サイコパスを操作する

サイコパシーの理解から対策まで

サイコパスと神経伝達物質

今回は「サイコパシー・ハンドブック」と「サイコパス-冷淡な脳-」を参考に、サイコパス神経伝達物質についてみていこう。比較的ハードコアな内容なので、先に簡単に結論を示しておく。

 

  • セロトニン:低値は攻撃性に結び付く。恐怖表情の認識にも関与するのが興味深い。
  • ドーパミン:高値はサイコパシーに結び付く。受容体遺伝子多型に関する知見はサイコパスを扱ったものが少ない。
  • ノルアドレナリン:嫌悪手がかりへの反応性、悲しみの表情認識に関与。個人的に一番注目している。これからの研究に期待。

 

 

 

PCL-R(サイコパシー・チェックリスト)を用いて得られたデータの因子分析から、第一因子(感情的・対人的特性)と第二因子(衝動的な反社会的逸脱)が特定されている。

 

第一因子については、その性質からして定義と操作化が比較的むずかしい。たとえば、「良心の欠如」という目に見えない”心理的傾向”をどうやって定量的にみることができるだろう? 一方、目に見える”行動”としての「攻撃性」などであれば、定義および操作が比較的簡単にできる。

 

こうした面もあって、僕らが最も興味のある「第一因子」については根拠に乏しい。それでも「社会的・感情的刺激に対する自律神経反応の測定」といったモデルから、ある程度の知見は積み上げられてきた。しかしながら、この系統の研究と神経化学的機能不全の関係は一般に検討されていない。

 

以上を踏まえて、一連の神経化学的研究を見ていこう。

 

 

セロトニン

ヒトを対象にした実験では、脳をこじ開けてその中のセロトニン量を直接測り取る、といったことは当然できない。そこで、脳脊髄液から代謝産物を採取し測定する形で神経伝達物質レベルの指標とするのが神経化学研究の王道だ。

 

たとえば摂取した水分量(セロトニン)が知りたければ、尿の量(代謝産物)を測ればいい。もちろん誤差は生じるが、胃をこじ開けられるよりはマシだろう。

 

サイコパスでは、セロトニン代謝産物である「5-ヒドロキシインドール酢酸(H-HIAA)」に対して、ドーパミン代謝産物である「ホモバニリン酸(HVA)」の割合が有意に高いことから、ドーパミン作用のセロトニン調節障害が衝動的・攻撃的行動の一因である可能性が考えられている。

 

また、PCL-Rにおける第一因子、第二因子のスコア双方に「H-HIAA:HVA」の割合との相関がみられている。またH-HIAA値のみを見た場合、一方の研究では中程度の相関が「第二因子のみ」に見られ、他方の研究では投薬なしグループに第二因子との強い相関がみられた。

 

これらの知見から、セロトニン欠如はサイコパシーの第二因子に根本的に結び付く一方で、セロトニン欠如は”ドーパミンとの相互作用”を介して第一因子にも影響を与える可能性があること」示唆している。

 

簡単に言えば、「単純にセロトニンが足りないだけだとイライラしやすくなるだけだが、ドーパミンとのバランスによっては、メンタルまでサイコパスになる」ということだ。

 

また、血漿中のトリプトファン(セロトニンの前駆体)の枯渇によって攻撃的反応の増加が認められており、セロトニンの欠如と攻撃性との関連を支持する。

 

 

一方、セロトニン分解酵素であるMAOの活性の程度がサイコパシースコアと相関することが繰り返し報告されているが、「分解」が低活性であるということはセロトニン濃度の”増加”をもたらすように思われる。

 

そのため、MAO活性の低さの明確な役割は明らかではない。前回の記事でも書いたように、”発達過程での”セロトニンの過剰がセロトニン感受性”低下”につながると考えられる。

 

 

「第一因子」に関する研究としては、セロトニンの増大をもたらすトリプトファン投与」またはセロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)投与」によって恐怖の表情がより認識しやすくなること、トリプトファンの欠乏によって同認識が低下すること、ならびにSSRIを服用するうつ病被験者で同認識の正常化が認められることが示されている。

 

この知見から、小児における道徳的行動の発達に必要であるとともに、サイコパシーの特徴をもつ小児および成人に障害が認められる「恐怖の表情の認識」にセロトニン活性が関与していることが示唆される。

 

 

ドーパミン

ドーパミン過剰は攻撃的および衝動的な行動をもたらし、ドーパミン拮抗薬は、精神障害の攻撃的行動に対する治療薬として確立されている。

 

暴力犯罪者を対象にした研究で、サイコパシー・スコアの第一因子、第二因子の双方に脳脊髄液中のHVA高値との相関がみられた。また前述のように、「H-HIAA:HVA」の割合も両スコアとの相関がある。ただし、第一因子よりも第二因子の方が高い相関性を示している。

 

興味深いことに、ドーパミンD4受容体(DRD4)遺伝子多型に「外向性との正の相関」「誠実性との負の相関」が示されている。しかしながら、追試験では一貫した結果は得られていない。

 

ドーパミン受容体は他にもあるが、DRD2については不確定、DRD3は暴力犯罪者群で関連性あり、DRD5は反社会性パーソナリティ障害の症状数と関連あり、といった知見があるが、いずれも予備的なものとして捉えておく必要がある。(サイコパスを扱っていないため)

 

 

ノルアドレナリン

ノルアドレナリン(NA)系は、信号検出への影響と認知一般への広範な影響を伴い覚醒状態を媒介するとともに、主に環境からの新奇あるいは脅威的な刺激への反応の行動活性化を媒介する。...簡単にいえば、ストレス反応に関与する。

 

残念ながら、攻撃性または反社会的行動に関してNA系の実証的エビデンスはほとんど報告されていない。サイコパスに臨床的に認められるストレス反応の減弱と関連する可能性があるのに、だ。

 

そこで、「サイコパス -冷淡な脳-」で著者が主張している仮説を紹介しておく。

 

サイコパスは、扁桃体損傷患者と同等の障害を示すわけではない。刺激-報酬関連形成や社会認知といった扁桃体が関与していると思われる機能は、サイコパスでは、軽度に障害されているだけか、あるいは全く損なわれていない。

 

このことは、われわれの仮説では、サイコパスの根本的原因は遺伝子異常であって、扁桃体機能の全体が障害されて発症するのではないことを示唆する。つまりは、遺伝子異常おそらく扁桃体機能のある一部と関連する特定の神経伝達物質を阻害することで、より選択的に障害を与えていると考えられる。

 

われわれの推測では、サイコパスの根底にある遺伝子異常神経伝達物質の機能を阻害し、その結果、扁桃体の刺激-罰連関形成の機能を特異的に低下させていると思われる。しかし、サイコパスではどの神経伝達物質が機能不全に陥っているのかは、まだはっきりはしていない。

 

可能性として、ストレス/脅威刺激に対するノルアドレナリンの反応が阻害されているということがありうる。

 

最近の興味深い研究で、ノルアドレナリンがヒトの意思決定時の嫌悪手がかりによる影響の調節に関与しているという指摘がなされている。

 

さらに、薬理学的データによっても、ノルアドレナリンを操作することで悲しみの表情の処理に選択的に影響を与えることが示唆されている。

 

ノルアドレナリン異常と反社会的行動/行為障害との関連を示した研究が、この仮説をさらに支持する。こうした観点から、不安障害でノルアドレナリン機能が増大しているようであるという指摘は、重要である。

 

つまり、サイコパスにみられる情動障害と正反対に、嫌悪手がかりに対して高い反応性を示す集団において、ノルアドレナリン機能が増大していることになる。

 

したがって、サイコパスに存在すると考えられる遺伝子異常がノルアドレナリンのシステムを妨害し、嫌悪刺激の効果が弱められている可能性がある。

 

 

 

「結局、サイコパスは「〇〇〇が欠如した人間」である。」で「サイコパスは”利益を求めて善を為す”ことはできる」と述べたのは、まさにこの背景からだ。

 

サイコパス扁桃体全体が機能不全である」というより、「扁桃体のうち、刺激-罰連関形成に関わる領域が選択的に機能不全である」という方が適切なのだ。

 

2018年の研究(Influence of allelic variations in relation to norepinephrine and mineralocorticoid receptors on psychopathic traits: a pilot study [PeerJ])でサイコパシースコアとノルアドレナリン系遺伝子多型の間に相関が示されているが、被験者が少ないこと、用いられた課題が不十分で、それから得られる知見が限定的という問題がある。

 

 

以上が、サイコパス神経伝達物質の関係になる。ちなみに、他の神経伝達物質やホルモンについては十分なエビデンスがあるとはいえない状況だ。

 

神経伝達物質はさまざまな脳機能の根幹をなすものなので、1つの神経伝達物質の多寡からスペクトラムとして多様化したサイコパシーを完全に説明するのは無理があるだろう。

 

とはいえ、最後に紹介したブレアらの仮説はとても魅力的だ。

彼らはサイコパシーの特徴を必要最低限まで削り落とし、ターゲットを明確に定めてくれた。


それは扁桃体の刺激-罰連関形成関連部位とノルアドレナリンの関係」および「眼窩前頭前皮質の機能不全と扁桃体当該領域との関連性」だ。(後者については次回で説明する)

 

そして、まさにそのターゲットであるノルアドレナリンは知見に乏しく、研究が進んでいる最中なのだ。

 

 

 

参考

 

サイコパシー・ハンドブック

サイコパシー・ハンドブック

  • 作者: 田中 康雄,クリストファー・J・パトリック,片山 剛一,松井 由佳,藪 盛子,和田 明希
  • 出版社/メーカー: 明石書店
  • 発売日: 2015/06/20
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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サイコパス -冷淡な脳-

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