サイコパスの扱い方

 

前回は、サイコパスが対人操作で用いる手法について説明した。

今回はそれを踏まえて、彼がサイコパスだと判明した後の関わり方について解説する。

 

 

犠牲者になるのを避ける方法

  • 人間の本性や行動に関して、危険な誤解をしないこと
  • 相手の性格を正しく評価できる方法を知る
  • 自己認識力を高める、弱点を把握する。
  • 相手の手口を見極め、相応しい方法で対応する。
  • 負ける戦いには手を出さない

これが重要な指針となる。

それでは具体的な話に入ろう。

 

 

危険な誤解を避ける

あなた自身の人間観が脆弱であれば、それは付け込まれる弱みとなる。

特に致命的な誤解は、性善説や感情的な愛着、責任感や良心、罪悪感や恐怖感情をもつといった性質を含め、「人間は基本的にみな同じだ」という誤解だ。

境界性や自己愛性などの他のパーソナリティ障害と比べても、サイコパスの人間観や世界観、行動規範は共有することができない。

 

具体的には、境界性が他者を操作したり自己愛性が傲慢に振る舞う背景には、他者からの愛情や称賛を求めるといった情緒的な側面が多い。

一方サイコパスにとって情緒的なやりとりは、都合のいいジョークのようなものだ

対人操作は物質的利益を得るための手段に過ぎず、傲慢さは理想の自己との一致を図るからではなく、他人はモノに過ぎないという観念から生じるものだ。

あなたが情緒的な関係に固執する限り、サイコパスは演技をして搾取を行うだろう。

 

多くの人はサイコパスの行動の理由に疑問を抱きがちだ。

その困惑自体が弱みなのだ。

そのため、彼らは別の世界を生きているのだと理解する必要がある。

 

 

相手の性格を正しく判断する

普段、彼がどのように他者と関わっているのか、その付き合い方から性格を明らかにすることができるだろう。

 

「相手を押しのけて自分を押し通す」

「つねに勝利を考えている」

「有意な地位に必ず立とうとする」

「相手に”ノー”と言わせない」

「単刀直入な質問にきちんと答えない」

「悪意に満ちた行為を犯しながら言い訳をする人」

「あなたの罪悪感を刺激してくる人」

「手段を選ばず相手を不利な立場に貶め、自分の思い通りにしようとする人」

 

こうした特徴がうかがえるなら、恐らくサイコパス的な人物を相手にしているのだと確信できる。

さらに詳しく見ていこう。

 

 

自分の性格を熟知する

サイコパスが切り札としているのが、犠牲者がどのような性格かという知識だ。

彼らは、自分の戦術に相手がどう反応するのかを熟知している。

そうであるならば、あなたもまた自分自身について熟知し弱点を克服しておくのが合理的な手段だ。その際には、次のポイントを参考にするとよいだろう。

 

  1. 過剰にナイーブである

実生活で対人操作を受けていると気づいていながら、「相手はそんな人間であるはずがない」という”否認”をする傾向がある。相手の本性が狡猾で悪質だという証拠をどれだけ見せつけられても、こうした考えを認めることができない。そして繰り返し痛い目に遭っている。

 

 

  1. 過剰に良心的である

人に対してではなく、自分自身に対して厳しいタイプではないだろうか。

サイコパスを相手に「疑わしきは罰せず」とばかりに、墓穴を掘ってしまう。

傷つけられても相手の立場を斟酌するばかりで、どれほど自分が追い込まれても、原因はこちらにあると自分を責めてしまう。

 

 

  1. 自信に乏しい

サイコパスと対峙したときだけでなく、普段から人と関わる際に手際よく問題解決を図る能力に対する自信が乏しいかもしれない。このタイプの人が好戦的な人物に挑まれると、自己主張を早々に放棄して防戦一方にまわっていく。

 

 

  1. 理詰めで物事を考えすぎる

相手が攻撃的な行動に及ぶのは、それなりにもっともな理由があるからと考えているのなら、それは自分自身を欺くことにもなりかねない。

理由さえわかれば、状況を一変させるには十分だと信じ込んでいる。そうした考えから、たまたま納得するような理由に思い当たるかもしれないが、その時点で既に立場が不利になっている。

この世にはただ自分の欲望を満たすためだけに人を攻撃する(道具的攻撃性をもつ)人が存在するという、簡単な理屈を受け入れることができないのだ。

 

 

  1. 依存感情

服従的で、ひとりで主体的に行動することに恐怖を感じていないだろうか。

こういうタイプは、自身に満ち溢れる者、独立心旺盛な者、相手の好戦的な性格に最初から惹かれているのかもしれない。

関係が深まるにつれ、逆らって見捨てられるのを恐れるあまり、相手の言いなりになっている可能性がある。

 

 

展開を読んで手を打っていく

相手がどんな駆け引きに出てきてもいいように、頭に叩き込んでおく基本のルールがある。それは、「いずれの策略にも動揺してはならない」ということだ。

そして、正しいと思える要求と欲求にのみ従って応対する。

相手の振る舞いで自分の言動に対して受動的になったりせず、たじろがずに自己主張しなくてはならない。

 

 

負け試合には手を出さない

サイコパスに翻弄された人は明晰な思考ができなくなり、合理的に振る舞えなくなる傾向がある。相手に勝つことにこだわれば必ず直面する無力感と絶望、その思いが原因となって鬱状態に陥ってしまう。

 

ここでいう勝ち目のない戦いとは、「自分を操作しようとする相手を何とかして変えようとすること」だ。

この戦いの果てには、避けようのない怒りが待ち受けている。

欲求不満が募り、絶望が頭をもたげ、そして鬱状態になる。

そうした人は心の安定を失い、自分を律する気力さえも無くしてしまう。

 

 

具体的な対応方法

これまではサイコパスと対峙する上での心構えについて話した。

それでは、具体的なかかわり方について説明をする。

 

言い訳を聞き入れない

相手の不適切な行動に対する合理化を許してはならない。

その行動が害を及ぼすものであるならば、どんな理屈であっても不適切なものには変わりない。

 

相手がそんな言い訳を口にするのは、今の支配的な立場に固執しているからだが、そんな立場に留まろうとすること自体がそもそも誤りであるということを覚えておくべきだ。

 

相手がこちらに対して説得する権利は尊重するが、その言い訳を聞く耳はいっさい持たず、聞いたからといって自分の考えを変えるつもりはないということを知らしめることが重要だ。

 

 

意図ではなく行動で判断する

境界性、自己愛性、サイコパスに共通する行動について意図が違うという視点から分類行った。

しかし実生活においては、サイコパスは自分の行動を情緒的な意図で行っていると錯覚させることが可能だ。

 

そのため、相手の行為に対して「どうしてこんな行為に及ぶのか」と深読みしたりしてはいけない。相手の真意など知る由もないし、いずれにせよ行為としては不適切なものには変わりない。

 

特に重要なことは、あなたがそのように考えを巡らせることによって「注意が肝心の問題から逸らされてしまう」ということだ。

自ら進んで選択注意の罠にかかるのは馬鹿げている。

 

相手の意図によっては酌量の余地を与えようなどと考える人は、サイコパスにとってカモでしかない。

 

 

個人的な限界を設ける

対人関係において重要になってくるのは、次の二つの限界を設けておくことだ。

第一に、「相手の行為に対して、どの程度までなら許容でき、それを超えたら反駁するとか、関係を切るなどを決めておくこと」

第二に、「自分自身をもっと大切にするため、どんな行動とれるのか」

これを、あなたの意志と可能性の両面から決めておく必要がある。

 

「自分さえ耐えれば何とかなる」と考えて限界を先延ばしにするのは、人間関係の泥沼化を招く。

前回でも述べたように、そうしたメンタリティは相手のサイコパシーをさらに強化する餌でしかない。

 

 
はっきりと要求する

頼み事をするときは、自分が何を望んでいるのかをはっきりと相手に伝える。

必ず「私は」と語るようにし、曖昧な言い方を避ける。

「私は○○してほしい」「これ以上私に○○するのはやめて欲しい」と明確に伝える。

 

これによって次の効果が期待される。

第一に、相手から曲解される(あるいは意図的に誤解される) 余地を減らすことができる。

第二に、ダイレクトな要求にたいして曖昧な応答が返ってきた場合、こちらに対して攻撃の最中だとか、協力を拒んでいる、あるいは何らかの妨害を企んでいると知ることができる。

 

 

ダイレクトな返事だけを受け入れる

はっきりと要求したら、相手もダイレクトな返事をするように促す。

誤魔化してきた場合にはもう一度尋ねる。

その際、けんか腰や威嚇的な調子ではなく、「自分にとって重要な問題であり、ただちに対処すべきものだ」と敬意をもって主張する必要がある。

 

こうした率直なコミュニケーションが取れないタイプの人は、それゆえにサイコパスに利用される余地がある。

相手を変えようとするよりもまず、目の前にいる相手と対等に渡り合う度量が自分にあるのかを見極め、自分が変わる必要があるのだ。

 

 
相手を問いただすときには責任を突きつける

不適切な行為を問いただすのなら、こちらに責任を転嫁する策を弄してこようとも、相手が害を加えようとした言動そのものに注意を集中させなければならない。

非難や責任を転嫁する相手の思惑などを聞き入れてはならず、誤った行為を正すために「何をするのか」相手に要求し続ける。

 

相手の合理化には耳を貸さず、話題を逸らそうとする手口にも乗ってはいけない。

過ちを犯せば、それを変えるための重荷は当の本人が負わなければならない。

それについて、相手に対して個人的な憎しみや怒り、後ろめたさなどを感じる必要はない。「相手の言動がそれによってどう変化するか」、ただそれに注意を集中させる。

 

 

露骨な非難は避ける

サイコパスは、攻撃を仕掛ける口実探しに常に余念がない。

自分に向けられたいかなる敵意も”攻撃”と受け止め、それに応戦することは正しいことであるとさえ感じている。

また、性格について非難を受けると、否認や選択的注意、他罰というお得意の手口で攻撃してくる。

 

サイコパスに対して怖気づく必要はないが、その際に率直になりすぎて攻撃的になってはいけない(そう思われてはいけない)ということだ。

 
自分の意見を話す

サイコパスを相手にするときは、かならず「私は」という主語で語るようにする。

他の人間の意見を”盾”として用いるのは、自分が気後れしているという事実をみすみす白状するようなものだ。

自分の正当な権利を守るため、正々堂々と立ち向かう勇気を持つことが大切だ。

 

そして双方が納得できる win-win な合意を目指して話し合いを進め、お互いが約束を守るということを認めさせなければならない。

「お互いが得をする」状況を目指すことは非常に重要で、自己利益が行動原理であるサイコパスと建設的な関係を結ぶためには、この手段しかないと言えるほどだ。

 

 

これまで話してきたことは「サイコパスの扱い方」であるが、一般のコミュニケーションでも非常に重要になってくる。

 

前回の冒頭で「誰しもサイコパス的になる時がある」という話をしたが、感情的な人間でさえも、サイコパスの手口を無意識のうちに利用していることは多い。

 

サイコパスと関わりながら怒りを覚える人は、そうした疚しさが自分の中にもあるからだとしか思えない。

それを自覚し律する努力を考えたこともないからこそ、サイコパスの行動について感情的になるのだ。

 

お互いにそうした面があることを認められれば、最後のポイントである「お互いが得をする関係」に持ち込むことはできるはずだ。