サイコパスを操作する

サイコパスから学ぶ

「恐怖を知らない人たち」 サイコパスと利他主義者

 

要約

自分の身を犠牲にし他人の為に行動する「並外れた利他主義者」サイコパスよりも大きな扁桃体を持っており、恐怖表情の認識力が高い。これは、サイコパスに見られる扁桃体の機能不全および恐怖表情の認識障害と対照的である。

 

利他的行動は”感情的”なプロセスであり、”理性”や”熟慮”によって為されるものではない。また、「並外れた利他主義者」は謙虚であり、あたかもスーパーヒーローのように扱われることを苦々しく感じる。

 

 

並外れた利他的行為

定義

①行為を決定した時点では、本人は受益者と無関係である

②その行動は本人に大きな危険や代償を伴う

③その行動は一般人に期待されるような規範ではない

 

4階から落ちそうになっている子供を見た直後、壁をよじ登り救出する

見ず知らずの患者のために、無償で腎臓を寄付する。

 

 

「並外れた利他主義者」の扁桃体サイコパスよりも8%大きい。一般人と比べてどの程度大きいのかは不明。サイコパス扁桃体の機能不全をもち、利己的な動機で他者を平気で傷つけることができる。そこで、本書では利他主義者を「反サイコパスとして描いている。

 

 

サイコパス

筆者はジェームズ・ブレアの下で研究をしていたこともあり、「ブレアの仮説」に則ってサイコパスを説明している。それは次のようなものである。

 

サイコパスは生まれつき扁桃体に異常をもつ。そのため「暴力抑制装置」が正常に機能しない。「暴力抑制装置」とは、他者の”恐怖” 表情を認識することで自動的に暴力が抑制されるシステムのこと。扁桃体は恐怖表情の認識に重要な役割を果たす。

 

※詳しくは下の記事を参照

psycom.hatenadiary.jp

 

ある研究では、サイコパス”的な”大人は健常者よりも扁桃体が20%も小さいことが示されている。これでは、上述のように利他主義者とサイコパス扁桃体の大きさを比較しても意味がない。ちなみに、サイコパスは自分自身の恐怖にも無頓着。

 

興味深いのは、サイコパス的な子供に対して1~10点で幸福度を訪ねると、「10!」「11!」「20!!」と答える。彼らは逮捕歴があったり、退学処分を喰らっている。

 

 

いろいろな利他的行動

世の中にはいろいろな利他的行動がある。皮肉屋は「この世に利他的行動などない。全ての行動は利己的な動機に基づく。」と考えるかもしれない。その真偽はさておき、生物学的にみた利他的行動には次のようなものがある。

 

「包括適応度」

近親者は自分と似た遺伝子をもっている。なので、近親者を世話することで「適応度」を上げることは、自分の遺伝子をこの世に残すという意味で理に適っている。このように、近親者に対する利他的行動は「包括適応度」によって説明できる。

(厳密には、たまたま血縁者を気にかけるようになった個体の遺伝子が「包括適応度」で説明できるような形で繁栄しただけ、というべきか)

 

「互恵的利他行動」

過去に自分を助けてくれた人、あるいは将来自分を助けてくれそうな人に対して行われる利他的行動。私たちには「互恵的利他行動」がプログラムされているので、誰かから受けた恩は返さなければいけないと感じる。(返報性の原理)

 

しかし、「並外れた利他的行為」のように「他者の利益を目的とした自発的な行動で、しかも規範に従ったものではなく、しかも本人にとって重大な危険や代償を伴うもの」は、利他的な動機以外では説明できない。

 

 

恐怖顔の認識

恐怖の表情が認識されるルートは、その他の表情(喜び、驚き、怒りなど)とは異なる。恐怖表情に特異的なのは、大きく見開いた目(それに伴う白目の面積増大)である。私たちが意識できないほどの一瞬でさえ、扁桃体は活性化する。

 

恐怖と関連付けられた視覚情報は「網膜→上丘→扁桃体のルートを通る。これは恐怖表情に特異的なルートである。この素早い反応で引き起こされる反応は”情動的共感”である。これはちょうど、サイコパスには見られない反応であり、私たちはこれによって他者の苦痛を直感的に認識し、手を差し伸べようとする。

 

利他主義者の扁桃体は他者の恐怖表情に対して敏感に反応する。不安障害との違いは、彼らが軽蔑や怒りなど、あらゆるネガティブな表情に対して敏感なのに対して、利他主義者は「恐怖」に特異的に反応する点である。

 

オキシトシン

このような利他主義者に特有の反応は、オキシトシンによるものと考えられる。オキシトシン受容体の遺伝子変異が、恐怖表情や赤ちゃんの顔(どちらも白目が大きい)の認識に影響を与える。ある実験では、オキシトシンの投与によって恐怖表情の識別力が13%から20%増大している。

 

ここで重要となるオキシトシンの機能には大きく分けて2つある。ひとつは前述のように、恐怖表情を認識し共感的な反応を促すこと。もうひとつは、おびえた相手を避ける反応を抑制し、逆にその相手に近づき、世話をするように促すことである。

 

利他主義者の行動は一見勇敢に見えるが、彼らもまた恐れを抱いていることには変わりない。しかし、彼らはそれ以上に「相手を助けたい」という衝動に突き動かされている。

 

筆者は「並外れた利他的行動」を感情的・衝動的とみなし、理性的な熟慮では起こりえないとする。そのため、「反共感論」で紹介した内容とは対照をなすものといえる。上手くまとめるなら、規範は理性的に定めるべきである一方、実際の”並外れた”利他的行動は感情的に行われるものという理解に落ち着く。

 

また本書の内容は、「報酬を期待する脳」で紹介したことを連想させる。私たちが「向社会的な意思決定」あるいは「個人的な意思決定」のどちらを行うかは、各々の直観に基づくというものだ。向社会的な意思決定を直感的に行う人は、その際に扁桃体が活性化する。逆に、個人的な(≒サイコパス)は、個人的な意思決定を直感的に行っている。

 

このような視点は、ゲーム理論で扱われる”ハト派”あるいは”タカ派”として考えることができるだろう。どちらもメリットとデメリットが存在し、社会は均衡を模索しながら発展していく。次回はこの視点から利他主義と利己主義について考えてみる。

 

参考

 

恐怖を知らない人たち

恐怖を知らない人たち