サイコパスを操作する

サイコパスから学ぶ

環境要因 -虐待・貧困・非行-

 

今回参考にするのは、鈴木大介「最貧困女子」だ。

珍しく、社会系の話になる。

 

この本は「最貧困女子」、すなわち3つの無縁(家族、地域、制度の無縁)3つの障害(精神障害発達障害、知的障害)といったリスクをより多く抱えた女性が、現行の福祉制度では”捕捉”できないことを暴き出す本だ。

 

僕はそのスタート地点に「虐待」が存在し、彼女らが泥沼に沈んでいく過程でサイコパスの「環境要因」と呼べるものが多くあると感じた。

 

一般に、その人の性格形成に影響を及ぼすものは50%が”遺伝子”、そして次に”幼少期の友人関係”が大きいと言われており、”親の育て方”による影響は比較的小さい

 

そうした観点から、虐待は環境要因としての影響が小さいと考える人もいる。

 

しかし、実際に虐待を受けた少年少女がどのような生活を送るのかを知れば、少しは見方が変わるかもしれない。 少なくとも僕はそうだった。

 

今回はすべてを科学的に語ろうという訳ではない

その代わりに、十分に想像力を働かせて読んで欲しい。

 

 

虐待

殴る、蹴るなどの「身体的虐待」

「お前なんか生まれてこなければよかった」といった言葉による「精神的虐待」

十分な食事を与えない、保育園に行かせないなどの「ネグレクト」

そして実の子供を強姦するといった性的虐待

これらすべて、子供たちにとって途轍もないストレスだ。

 

サイコパスに見られる「眼窩前頭前皮質の障害」は、脳が頭蓋骨の中で安定していない幼少期であれば  ”激しくゆすられただけ” で容易に起こりうる。

ましてや灰皿で殴ったり壁に頭を打ち付けたりすれば、言うまでもない。

 

 

このほかにも、「愛情剥離による対人様式の変化」「性的に奔放な性格」「過剰ストレスによる海馬の委縮と反応的攻撃性の増大」「栄養失調による発達の阻害」「知的な発達の遅れ」など、虐待は様々な負因に繋がりうる。

 

これらはサイコパスの「情動面」や「対人面」のスコアを高める

 

 

同年代の非行コミュニティ

虐待を受けている子供は、いじめの被害にも遭いやすい。

給食費の滞納、みすぼらしい服装、痛ましい外見、情緒的な不安定さ。

”親の子育て” は ”幼少期の友人関係” にも影響を及ぼすと考えられないだろうか。

 

いじめに遭わなかったとしても、勉学に励める環境とは言い難い。

 

もはや”家”は安全な場所ではない。

同じような境遇の子供たちが集まり、夜遅くまで外出するようになるかもしれない。

 

とくにネグレクトを受けている場合、算数よりも先に、食べ物の万引きを覚える。

それに味を占めれば、犯罪行為は次第にエスカレートしていくだろう。

 

そしていずれは問題が発覚するのだが、補導した警察官は「家庭の事情」には関知せず、件の機能不全家族の元へ帰すことになる。

 

これは虐待を受ける子供たちにとって、ある意味での「裏切り行為」だ。

こうして非行グループ内の結びつきが強化されていく。

同時に、社会に対する斥力も強化されるという泥沼化が始まる。

 

これらは、サイコパスの「反社会性」のスコアを高める。

 

地域コミュニティの脱出と性産業

虐待が長期間に及ぶ場合や、非行グループに留まることがあまりにも苦痛な場合、そのような子供たちはその地域から避難せざるを得なくなる。

 

家族、制度、地域の3つから孤立した人の気持ちは、僕には到底理解できない。

そうした子供たちは「金」「住居」「通信手段」を持っておらず、路上で過ごせば補導・送還されてしまう。

 

そんな中、声をかけてくるのが「ホスト」「スカウト」「風俗嬢」「売春男」だ。

彼らは一見優しく、彼女らにないものを与えてくれる。

これが、彼女らの世界では唯一のセーフティネットとして機能する。

 

大抵は18歳になるのを見越して安全基地を提供するのだが、場合によっては年齢を偽って性産業に組み込まれたり、違法な売春を行うようになる。

 

しかし、中には容姿が優れていなかったり、精神的に病んでしまった人もいる。

そうした人は性産業からも見放され、さらなる苦難を強いられる。

 

このような人こそ、著者のいう「最貧困女子」だ。

 

 

 

ここまでの話には、多くの分岐点がある。

そのため、虐待の影響を定量的に見ることは難しい。

サイコパシースコアと虐待経験の相関だけでは、この部分が不可視化されてしまう。

しかし、科学的な立場を取ればそれは仕方のないことだ。

 

 

ただ、僕らは「虐待」という闇の深さに理解を示すべきだと思う。

環境要因としてのストレスを、単なる「遺伝子のスイッチを押すもの」と考えるのは少し浅はかだ。

 

そのストレスを乗り越えようとするとき、彼らは多くのことを「学習」する。

良心の欠如罪悪感の欠如などは、その過程で獲得されるものと考えることもできる。

 

こうした機能は前頭前皮質が担い、二十代まで発達し続ける。

しかし、例の環境ではその回路を形成するような刺激が殆どない。

 

 

ところで「暴力の解剖学」という本では、機能不全の兆候のある家庭を対象にした、かなり大規模なプログラムが紹介されていた。

そのプログラムでは、彼らに対して十分な食事、子供や親の教育、精神的なケアなどを徹底して行う。

 

その結果、かかった費用を上回る経済的利益が生まれることが分かった。

さらに彼らの反社会性を大きく減少させており、それを含めれば、社会的にもかなりの利益が期待できることを示唆している。

 

たしかに性産業と競合する形で「最貧困女子」に対するセーフティネットを整えるのは、功利的に見れば悪手かもしれない。

しかし、このプログラムのような予防的介入は確実に社会を良くすると僕は考えている。

 

さらに「妊娠中絶の合法化」によってハイリスク母親(片親、若年齢など)の数が減少し、それが犯罪件数の減少に繋がったケースがあると主張する研究者もいる。

 

これらを考慮すれば、僕はサイコパスを「科学」する一方で、治療や予防を考える上では「社会」的な面も十分に加味する必要があると感じた。

 

つまり、科学的にサイコパスの原因が遺伝子や脳機能の異常だと判明したからといって、彼らへのアプローチを遺伝子操作や脳内の幹細胞移植、薬物治療など、より負担の大きい個人的なものに依存する必要はない。

 

環境要因の重要性はここにある。

 

 

次回は、このプログラムの科学的根拠と内容を詳しく見ていこう。

 

 

 参考

最貧困女子 (幻冬舎新書)

最貧困女子 (幻冬舎新書)