サイコパスを操作する

サイコパスから学ぶ

超訳「サイコパス -冷淡な脳-」 ”サイコパスの神経学的仮説”

 

今後の章では、神経科学の観点から解説をしていく。

 

とくに今回は、サイコパスの情動・認知的障害が「脳機能のどのような異常によって生じるのか」という ”仮説” について触れていく。

 

 

とはいえ、結局はどれも”仮説”に過ぎず、完全に実証されているわけではない。

 

これから「左半球活性化仮説」「前頭葉機能不全仮説」「ソマティックマーカー仮説」を紹介していくが、それだけではサイコパスの全てを説明できないということには注意しよう。

 

さらにネタバレをすると、本書で主張されるメインの仮説は扁桃体機能不全仮説」なので、これから紹介するものについては問題点を意識して読めばよい。

 

 

左半球活性化仮説

ロバート・ヘアらは、サイコパス右視野に単語を提示すると、カテゴリーの識別が著しく困難になり、逆に左視野に提示した場合にはむしろ健常者より成績が良いことを発見した。

 

また似たような実験で、サイコパス右耳に単語が提示されると、その単語が何であったかを適切に答えられなかったが、左耳ではそうではないことが分かった。

 

ちなみに、右視野右耳は脳の「左半球」に繋がっている。

 

 

こうした実験から「左半球活性化(LHA)仮説」が発展した。

この仮説によると、サイコパスは上記の実験のように、左半球が選択的かつ特異的に活性化された状況下のみにおいて、情報処理全般(左半球に関与しないものでも)が損なわれるとする。

 

しかし、左半球を十分に活性化させると大脳皮質(情報処理全般を担う領域)の機能が損なわれる理由がよく分からない。そして左半球の活性化を定量化する方法も明確ではない。そもそも、日常生活において左半球が選択的に活性化するような状況は稀だと思われる。

 

というわけで、このモデルの有用性は現在のところ限定的である。

 

 

前頭葉機能不全仮説

前頭葉の機能不全は「遂行機能不全」をもたらす。

「遂行機能」は「目標を立て、計画を立て、実行し、効率化する機能」のことで、実行機能とも呼ばれる。たとえば遂行機能不全をもつADHDは一般に、計画通りに物事を進めるのが困難である。

 

遂行機能不全は長い間、反社会的行動と関連付けられてきた。

そうした背景から、サイコパス、より一般には反社会的行動が、前頭葉の機能不全に由来すると考えられるようになった。この仮説は、次の3種類のデータから導かれる。

 

前頭前皮質後天的な外傷を受けた患者のデータ

反社会的行動を示す人の神経生理学研究データ

反社会的行動を示す人の神経画像研究データ

 

 

①について。

前頭前皮質に外傷を受けた患者は「反応的攻撃性」を顕著に示すようになることが分かっている。

 

前頭前皮質は大きく、「背外側」「内側」「眼窩」の3つに分けられる。

 

どれも文字通りで、背外側部(Dorsolateral)はおでこの辺りの外側に分布し、内側部(Medial)はその内側を構成する(そのため、この図では見えない)

眼窩部(Orbitofrontal)はこの2つよりも下の眼窩(眼球ソケットのような頭蓋骨の穴)の内奥に分布する。

 

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さて、攻撃性の増加を示した患者の外傷部位を分析してみると、攻撃を調節しているのは「眼窩部」および「内側部」であって、背外側部ではないことが分かった。

 

 

このような結果から言えることは、第一に「眼窩部」に後天的外傷をもつ患者は、たとえそれが幼少期からでも、示す症状はサイコパスとは本質的に異なるということだ。(彼らは道具的ではなく、反応的攻撃性を顕著に示したことを思い出そう。)

 

このことは、サイコパス前頭葉機能不全仮説によって説明することが誤りだと立証するものではないが、より詳細な研究が必要であることを示している。

 

そして第二に、眼窩部・内側部の障害が反社会的行動の危険性を高めるということが強く示唆される。これについては次回で詳しく説明する。

 

 

②(反社会的行動をとる人の神経性学的研究データ) について。

この節のはじめで、前頭葉の機能不全が「遂行機能不全」をもたらし、それが反社会的行動に結び付くということに触れた。

 

しかし、これらのデータは前頭前皮質「機能局在」「遂行機能の諸要素」を無視したものが多かった。つまり前頭前皮質の下位区分(背外側、内側、眼窩)を考慮せず、ウィスコンシンカード分類検査など「背外側部」に関連する遂行機能検査を用いた研究が多く行われていた。

 

前にも述べたように、反応的攻撃性を調節するのは「眼窩部」と「内側部」なので、このことは問題である。

 

 

それでは、反社会的行動をとる人々に背側部と関連する遂行機能不全がみられることを、どう説明すればよいだろうか? 

 

 

可能性として、サイコパス傾向とADHDの合併に留意する必要がある。

一般に、ADHD背側部の機能不全と関連があるといわれている。そして遂行機能検査で顕著に成績が悪い

 

したがって、反社会的行動遂行機能障害との間に関連がみられるのは、反社会的行動をとる者の中にADHDの患者群が混ざっているためである可能性がある。

 

 

ADHDの病理自体が反社会的行動に繋がっているわけではないので、「ADHD₌反社会的」という風な誤解はしないように。そうではなくて、ADHD反社会的行動リスク要因になりうると理解しておこう。

 

(健常者の情緒的な共感性は、僕から見れば大量虐殺のリスク要因だ。だからといって、健常者の共感性自体が反社会的行動に繋がるとは考えないし、実際そうではない。包丁のように、使い方や状況によって潜在的な危険性が発露する(=リスク要因)というべきだろう。)

 

 

さてこうした考えに合致して、ADHDが併存していない反社会的行動を示す群を対象にした研究により、彼らには遂行機能障害がみられないことが明らかになっている。

 

結論として、「背側部」に関連する遂行機能障害反社会的行動の関係は、因果的なものではなく、相関に過ぎないと考えられる。(背側部に障害を有する人は、近くの内側部や眼窩部にも障害をもつ傾向があり、実はそれが原因となって反社会的行動が引き起こされていたということ)

 

 

では逆に、サイコパス遂行機能障害を示すのだろうか?

 

その答えは「眼窩部と関連する検査では障害を示す」。

つまり、サイコパス前頭葉の機能不全を確かに示すが、それは「背側部」ではなく「眼窩部」に選択的である。

 

 

③(反社会的行動をとる人の神経画像研究データ)について。

サイコパス傾向のある人について前頭葉の活動をMRIなどを用いて測定した研究は存在するが、いずれも統計処理が雑だったり、知見が一致しないなどの問題がある。

 

次の図は、健常者群(HC)と社会恐怖群(SP)およびサイコパス群(PP)を対象に嫌悪条件づけを行っている最中の眼窩部の活動を測定したものである。

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真ん中の列は、条件刺激(CS)に対する「眼窩部」の反応を表す。(おそらく右向き)

 

ブザー音(CS)の直後に電気ショック(US)を与えられると、ブザー音(CS)を聞いただけで自律神経系亢進などの条件反応(CR)を示すようになる。(詳しくは前回を参考)

 

健常者ではCSによって「眼窩部」が活動するが、サイコパスの脳は、何事もないかのように落ち着いている。(赤や黄色が活動を示している)

 

このように、サイコパスは「眼窩部」と「内側部」に機能的障害をもつことは確かだと思われる。(ちなみに左列は島皮質、右列は扁桃体の活動を示す。論文はこちら

 

 

サイコパス前頭葉機能不全がなぜ反応的攻撃/サイコパシーを高めるのか」については、今後かなりの研究が必要だ。

 

しばしば、前頭葉の機能不全によって”抑制”の低下が起こる、という説明がされる。しかしそれでは、「抑制性回路」が存在しないシステムについては前頭葉の機能が解釈できない。

 

そこで前頭葉の機能を具体的に記述し、その障害により反社会的行動が生じることを説明しようとするのが「ソマティック・マーカー仮説」だ。

 

 

ソマティック・マーカー仮説

ソマティック・マーカー(身体の標識)という言葉は聞きなれないだろう。

簡単に言ってしまえば、「過去のネガティブな経験に基づく警告」だ。

 

 

トランプ課題を思い出そう。

はじめはカードを引く毎に報酬をもらえるが、引き続けるうちに罰が増えていき、損をするようになっていく。

 

健常者では、罰を受けた過去の苦い経験が無意識に干渉し、カードを引こうとする度に自律神経系が亢進するようになる。(≒緊張する)

 

この「苦い経験をする→同じような状況に遭遇する→無意識に自律神経系が亢進する」という一連の反応こそ、ソマティック・マーカーによる警告である。

 

「眼窩部」や「内側部」を損傷している患者は、このソマティック・マーカーによる警告(=自律神経系の亢進)が見られず、カードを引き続けて損をしてしまう。

 

さて、このようなモデルからサイコパシーを説明できるだろうか?

 

 

たしかに「眼窩部」と「内側部」を損傷しているサイコパスは、過去の犯罪から苦い経験をしても、次の犯罪を行おうとする際にソマティック・マーカーによる警告がないため、高い再犯率に繋がってしまうと考えられるだろう。

 

 

しかし、「反応的攻撃」と「道具的攻撃」の違いをどう説明すればよいだろうか。

「眼窩部」と「内側部」の損傷をもつ患者は、効率に「反応的攻撃性」を示すということをよく考える必要がある。また、サイコパスはソマティック・マーカーが発生していることを示す研究も存在する。

 

したがって、サイコパス「顕著な道具的攻撃性」を説明しようとするとき、前頭葉機能不全仮説やソマティック・マーカー仮説はほとんど役に立たない。

 

 

 

Question

  • 左半球活性化(LHA)仮説について、その根拠と問題点を答えよ。

 

答え:右視野や右耳に単語を提示し、左半球を選択的に活性化すると情報処理機能が低下するという知見が根拠。しかし、なぜ左半球の活性化が情報処理機能の障害を引き起こすのか、そのような左半球の活性化をどう定量する(具体的に数値化する)のか、などの問題がある。

 

 

  • 前頭葉機能不全仮説およびソマティック・マーカー仮説について、その根拠と問題点を答えよ。

 

答え:前頭葉機能不全が遂行機能不全をもたらし、反社会的行動に関与すると考えられ、サイコパスに「眼窩部」と「内側部」の機能障害が見られること。そしてソマティック・マーカーが発生しない「眼窩部」と「内側部」の損傷患者では、反社会的行動が見られるということ。

 

問題点としては、第一に「背外側部」に関連する遂行機能不全については反社会的行動との因果関係はなく、相関に過ぎないということ。

 

第二に、「眼窩部」と「内側部」の損傷およびそれに関連する遂行機能不全は確かに反社会的行動に結び付くものの、それは反応的攻撃性に限られるということ。

 

第三に、前頭葉機能不全仮説では「前頭葉の機能障害によって、なぜサイコパスになるのか」という解釈ができず、ソマティック・マーカー仮説を用いて解釈すると、反応的攻撃と道具的攻撃の区別ができなくなるということ。

 

 

参考

 

サイコパス -冷淡な脳-

サイコパス -冷淡な脳-