日常的な印象操作

 

ネタ枠の第三回目になります。

今回は、僕が個人的に使っている印象操作のテクニックと、その心理学的効果についてお話します。根拠が希薄な内容なので、温かい目でご覧ください。

 

 

穏やかなカリスマ性

「穏やかさ」と「カリスマ性」は相反する概念でしょうか?

僕はそうは思いません。

 

「カリスマ性のある人」に話しかけられた時をイメージしてみてください。

その人は馴れ馴れしく高圧的でしょうか。

それとも、親しみのある笑顔と穏やかな口調で話しかけるしょうか。

 

 

第一印象は最初の7秒で決まり、それが長期間影響を及ぼすと言われています。

もしも僕が前者の方に話しかけられたら、その人は「本質的な自信に欠き、マウントを取ったり悪質なイジりをするナルシスト」である印象を受けます。有利な立場で振る舞えるとはいえ、これは賢明ではない気がします。

 

そのため、僕は普段どのような人に対しても、毅然とした態度かつ穏やかな口調で話すようにしています。ナルシストっぽい人や、最初から自分の方が優位な立場だと思っていそうな人(簡単に言えば、他人をナメている人)に対しては特にそうします。

 

そして一線を引くために、基本的に愛想笑いは使いません。それは「下手に出ている」という印象を与え、僕の世界に土足で踏み込ませてしまうからです。

 

 

この選択は、相手に「少し不愛想な人」という印象を与えるでしょう。しかし、経験上はこちらの方がうまく事が運びます。

 

関係が進むにつれ、必要性に迫られて関わる機会(業務上のやり取りなど)が増えるでしょう。その時に「ギャップ」を全力で掴みにいきます。

 

 

信頼は「誠実さ」と「有能さ」からなります。何かを教わる時、教える時には、この2つを徹底的に意識します。

 

具体的には、その内容に対する純粋な興味を示すこと、示唆に富んだ話や質問をすること、最後に圧倒的な結果を残すことです。その過程で、本当に面白いという場面では爽やかな笑顔を見せます。

 

 

僕は普段、一人でいる時も毅然としています。不幸でも不安でも孤独感に苛まれているわけでもなく、ただ”自然状態”で振る舞っているだけです。

 

大学一年生の頃、多くの人は友達作りに励んでいました。僕はそれに疲れたので、早々にグループから引き揚げて昼食も一人で取り、休憩時間には読書をするようになりました。

 

同級生が嫌いだったわけではないので、自然な距離感で接していました。数か月に一回開かれる誕生日会に行った時、僕が元いたグループのバスケ部の友達に、「お前のことホンマに尊敬しとる...!」と泣きながら訴えられたことがあります。(笑

 

僕はその当時、「孤高」という存在に憧れていました。これは繊細型のナルシストあるあるらしいです。うまく振る舞えば、一人で過ごしていてもナメられず、むしろ尊敬されるようになると思います。

 

 

またある日の授業中、留学生から質問を受けた際に「優しく穏やかに」英語で説明をしていたら、それを見た彼女が僕に惚れ直したそうです。まあ確かにカッコいいですね。

 

僕は親しくなった人と話す時には、自分をこうして褒めます。それが本当にスゴいと相手も感じている場合、大抵の人は笑って許してくれるし、何故か好感度も上がります。「自分を適切に褒める」という行為は、ポジティブなコンプレックスを刺激するのでしょう。

 

しかし、それほど親しくない人に対しては、ユーモアは最後に取っておきます。はじめからユーモアを重視して関わっていると、殆どの人は僕を娯楽番組のように消費してくるからです。僕はバラエティ番組が好きじゃありません。

 

 

まとめ

  • 常に心の余裕を感じさせる振る舞いをする。
  • はじめは相手のペースに乗っからず、自分の世界を確立しておく。
  • こちらに興味を示してきた時、あるいは必要性に迫られて関わる時には、全力で「誠実さ」と「有能さ」と「親しみやすさ」を示す。
  • 時には適切に自分を褒める