サイコパスを操作する

サイコパシーの理解から対策まで

「成功したサイコパス」の解剖学

 

「成功したサイコパス

 

随分と俗っぽい呼び名だが、本来は「過去に犯罪経験のあるものの、逮捕歴のないサイコパスを指す言葉だ。逮捕されてしまった「成功していないサイコパス」との違いは何か、その興味がこの名前を生んだ。

 

ところが、僕らが一般的にイメージする「成功」というのは「社会的に高い地位と莫大な資産を持っている人」なのではないかと思う。そのため多くの人は、サイコパスの能力が社会で成功するために必要な資質であるかのように受け取ってしまう。

 

それは確かに拡大解釈なのだが、部分的にはあながち間違いではない。

 

 

今回は エイドリアン・レイン著 「暴力の解剖学」を参考に、科学者のいう「成功したサイコパス」を徹底的に解剖し、彼らについて適切な理解を得ることを目的に解説していく。

 

暴力の解剖学: 神経犯罪学への招待

暴力の解剖学: 神経犯罪学への招待

 

 

 

 

戦士の遺伝子

 

サイコパス・インサイド」の著者、ジェームズ・ファロンは、「三脚理論」として

 

①MAOA変異体などのハイリスク遺伝子

②眼窩前頭前皮質 扁桃体などの器質的機能不全

③幼少期における虐待などの高ストレス環境 

 

サイコパスを生み出す要因であると主張していた。

 

MAOA変異体こそがサイコパスの主要な原因であると見なす人も多い。

それは本当に正しいのだろうか?

 

 

MAOAとは「モノアミン酸化酵素A」のことで、脳内のモノアミン系神経伝達物質を分解する酵素だ。このMAOAの活性が低い変異体を有する人はモノアミンレベルが常に高く、攻撃性や衝動性を示すことがある。それゆえ、この変異型遺伝子は「戦士の遺伝子」と呼ばれる。そして人口の30%が「戦士の遺伝子」をもつ。

 

 

アヴロジャム・カスピらは、「低レベルのMAOAは、とりわけ子供が酷い虐待を受けた場合、のちに反社会的行動や暴力を導く」ということを発見した。これを受けて、ジェームズ・ファロンも③幼少期の虐待などの高ストレス環境 がサイコパスに結び付く要因であると考えたのだろう。

 

しかしながら、さらなる研究によって、被験者に虐待経験があるかどうかを問わず、戦士の遺伝子と反社会的な性格とのあいだの、直接的な結びつきが示されてきた。

 

もちろん変異による活性レベルは人それぞれ異なるものの、仮にも30%の人がもつ戦士の遺伝子をサイコパスの直接的な原因と見なすことはできない。そして「虐待」を受けた場合にサイコパスになる、ということも一概にはいえないのだ。(環境要因の存在を否定しているわけではないが)

 

 

さらに、戦士の遺伝子によってもたらされる攻撃性は、少なくとも「成功したサイコパス」像とは少し異なる。ロサンゼルスの研究では、戦士の遺伝子をもつ学生はより攻撃的な性格のみならず、人間関係に過敏に反応することが分かった。

 

つまり彼らは感情的に傷つきやすい。

また、社会的に排除されることに対して、脳がより強く反応した。

 

これは、個人的な中傷によって、彼らがいとも簡単に動揺することを意味する。戦士の遺伝子を持つ人は「自分への批判」に敏感で、それによって「衝動的」な攻撃性が高まる。

 

これまでに何度も反応的攻撃性と道具的攻撃性の違いの重要性を指摘してきたが、「戦士の遺伝子はとりわけ反応的攻撃性に関与する」と言えるだろう。

 

では、より「成功したサイコパス」に近い遺伝子変異はあるのだろうか。

 

 

高レベルのドーパミンセロトニン

MAOAが分解する「モノアミン系神経伝達物質」には、セロトニンドーパミンが含まれる。戦士の遺伝子はその活性が低いために、これらのモノアミンレベルを上昇させる。

 

同様に、「5HTT遺伝子」「DRD2遺伝子」「DAT1遺伝子」「DRD4遺伝子」はすべて、反社会的かつ攻撃的な行動と結びつけて考えられている。

 

ドーパミンは「衝動」や「モチベーション」を生み出し、報酬を求める行動に重要な役割を果たす。動物のドーパミンレベルを実験的に上げると、攻撃性が増大し、下げると減退する。いわば、自分の欲しいものに向かって僕らを動かす、「アクセル」のようなものだ。

 

 

一方、セロトニンはこれとはかなり異なる。

 前回の記事でも書いたように、セロトニンは”心の平穏”をもたらしてくれる。

 

うつ病の患者はセロトニンレベルが低いため、SSRIという抗うつ薬セロトニントランスポーターの働きを阻害することによってセロトニンレベルを上昇させ、不安や抑うつを解消することができると考えられている。

 

先ほどあげた「5HTT遺伝子」は、文字通りセロトニントランスポーター(5HTT)というタンパク質をコードする遺伝子で、これにはL型とS型の2つのバージョンがある。僕らのおよそ16%はS型を持ち、低いセロトニンレベルをもたらす。

 

そして情動による刺激に対して脳を過剰に反応させ、怒りを爆発させやすくなる。

これは、先ほどの戦士の遺伝子をもつ人に見られるような現象だ。

 

このS型5HTT遺伝子がもたらすような「安静時における低いセロトニンレベル」は、攻撃性の変動の10%を説明してくれる。そして、とりわけ衝動的な暴力をふるう成人に関しては再現性が非常に高い。

 

ある実験では、被験者のトリプトファン(セロトニンの前駆体)を枯渇させると、ゲーム不公平な申し出を受けると報復しやすくなることが示された。

 つまり、セロトニンが枯渇した状態では、何かイライラすることが起こるとすぐに気が動転するのである。

 

 

これとは対照的に、L型の5HTTは「ストレスに対する反応性が低い人々によくみられる冷酷で計画的なサイコパス的行動に、より密接に関与する」と言われている。

 

つまり、高いドーパミンレベルと低いセロトニンレベルを有する人が「衝動的に人を攻撃する」のに対して、高いドーパミンセロトニンレベルを有する人は「攻撃を自制できるか、道具的攻撃に切り替えることができる」といえるかもしれない。

 

ただし、L型は31%と言われているので、MAOA変異体と同様に解釈には気を付けなければいけない。

 

 

「手っ取り早く市販薬でサイコパスになる方法 」

トリプトファンチロシンを挙げたのは、このような背景からだった。

神経化学的、薬理学的なサイコパス研究については、次回で詳細に解説しよう。 

 

 

しかし、モノアミンの悪戯だけが「成功したサイコパス」を生み出すとは言えない。

 個人的な経験からも、セロトニンによる平穏さと自制心がある状態で「人を殺して金を奪ってやろう」とは微塵も思わない。

  

そこで次に、三脚理論でいう ②器質的な機能不全 をみていく。

少し寄り道をして、「成功したサイコパス」ではなく反応的攻撃性と道具的攻撃性の違いから紹介する。

 

 

「あとでぶっ殺してやる」

「成功していないサイコパス」は、怒りに焚きつけられてその場で感情的に人を殺してしまう。

 

 

こうした強い攻撃性は、扁桃体によって反応的、道具的を問わずもたらされる。

また「海馬」は攻撃性を”調節”し、刺激されると「道具的攻撃性」を解き放つ。

視床は情動機能を司るこれらの辺縁系領域と、調節機能をもつ皮質領域の中継所として機能する。

「中脳」は、焚きつけられると激しい反応的攻撃性を触発する。

 

これらの大脳辺縁系領域の活動を基準として、「反応的攻撃」の殺人犯と「道具的攻撃」の殺人犯を比較した研究がある。

 

その結果、驚くべきことに、いずれの殺人犯にも「より情動的な」右半球の大脳辺縁系領域に、高い活動を見出した。

 

多くの冷血な殺人者が装っている「どこにでもいる青年」という仮面の背後では、脳の深部にある皮質下領域の窯が煮えたぎっているのである。

 

 

いったい何が起きているのか?

両タイプの違いとして、冷血な殺人者は、比較的注意深く用意周到なやり方で自らの攻撃性を発露させることができるだけの調節能力前頭前野に」備えている可能性がある。

 

これは、今までに紹介してきた「扁桃体機能不全仮説」とは異なる見方だ。

(この仮説では、扁桃体などの辺縁系の機能不全により恐怖情動が生じない人がサイコパスだと主張していた。

しかし前頭葉仮説では恐怖情動は生じるものの、前頭葉機能の異常でサイコパスになると考える。)

 

 

嘘をつく脳

「~の為に殺す」といった道具的攻撃ではなく、「~の為に騙す」といった比較的ライトな道具的攻撃性を考えてみよう。

 

これは逮捕されるほどの行為ではないため、「成功したサイコパス」は常習的に行っている可能性が高い。

 

 

嘘をつくという行為は、非常に高度な認知的負荷を伴う。

それには「頭頂皮質」および前頭前皮質の活動が関与する。

単に真実を語るときには、これらの領域は一切活動の上昇がみられない。

 

嘘をつく能力は「複雑な実行機能」と「心の理論」を必要とする。

その嘘が相手にとってもっともらしく聞こえるように相手の立場で考え、怪しまれないよう行動を抑制したりするからだ。

 

 

また、道徳的な関心が強い人はそうした行動を取ろうとは思わない。

 

アンドレア・グレンは、サイコパス「内側前頭前皮質」「後帯状皮質」「角回」が、道徳的な意思決定を行っているあいだ正常に機能していないことを、また、そうした脳の特質が「うわべだけの人当たりの良さ」「欺瞞」「自己中心主義」「他人の操作」など、人間関係に関するサイコパスの特徴と結びつくことを発見した。

 

ひとえに「前頭葉」や「前頭前皮質」といっても、機能によって「内側」「外側」「眼窩」などの下位区分が存在する。道徳的な関心が弱く常習的に嘘をつくようなサイコパスは、少なくとも「内側前頭前皮質については機能不全をもつといえる。

 

ちなみに、これらの領域は道徳的な意思決定とともに、自制、情動的共感、社会的な思考への情動の統合にも関与する。

 

 

さて、寄り道はここまでにして、最後に「成功したサイコパス」を対象とした研究を紹介しよう。

 

 

 

冷血

著者らは、「成功したサイコパスの自律神経活動と実行機能を「成功していないサイコパス」と健常対照群の3グループで比較した。

 

その結果は次のようになった。

 

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これは驚くべき結果だ。

彼らは「安静時の」心拍数や皮膚コンダクタンス(自律神経系活動の尺度)は「成功していないサイコパス」と同レベルなのに対して、社会的ストレス(自分の最大の欠点についてビデオカメラの前でスピーチをすること)が負荷されると ”急激に” 上昇した。

 

また実行機能については、「成功していないサイコパス」どころか健常対照群よりもはるかに優れた成績を残している。

 

これらの結果をどう解釈するべきだろうか。

 

 

著名な神経科学者 アントニオ・ダマシオは、適切な意思決定の形成には”情動と認知の統合”が必要だとする、「ソマティック・マーカー仮説」を提起した。

 

ソマティック・マーカーとは、危険な行為や難題を考える際に引き起こされる、自律神経系に支配された、動悸や発汗などの身体の不快な状態を指す。

 

このソマティック・マーカーは、過去のネガティブな結果を徴づけるものであり、脳の体性感覚皮質に蓄えられる。

この情報は、さらなる評価や意思決定が行われる前頭前皮質に伝達される。

 

そして、現在と同じ状況が以前にネガィブな結果に至ったことがある場合には、過去のその出来事に結び付いたソマティック・マーカーは、意思決定が行われる脳領域に向けて警鐘を鳴らし、その結果、行動が抑制される。

 

 

たとえば、「成功したサイコパス」がセブンイレブンに押し入って強盗を働こうと考えているとする。

 

街路を見渡して誰も見ていないことを確かめる。

同時に、無意識のうちに”おぼろげな全体像”を形成しながら状況を逐一捉えている。

 

そして、思い切って店に押し入ろうとする。

しかしその瞬間、踏みとどまる。

 

”おぼろげな全体像”のなかの何かが引っ掛かったのだ。

要するに、ソマティック・マーカーが、同様な状況のもとで危うく捕まりそうになった経験があるという警告を発したのだ。

 

このような警鐘は、たとえば時間帯や店員の数が同じであること、前回も今回も酒を一杯ひっかけた後であること、あるいは視覚や身体感覚を通して伝えられるその手の兆候組み合わせが検知されることで鳴らされる。

 

「成功したサイコパス」はこのような”自律神経系の敏感な反応”によって、ソマティック・マーカーの警告ではなくパトカーのサイレンの音を聞く破目になる「成功していないサイコパス」より、うまく立ち回ることができるのだ。

また、彼らの優れた実行機能も一役買っている。

 

ちなみに、低い心拍数は「刺激の追求」を引き起こしうる。「成功したサイコパス」は、殺人を犯したときにどう感じるのだろうか。

 

おそらく「奴らは冷酷なのだから、心拍数は平常時とほとんど変わらないのではないか」と予想するかもしれない。

 

しかし、その予想はマイケル・ロスには当てはまらない。

 

 

ロスは、知能の高い連続殺人犯だ。

彼は、殺人を犯した直後にどう感じたかについて次の3点を挙げている。

 

最初に感じたのは「心臓の鼓動」だ。

まさに早鐘を打つようだった。

 

それから「手の痛み」を感じた。

いつも手で絞め殺していたからね。

 

その次に感じたのは「恐れ」だと思う。

自分の目の前に死体が横たわっているという現実がのしかかってきて、恐ろしくなってきたんだ。

 

 

実験で示されていた通り、彼らの自律神経系は、いざという時には正常に活動するようだ。

 

以上の説明を踏まえると、「成功したサイコパス」は「情動と認知を高度に統合し、より長期的な合理性に基づいて冷徹に自己利益を追求するサイコパスといえる。

 

こうした能力は、たしかに社会で成功する上で重要になる時があるだろう。

 

しかし「成功したサイコパス」の根底にあるのは”煮えたぎる窯のような怒り””慢性的な刺激の追求” であり、一見すぐれた抑制機能や実行機能を駆使して巧みに犯行を行っているように思えても、実態としては半ば「感情の奴隷」として振る舞っているのだ。

 

実際「成功したサイコパス」は臨時職業紹介所で見つかっており、「地位や財産」に固執する割に飽きっぽく、社会的には衝動的な性格だ。さらに「地位や財産」を手に入れたとしても、それが果たして幸せなのか疑問だ。

 

隣の芝生は青く見えるというが、科学的な「成功したサイコパス」と一般的な「成功者=サイコパス」という認知の間には乖離がある。

そして後者については「文学的幻想」のような印象がある。

 

 

「成功したサイコパス」について適切な理解をしておき、実際の成功者はどのような人間なのかを知ろうとすることが「成功する」ため... だけでなく、「幸せになる」ためにも重要なことだと思う。

 

 

最後に、晩年のスティーブ・ジョブズの言葉を紹介する。

 

I reached the pinnacle of success in the business world.  

私はビジネスの世界で、成功の頂点に君臨した。

In others’ eyes, my life is an epitome of success.

他の人の目には、私の人生は、成功の典型的な縮図に見えるだろう。

However, aside from work, I have little joy. In the end, wealth is only a fact of life that I am accustomed to.

しかし、仕事をのぞくと、喜びが少ない人生だった。人生の終わりには、富など、私が積み上げてきた人生の単なる事実でしかない。

At this moment, lying on the sick bed and recalling my whole life, I realize that all the recognition and wealth thatI took so much pride in, have paled and become meaningless in the face of impending death. 

病気でベッドに寝ていると、人生が走馬灯のように思い出される。私がずっとプライドを持っていたこと、認証(認められること)や富は、迫る死を目の前にして色あせていき、何も意味をなさなくなっている。

中略

Now I know, when we haveaccumulated sufficient wealth to last our lifetime, we should pursue other matters that are unrelated to wealth…

今やっと理解したことがある。人生において十分にやっていけるだけの富を積み上げた後は、富とは関係のない他のことを追い求めた方が良い。

Should be something that is more important:

もっと大切な何か他のこと。

Perhaps relationships, perhaps art, perhaps a dream from younger days…   

それは、人間関係や、芸術や、または若い頃からの夢かもしれない。

Non-stop pursuing of wealth will only turn a person into a twisted being, just like me.

終わりを知らない富の追求は、人を歪ませてしまう。私のようにね。

God gave us the senses to let us feelthe love in everyone’s heart, not the illusions brought about by wealth.

神は、誰もの心の中に、富によってもたらされた幻想ではなく、愛を感じさせるための「感覚」というものを与えてくださった。

The wealth I have won in my life I cannot bring with me.

私が勝ち得た富は、(私が死ぬ時に)一緒に持っていけるものではない。

What I can bring is only the memories precipitated by love.

私が持っていける物は、愛情にあふれた思い出だけだ。

That’s the true riches which will follow you, accompany you, giving you strength and light to go on.

これこそが本当の豊かさであり、あなたとずっと一緒にいてくれるもの、あなたに力をあたえてくれるもの、あなたの道を照らしてくれるものだ。

 

 参考

 

暴力の解剖学: 神経犯罪学への招待

暴力の解剖学: 神経犯罪学への招待

 

 

 

サイコパス・インサイド―ある神経科学者の脳の謎への旅

サイコパス・インサイド―ある神経科学者の脳の謎への旅