超訳「サイコパス -冷淡な脳-」 ”サイコパスの根本的原因は何か?”

 

よく考えれば分かることだが、「サイコパス扁桃体の機能不全あるいは前頭葉の障害が原因である」というような説明は、まったく役に立たない。

 

 

これだけでは、その機能不全によって結果的にもたらされる能力の障害、行動上の障害が生じる理由について適切な理解へと結びつかないからだ。(実際、「サイコパス扁桃体が機能不全なので良心が欠如している」と説明されてもピンと来ない。)

 

 

今後の章では、ある特定の「情動学習」ができなくなることが、サイコパスの”原因”であるという議論をする。その背景には、神経および神経伝達物質システムの機能不全が存在する。さらに「それがなぜ起こるのか?」という質問については、常に二つの答えがある。すなわち、「遺伝子的要因」「環境的要因」だ。

 

今回は、このふたつの基本的な要因(遺伝と環境)に関するデータを見ていこう。

 

 

サイコパスの遺伝的基盤は何か?

反社会的行動の遺伝的要因については、解釈に注意しなければいけない。

 

例えば「財布を奪うために人を襲う」という特定の「行動」について、遺伝子が直接関与しているとは考えづらい。(それは、「部屋を安全に通るために電気をつける」という行動に直接的な遺伝的寄与があると主張するのと同じだ。)

 

したがって、反社会的な行動をいかに学習するのか、ということについての遺伝的な寄与を考える必要がある。結論からいえば、サイコパス「情動障害」をもつために反社会的なやり方を学習する傾向があり、その「情動障害」こそ、遺伝的要素と反社会的行動を結び付けるものである。

 

 

この仮説を支持する研究を紹介しよう。

 

353組の男性双生児を対象にサイコパス傾向を調べた結果、「マキャベリ的利己主義」や「恐怖心の欠如」「冷酷さ」「責任転嫁」など16の尺度で中程度の遺伝性(h^2₌0.29-0.56)があり、環境要因の関与も示されている。

 

また、3500組の双生児を調査した大規模な研究では、「冷淡さ・情動の欠如」の要素は7歳児で既にみられ、3分の2が遺伝的要因によって説明できることが分かっている。また、サイコパス傾向についてはh^2₌0.67という有意な集団遺伝性が見られている。

 

ここで、双生児研究について説明しておこう。

 

一卵性双生児は同じ遺伝子のセット(ゲノム) をもつ。もしサイコパシーが完全な遺伝なら(遺伝率100%)、その双生児は2人ともサイコパスか、2人ともサイコパスでないか、そのどちらかとなる。(双子の顔が似ているのは、顔を形作る遺伝子の影響が環境の影響よりも大きい(≒100%)からだ。) こうして、双生児研究からサイコパシーの遺伝的寄与を調べることができる。

 

ちなみにh^2₌0.67という数値は、各双生児のサイコパシー・スコアのばらつき(分散)のうち、67%が遺伝的要因であるという意味だ。僕とあなたのサイコパシースコアは違うだろうが、その違いの原因は、67%が遺伝的要因であるといえる。

 

 

反応的攻撃の遺伝的背景

反応的攻撃には、ある特定の神経回路が関与している。

これを「基本脅威回路」と呼ぼう。

 

基本脅威回路は脅威刺激(ヘビや社会恐怖など)によって活性化し、反応的攻撃を引き起こす。そのためには、ある刺激レベルを超えなければならない。

 

もしサーベルタイガーを遠くで見かけたら、あなたは身をすくめるだろう。

そしてサーベルタイガーが近づいてきた(刺激レベルが上がった)場合、この回路によって「逃避行動」が引き起こされる。さらに逃げられないほど近づいてきた場合、ヤケクソになって「反応的攻撃」が引き起こされる。

 

より勇敢な人であれば、あなたがヤケクソになる程度の刺激レベルになっても、反応的攻撃が引き起こされないと予想できる。反応的攻撃が引き起こされるために必要な刺激レベルの「基準」は、人によって異なるということだ。

 

この「基準」の違いは、次の2つの点で遺伝的要因が関与している。

 

 

基本脅威回路への遺伝的影響

前回でも述べたように、うつ病や不安障害の人では反応的攻撃のリスクが増大している。これには、基本脅威回路の1つである「海馬」の過活動が関与していると考えられている。

 

この過活動に遺伝的要因が示唆されており、基本脅威回路の刺激レベルの「基準」を高める(反応的攻撃を引き出すためのハードルが下がる)ことによって、比較的軽度な刺激でさえ、反応的攻撃が引き出されてしまう。

 

実際に、うつや不安を引き起こす内生要因(海馬の過活動)によって、人が危険で犯罪を生みやすいな環境におかれたとき、反応的攻撃を示す可能性を高めるということが分かっている。

 

 

遂行的調節システムへの遺伝的影響

「遂行的調節システム」とは、ある目標を立て、それに向かって行動をする際に自分の反応を調節するシステムのことだ。

 

通学路の途中、番犬のように獰猛な犬がこちらに向かって吠えていたとしよう。あなたは、それでも学校向かわなければならない。このとき遂行的調節システムが作動する。大抵の子供は自分の反応を調節し、なんとか勇気を振り絞ってその道を通り抜けるだろう。

 

あるいは親から「勉強しなさい」と叱られたとき、誰でも不愉快な感情を体験するだろう。それでも「勉強をする」という目標に向かって行動するためには、このシステムを介して反応を調節する必要がある。

 

 

この「遂行的調節システム」が破綻することによって引き起こされる状態には「間欠性爆発性障害/衝動・攻撃性障害」および「小児期双極性障害がある。

 

これらの患者は易怒性(キレやすさ)があり、反応的攻撃のリスクが高い。上に書いた例では、吠えられた瞬間に逃避行動(反応的攻撃の一種)を起こしたり、「勉強しなさい」と叱られた瞬間にかんしゃくを起こしたりする。

 

これらの障害の原因に、遺伝が関与していることが示されている。

その機序として、遺伝がセロトニンへ影響を与えていることが考えられる。

 

セロトニンは、攻撃性や衝動性の調節に関与する神経伝達物質の1つだ。動物実験でも、セロトニン受容体を操作して活動を亢進させると攻撃性が減少し、逆に活動を低下せると攻撃性が増加することが知られている。

 

 

攻撃性に対する社会的影響

反応的攻撃性を高めうる社会的要因のうち、「妊娠中に受ける外的要因」「環境ストレス」の2つを詳しく説明しよう。

 

 

妊娠中の外的要因による影響

妊娠中の胎児の酸素が欠乏した状態(出産時合併症) は、脳損傷を起こしうる環境要因だ。出産時合併症をもって生まれた乳児は、将来、行為障害や非行につながりやすいということが分かっている。

 

4269人の男児を対象に、出産時合併症育児放棄の有無について調査した研究がある。そして出産時合併症と育児放棄は、18歳時での暴力犯罪の予測因子として機能することが分かった。

 

 

実際にこの両方があったのは全体の4%であったにも関わらず、彼らは4269人の中で起こった暴力犯罪の18%を占めた。(18歳が集まる100人の学年で、4人が出産時合併症と育児放棄を経験していたとしよう。その中で起きた暴力犯罪の18%は彼らによるものだと考えると、この影響の大きさが理解できる。)

 

残念ながら、出産時合併症は暴力行為と密接にかかわるものの、道具的攻撃性や反応的攻撃性、ないし両方のリスクを高めるのかどうかを評価した研究は存在しない。(妊娠中の環境要因がサイコパスの原因の1つである、とは言い切れないということ)

 

著者らは、出産時合併症は「反応的攻撃」のリスクのみを高めると考えている。つまり「遂行的調節システム」の破綻を引き起こすものだが、情動障害は引き起こさないものと見ている。

 

 

環境ストレスの影響

「虐待」のような環境ストレスは、海馬の機能低下を引き起こすなど、脳の障害を与えるということが分かっている。

 

僕らはストレスを感じると、扁桃体を開始点として体内にストレスホルモンが分泌され、「ストレス反応」(血圧の上昇、発汗、心拍数の上昇など) が引き起こされる。

 

このストレス反応は、たとえば恐ろしい外敵に接触した時、逃げたり闘うのに最適な身体の状態を作り出すために必要だ。そして海馬はストレスホルモンを感知すると、この反応を終わらせるために扁桃体を抑制する機能をもつ。

 

しかし、あまりにもストレスが長引くと海馬の機能が衰え、ストレス反応を制御できなくなる。つまり、環境ストレスは攻撃性を高める要因となりうる。

 

 

しかしながら、サイコパスに関連する扁桃体「眼窩前頭前皮質といった神経回路は、環境ストレスによって障害されることはない。むしろ、ストレスは扁桃体を損傷させるというより”増強”させてしまうことが分かっている。

 

扁桃体は「基本脅威回路」の一部であることを考慮すれば、環境ストレスは反応的攻撃の危険性を選択的に増大させるが、サイコパスにみられる道具的攻撃にはつながらないと考えられる。

 

 

その他の社会的要因

「出産時合併症」や「環境ストレス」は反応的攻撃のリスク増大にかかわるものの、それはサイコパスの原因となる社会的要因とはいい難い。

 

では、「社会経済的地位(SES)」「愛着」「家族背景」といった他の要因はどうだろうか。

 

 

SES

SESやIQ(より明確には知性) が高いと、低い場合よりも、目的を達成するための手段の選択肢が増える。

 

実際、SESやIQは反社会的行動の要素と逆相関するということを前回説明した。

 

健常者であれば、たとえSESやIQが低くとも反社会的行動を回避するのだが、サイコパスでは反社会的行動を回避できず、有用な手段として選択してしまう。

 

またSESによって、ある特定の行動の相対的な価値が変動する。簡単に言えば、金持ちのサイコパス(高SES)は財布を盗むという反社会的行動への価値を低く感じるが、一方で貧乏なサイコパス(低SES)の場合、どうだろうか。

 

こうした観点から、「SESは道具的攻撃性の”表出”に間接的に関与する」といえるだろう。「SESはサイコパスの原因である」という意味ではないので注意して欲しい。

 

つまり、サイコパスと同程度の情動障害をもちながら、SESが高いことによって、サイコパスの徴候を示さない一群がいると考えられるわけだ。

 

金持ち喧嘩せず」というが、地位や知性のある人は、露骨な反社会的行動を取らずとも目的を達成することができる。

 

 

愛着

「愛着理論」には、幼少期に子供が健全な愛着を発達させることができなければ、成人したときに他者と親密な関係を築けないという考え方がある。

 

この理論では、愛着が乏しいために道徳形成の過程が妨げられ、サイコパスへと発展するということが示唆される。つまり、幼少期の親との間の関係性が、他者に対する関心や関係の出発点であると考えられている。

 

 

確かにサイコパスは、重要な他者にすら愛着が欠如しているということが言及されている。しかし、愛着の問題が、サイコパスの原因なのだろうか?

 

サイコパスには共感性が欠如しており、他者の苦悩に対する嫌悪反応が見られない。これは幼少期の愛着が原因であると考えると、ある矛盾が生じる。

 

たとえば「自閉症」のように愛着に問題があると分かっている人でも、他者が示す苦悩に対して嫌悪反応を示す。つまり、他者の苦悩に対する嫌悪反応に、愛着は必ずしも必要ではない。

 

したがって、少なくとも共感性の一部については、愛着に関係なく生じることが明らかである。

 

 

愛着とは、他者との情動的なつながりによって形成されるものだ。そしてサイコパスでは、その情動学習が障害されている。したがって、サイコパスの情動障害こそが、愛着の発達を妨げていると考えられる。

 

 

家族背景

家族背景としては、「親の反社会的傾向」「一貫性のないしつけ」「体罰」「低学歴」「幼少期の親との別離」などがある。

 

特に「反社会的な親」「一貫性のないしつけ」「アルコール依存」は、一般人を対象にしたサイコパシーテストの得点を、最も強く予測できる因子であることが分かっている。しかし、これらの家族背景は犯罪者を対象にすると関係がなかった。

 

家族背景とサイコパシーには僅かな関連が見られる程度であり、その調査は被験者の記憶に基づくため、サイコパスが示す虚偽性により修飾されている可能性がある。

 

また、これらの家族特性は反社会的行動を悪化させうるとしても、サイコパスの”原因”であるとは考えられない。

 

 

たとえば、悪いことをしたときに「罰」を与えるか、他人の気持ちに注意を向けさせて「共感」を引き出すかでは、後者の方がより適切に道徳的社会性を身に着けることができる。

 

そのような観点から、親の教育方法によって子供がサイコパスとなるのではないか、と考えることもできるだろう。しかし、このような関連は、サイコパスについては当てはまらないのだ。

 

驚くべきことに、サイコパス傾向 (罪悪感や後悔の欠如といった情動障害) を示す子供たちについては、親がどのように社会性を身に着けさせるかということは、彼らの反社会的行動の確率に影響を及ぼさないということが分かっている。

 

 

Question

  • 結局、サイコパスの”根本的な原因”はどこにあるか。

 

答え:遺伝と環境サイコパスに特徴的な道具的攻撃は、彼らが情動障害をもつことで”学習”が可能となり、それは扁桃体や眼窩前頭前皮質の障害が原因であると考えられる。しかしさらに根を辿れば、それらの障害の原因となるのは、神経や神経伝達物質システムに異常をもたらす「遺伝と環境」である。

 

 

  • 反応的攻撃を引き起こす「基本脅威回路」は、2つの点で遺伝的影響を受けると考えられる。それぞれどのようなものか。

 

答え:1つ目は「基本脅威回路の刺激レベルの基準」であり、どの程度の脅威刺激で反応的攻撃が引き起こされるか、という点に関してそれぞれ遺伝的に異なる。

2つ目は「遂行的調節システム」であり、この機能の発達が遺伝的に障害されている場合、自らの反応を調節できず、反応的攻撃性のリスクが高まりやすくなる。

 

 

  • 「出産時合併症」や「環境ストレス」などの環境要因は、サイコパスの原因か。

 

答え:いずれも「反応的攻撃」のリスクを高めるものの、「道具的攻撃」には関与しないと考えられ、サイコパスの原因とは言い難い。とくに虐待のような「環境ストレス」は扁桃体を増強させるため、サイコパスの病理からむしろ離れてしまう。

 

 

  • 「経済社会的地位(SES)」「愛着」「家族背景」について、サイコパスと関連づけて説明するとどうなるか。

 

答え:SESはある目的を達成するための手段の選択肢の多さ、主観的な価値の変動に関与し、サイコパスに特有な道具的攻撃性の”表出”に関わる。

愛着はサイコパスの原因ではなく、サイコパス情動障害が原因となって愛着の形成が妨げられる。

家族背景は反社会的行動を悪化させうるが、やはりサイコパスの原因とは言い難い。親の教育方法にかかわらずサイコパスは道徳的社会化が阻害される。

 

 

 

参考

 

サイコパス -冷淡な脳-

サイコパス -冷淡な脳-