サイコパスを操作する

サイコパシーの理解から対策まで

人を操り支配する戦略と手法

人は誰しも、サイコパス的な特徴を示すことがある。

 

それは攻撃的かつ操作的なので、無意識に行わないよう注意を払うべきだ。

特に、自分は正しいとか良心的だと思っている人の操作はタチが悪い。

本当に良心的でありたいのであれば、この点にも気を配ろうと思うはずだ。

 

また、対人操作について学んでおくことは重要だ。

周りを見渡せば、世界はあなたをコントロールしようとするヒトで溢れている。

それから身を守るためには、相手の手口を理解しておく必要がある。

逆に、状況によっては他人を操作すべき時もあるだろう。

 

 

今回は、ジョージ サイモン 著「他人を支配したがる人たち」から、具体的な戦略と手法をまとめたものを紹介する。

 

 

否認

防衛機制のひとつと考えられている。

”耐え難い心理的苦痛から自分を守るために無意識のうちに用いられる、ある心理的状態”

 

たとえば、妻の死を受け入れられない夫が、動かなくなった脳波計を見てもなお「きっと助かる」と声をかけ続けている場合は「否認」と呼ばれる。

 

 

サイコパスの学生をイメージしよう。

自分の悪事をチクられたいじめっ子が先生に呼び出されたとき、「ぼくですか?ぼくが何かしましたか?笑」とすっとぼけるのは「否認」ではない。

 

彼には”耐え難い”と形容するための「羞恥心」や「罪悪感」、あるいは「不安」といったものが完全に欠落している。

彼がいじめの事実を否定したのは無意識の「防衛」ではなく、自分の行いをハッキリと意識した上での「攻撃」とも呼べる、たんなる”嘘”である。

 

たとえいじめの目撃者を連れてきて”嘘”を見破ったたとしても、次のように答えるだろう。

 

 

「はいはい、わかりました。わかりました。」

「もしかすると、ちょっと小突いたのかもしれません。」

 

でも、それはあいつのせいです。今週からずっとしつこく付きまとわれていたんですよ。」

 

 

考慮しておくべき効果

サイコパスは巧みに感情的言動を動員し、対人操作によって自らの欲望を達成する。

そのうえで、いくらかの相乗効果が生じる。

 

  1. 自分の好戦的な意図を隠せる
  2. 頻繁に用いることで被害者を守勢に追い込める
  3. 常習的に用いることで反社会性が高まる一方、対人様式としては自分が得意とする方法として強化される。
  4. 彼らの言動をしっかりと理解できる人などほとんどいないので、他人を搾取したりコントロールする手段として、極めて効果的な手口になる。

 

 

サイコパスを見抜くためには、いくらかの行動パターンに気を配る必要がある。

特に重要なことは、「相手の敵意に気づき、それを認めること」である。

 

特に親しい関係の場合、「あの人が私を騙すはずがない」「自分が騙されるはずがない」と認知を歪めてしまうことが多い。

そして当のサイコパスも、あなたがそう思うように注意を誘導するだろう

 

 

具体的な戦略

  1. 矮小化

神経症的傾向の強い人は、些細な事でも大ごとのように受け止める。

一方、サイコパスは自分の悪事を「ありきたりで些細なもの」に見せかけようとする。

先ほどの例でも、いじめ行為を「ちょっと小突いただけ」と矮小化していたわけだ。

 

彼の言動について、「受け手がどう感じたか」よりも「自分がどんなつもりで行ったか」を強調してくる時、それは自分について理解して欲しいというよりも、たんなる自己正当化が本当の目的であるかもしれない。

 

 

  1. 虚言

嘘を見抜くためには、「相手は自分を欺いてくるだろう」と考えておくほかない。

見抜きにくい嘘をつくこともあるし、面白半分のときもあるし、明らかに嘘だと分かる時でさえ、彼らはそれを躊躇いなく口にできる。

 

サイコパスの虚言の弄し方は芸術の域に達している。

お決まりのパターンとしては、後から「あぁ、言ってなかったっけ?」と誤魔化すための”重要なことを伝えずに嘘をつく”方法がある。

この嘘は事実を並べるだけでも作ることができる。

さらに、重要な部分以外を無駄に細かく伝えることで信憑性が増す。

 

いじめを例にすれば、「ちょっと小突いただけ」と矮小化しながら「”今週から”ずっとしつこく付きまとわれていた」と脚色している。

 

”今週から”と敢えて言うことで信憑性が増すのは間違いないし、付きまとわれていたという事実はいくらでもでっち上げることができる。

そして重要なことに、「小突いたこと」への注意が逸らされる。

教師が「付きまとわれていたって、どういうこと?」と聞いてしまえば、彼の思惑通りというわけだ。

 

 

  1. 否認

これは防衛機制ではない。

自分の悪意を隠すため、あるいは、思いのままに振る舞える権利を自らに授ける行為だ。

彼らの本心である独善的な欲望ですら簡単に否認し、より認められやすい大いなる目的に従っていると演じることができる。

それとも、自分すら騙し切っているのだろうか。

 

一部の過労気味な社会人が「俺は一生好きなことをして生きるんだ」と否認し、取り返しのつかないことになる一方、「嫌なら会社をやめなさい」と言っている人はサイコパス的な否認で、独善的な欲望をセンセーショナルな人生哲学やポジショントークにすり替えて語っているのかもしれない。

 

 

  1. 選択的注意

自分にとって都合の悪い願いや警告、申し立てをわざと無視する行為である。

「そんな話は聞きたくもない」と言いながらも、相手が何を求めているのかは十分に理解している。

そもそも、たとえそれが善意であっても、他人のアドバイスや忠告を”検討する”ことですら、相手に服従する行為に他ならないと感じるだろう。

 

このような相手に対しては、彼らをあえて無視することで「相手にされない不快感」を経験させることが重要になるが、過剰に敵対的に行うのは良くない。

 

自分にとって耳の痛い話でも敢えて聴こうとする人は信頼に値するし、お互いにその努力を称え合うことで健全な自尊心と相手に対する尊敬をもつことができる。

そもそも、僕らは初めからそういう関係性を目指すべきだと思っている。

 

 

     5. 合理化

サイコパスが不適切、あるいは害をもたらすと自分でも理解している行為を行うとき、その口実のために用いられる。

これによって攻撃者自身が内心で感じている抵抗感が取り除かれ(良心であれば、それを黙らせる)、相手の口出しも封じることができる。

自分がどんなつもりであれ、相手がその行為の正当性を認めれば、邪魔されることなく自分の目的を推し進めることができる。

 

いじめ行為では「付きまとわれたから」と理由があるように見せかけ、いじめられる側にも非があったことを暗に示そうとしている。

彼らの行為の正当性が疑われたとき、彼はその行為に至った十分な理由があると合理化する一方で、相手の行為についても言及し「罪悪感を抱くように仕向ける」かもしれない。

 

 

     6. 話題転換

国会答弁でよく用いられる手法だ。

YES/NOで答える質問に対してハッキリと答えず、別の話にすり替える。

選択的注意は「返事の中で」重要なポイントではなく、些細な点に注意を逸らす一方、こちらは都合の悪い「話題自体」を変えてしまう。

 

 

  7. 暗黙の威嚇

たんなる視線での威嚇だけでなく、言葉のナイフを首元に突き立て「少しでも声を出したらどうなるか」という方法もある。

彼にとって都合の悪いことを相手が行いそうな場合、もし行えば相手にも不都合が生じるだろうと”仄めかす”のだ。

たとえば社内でセクハラやパワハラが発覚したとき、マネージャーのあなたがそれをもみ消したければどうするだろう?

 

 

    8. 罪悪感を抱かせる

これは特殊な威嚇法だ。

相手が罪悪感や羞恥心、良心をもっていることを彼らはよく理解しているので、それに付け込んで相手の自身や不安を揺さぶり、自分の意に従わせることができる。

 

DVを振るう夫は、家を出ていこうとする妻に対して「子供がどうなってもいいっていうのか?」とか「お前がいなかったら俺はもうダメだ・・・」など、本心ではどうでもいい事柄から相手の良心に訴えかけ、罪悪感を抱かせる。

 

あなたがサイコパスに対して罪悪感や良心が欠けていると感じ、それに耐えかねず何らかの行動に出ようとしたとき、当のサイコパスは人間の皮を被り、「あなたの方が罪悪感や良心が欠けている」と説得する。

かなり堪えるのではないだろうか?

 

あなたが自分を信じる限り、その時に限っては罪悪感も良心も捨てるべきだ

そして、決別してから後悔したり気を揉むのは時間の無駄だ。

それとも、一生利用される道を選ぶのだろうか?

 

 

 9. 被害者を演じる

相手の同情を得ようと、意図的に不運な人間や傷ついた被害者を演じ、相手の感情をかきたてる。重要なのは自分が本当に苦しいかどうかではなく、「相手が自分を被害者だと思うかどうか」である。

 

つまり、あなたは「彼は実は可哀そうな人なのかもしれないと心配するかもしれないが、その感情を抱かせることが目的だ。

仮にそうだとしても、何らかの物質的な奉仕や、彼の身勝手を許す理由にはならない。

 

 

  10. 人をそそのかす

サイコパスは人を称賛し、他人を有頂天にさせるのが得意だ。

お世辞やこれ見よがしに援助の手を差し伸べることもあるが、いずれも相手の警戒心を解き、自分に対する信頼や忠誠心を引き出すための手段に過ぎない。

人はだれしも何らかの精神的な欠乏や依存を感じ、それを満たすために他人の称賛や承認、評価、特別な存在だと認められたいという願いを抱えている。

こうした人間心理に精通し、相手の欲求を満たしてやれると思わせることで影響を及ぼすような人は、カルトの教祖など、一方ではカリスマと呼ばれるようなタイプだ。

 

 

  11. これ見よがしな威嚇

サイコパスと自己愛」でも述べたように、怒りは所詮手段に過ぎない

つまり、威嚇することで相手を都合よく操作しようと試みる。

「最初に怒りありき(=反応的攻撃)」ではないのだ。

ただし、もしもその企みが拒まれたときには彼らは本当に怒り出す。

 

 

 

ここで紹介した手法を見破るのは簡単ではない。

そのため、普段から意識して本能的なレベルで勘を研ぎ澄ます必要がある。

 

こうした行動を行うサイコパスを憐れんで、「あなたに変わってほしい」とか「私なら変えられる」と思うのは間違いだ。

そもそも、こうした行動それ自体が自分自身を変えることを拒んでいる具体的な抵抗の証なのだ。

 

時間が過ぎれば事情も変わるなどと、甘い期待を持つべきではない。

サイコパスとは毅然とした態度で決別するか、尊敬を持ってフェアに関わる努力を促さない限り、相手はその手法に成功体験を積み重ね、パターンを強化させることになる。

彼らの行動を甘んじて受け入れることは、あなた自身が彼のサイコパシーを強化しているに他ならない。

 

 

次回は、具体的にサイコパスとの関係を改める方法を紹介しよう。

 

文庫 他人を支配したがる人たち (草思社文庫)

文庫 他人を支配したがる人たち (草思社文庫)