る舞いをしないのか。それは単に恐怖心の欠如による学習障害もあるが、「愉快だから。」というのが主な理由だ。「対人操作は愉快だ」というサイコパスは多い。しかし、その思考に至るまでのメカニズムは詳しくは分かっていない。

 

このように、「恐怖心の欠如」だけでは説明のつかない特徴もいくつか見られる。また、「成功したサイコパスには恐怖心が少しあるとも言われている。これは、コミュニケーションに対する恐怖とコミュニケーション能力は基本的に反比例するが、極度な恐怖心の欠如は悪影響となる可能性を示唆している。