今回も趣味全開で。
最近購入したホスファチジルセリン(PS)とGABAのサプリが面白かったので、それについて紹介と考察をしようと思う。まずはレビューから。
PSは集中力や思考の明晰さ、 GABAは”無我”を生み出すような気がした。これについて、以前紹介したチロシンや5-HTPの効果と比較してみよう。
まず、チロシンは爆発的な集中力をもたらした。初めて飲んだ日はとても感動したのを覚えている。あまりに効きすぎたので、その日は身体を震わせて手汗をかきながら「暴力の解剖学」という600ページの本を数時間で読破していた。
その時の僕は、カフェでこんな顔をしていただろう。

5-HTPの効果は”穏やかさ”と表現したが、これもやはり爆発的な穏やかさだった。まるで、扁桃体をブン殴ってノックアウトした感じだ。セロトニンは幸せホルモンとも呼ばれるが、多幸感というより「今なら何でもできるな...」という万能感に近かった。
...と言われると、ヤクをキメてるようにしか聞こえない。しかし、実態は単なるアミノ酸に過ぎない。 アミノ酸は肉や魚、大豆などに含まれる。これを大量に摂取したからといって毎回キマっていては、生物として話にならない。そのため、サプリに対する耐性がついてしまった。
多くの薬(毒)は、このような”恒常性”それ自体を変化させるというアプローチを取るので、ある程度は効果が持続する。となれば、サプリ原理主義者の僕が取るべき選択は、作用機構の異なるサプリを用いて同様の効果を再現することだ。これがPSとGABAを試した理由である。
PSはチロシンと違って”柔軟に”作用してくれた。脳を柔らかくし、思考の凝りを取っている感覚だ。GABAも5-HTPのようにガツンとは作用せず、浸透して自我を昇華させるような効き方だった。どちらも「気が付いたら変わっていた」という表現がピッタリだ。
ある日、僕は研究論文をリサーチしてまとめるため、コーヒーとこれらのサプリを摂取した。その日は気がつくと10時間以上作業していたが、後で疲れが突然押し寄せるという、”過集中”のデメリットはなかった。(翌日は爆睡したけど)
また、研究発表時には不安や緊張といったネガティブな感覚は殆どなかった。あまりにも論理的思考に集中できたので、口頭での質疑応答までアンドロイドのように理路整然としていた。普通の人は教授のツッコミに対して戸惑うが、僕の場合はスムーズに議論することができた。いや、むしろヤムチャ視点の同期には引かれてしまった。

チロシンや5-HTPは"神経伝達物質"の前駆体として機能するので、効果を発揮する理由は容易に理解できる。それは、電力供給を上げて脳という機械をフル稼働させるようなものだ。
一方で面白いのは、PSは単なる「脂質」ということだ。いわゆる”油”が注意力や記憶力といった認知機能の向上に繋がるのは何故だろう。考えてみると不思議な話だ。
そこで、以降はこれについて考察しようと思う。当然ながら、結論は「まだハッキリとは分からない」だ。しかし、「どこまで分かっていて、どこが分からないのか」をハッキリさせることは重要で、しかも面白い。そういうオタク的な趣味を持つ人は続きを読んで欲しい。(一応、分かりやすく解説する形をとってみる)
PSが認知機能の向上にかかわることが示された一例として、PSがADHDの症状を改善したという研究が複数報告されている。
初期の研究では、15人のADHDの子供に2か月間、200mg分のPSが含まれたカプセルを毎日服用することで、ADHDの症状(厳密には親による注意欠陥・多動・衝動性の評価)が改善するということが示された。この結果はなんと、その後の追試験でも再現性がとれている。
では、PSの具体的な性質について見ていこう。
PSはアミノ酸と同様、肉や大豆に多く含まれている。動植物には”細胞膜”が存在するが、この膜を構成する「脂質」のひとつがPSだ。親戚にホスファチジルコリン(PC)やホスファチジルエタノールアミン(PE)があり、これらはまとめて「リン脂質」と呼ばれている。
棒の先端にリンをくっつけるとマッチ棒になるが、脂肪酸という”棒”にグリセリンやリン酸をくっつけるとリン脂質になる。(下図) 棒には色々な種類があり、ドコサヘキサエン酸(DHA)はオメガ3脂肪酸としてよく知られている。リン酸の末端にコリンがあればホスファチジルコリン、コリンの代わりにセリンがあるとホスファチジルセリンになる。

”マッチ棒”が細胞膜を構成している様子は想像しにくいが、実際の細胞膜は、次の図のように絶妙なバランスで脂質二重層を形成している。

この膜には、細胞が機能する上で重要な性質がある。
それは”流動性”だ。
脂質達はこの二重層の上を自由に動くことができる。それが ”どの程度自由か” は、膜の組成(構成する脂質の種類)や脂質の組成(構成する脂肪酸の種類)などで決定される。
たとえば真っすぐで長い脂肪酸(長鎖飽和脂肪酸)が多いほど、脂肪酸同士は仲良くくっつこうと相互作用するため流動性が失われる。すると、細胞膜を介して物質のやりとりを行う「膜輸送」や、膜付近に存在するタンパク質の機能が損なわれてしまう。
ヒトはオメガ3のような不飽和脂肪酸を合成できないので、食事やサプリメントで取り込む必要がある。こういうものを必須脂肪酸と呼ぶ。中でもDHAはやたらと脳神経細胞のPSやPEAに見られるため、大脳皮質が担う認知機能(学習・記憶など)に欠かせないのではないかと考えられている。
PSも同様に大脳皮質に多くみられることが分かっており、通常は3%程度のところ、大脳皮質では10%程度もある。また脂質二重層のうち、PSは「細胞質側」に局在している。
ちなみに、「魚を食べると頭が良くなる」という根拠がコレだ。イギリス脳栄養化学研究所マイケル・クロフォードの著書 "The Driving Force" で、「日本の子供たちが欧米の子供たちに比べて知能が高いのは、魚を食べる習慣があるからかもしれない。」という主張が現れてからDHAがバズった。言うまでもなく、DHAが学習や記憶の向上につながるメカニズムは分かっていない。(大抵はラットの行動試験を根拠に挙げるが、ヒトとマウスの脳は違う。)
このように、PSやDHAの本質的な機能から「認知機能の向上」を説明するためには、果てしなく長い道のりがある。まずは脳内における脂質膜の働きがどのようなものか知る必要があるだろう。
「神経伝達物質」が脳内を駆け巡る”車"だとすれば、PSなどの脂質は「シナプス膜」という”道路”だ。一般的にはPSの摂取は”道路整備”にあたり、これによって神経細胞間のスムーズな連絡が可能になるという風に説明される。
次の図は、神経伝達物質を”ボール”として描いていたものだ。この場合、PSの摂取は茶色で示された領域(シナプス前膜/後膜)という”グラウンド”の整備と言い換えられる。

しかし、こんな説明で「なるほどー」とか言ってると似非科学に騙される。
現時点の僕らの知識では、”道路整備”や”グラウンドの整備”は具体的に何を指すのかという質問には全く歯が立たない。勘のいい人は「流動性が高まってシナプス伝達が効率的になるんでしょ」と考えるかもしれないが、流動性が高まると具体的に何が嬉しいのだろう? もっと言えば、仮に「シナプス伝達の効率化」が起こるとして、それが認知機能の向上につながるという根拠はあるのだろうか?
シナプス伝達を詳しくみてみよう。誤解されやすいが、そもそも「シナプス」という”物質”は存在しない。シナプスとは、あるニューロンとニューロンの”結合領域”のことで、次の図で拡大された青四角の領域すべてを指す。

当然、シナプスに野球少年は住んでいない。その代わりに「シナプス小胞」という、神経伝達物質を包み込んだ脂質膜がある。
シナプス小胞もシナプス前膜も同じ「脂質膜」なので、これらは(シャボン玉同士がくっつくように)「膜融合」することができる。このとき、神経伝達物質は必然的にシナプス前膜と後膜の間である「シナプス間隙」へ”放出”される。
これを「エキソサイトーシス(開口放出)」と呼ぶ。シナプス後膜は神経伝達物質を受け取り、次の神経細胞(ニューロン)へ同様の反応を連鎖することで細胞間のやりとりを行っている。このミクロな現象の寄せ集めが認知機能であることを考えると、脳科学の結論が「~かもしれない」で終わりがちなのも頷ける。
今回のテーマにおいて、「シナプス小胞とシナプス前膜の膜融合によってエキソサイトーシスが起こる」ということが重要だ。もしエキソサイトーシスがPSによって調節可能ならば、「PSの摂取によってシナプス伝達が効率化する」という証明の第一関門が突破できそうだ。
実はシナプスの膜融合は、放っておけば勝手に起こるようなものではない。シナプス前細胞が「活動電位」という電気的なシグナルを受け、「電位依存性Caチャネルがオープン→カルシウムイオンが細胞内へ流入→カルシウムセンサータンパク質が活性化→膜融合を起こすためのタンパク質が活性化→膜融合」という過程を経て起こる。
膜融合を起こすには”それなりの” (脂質分子に水和した水分子を取り除き膜同士を互いに近づける)エネルギーが必要なので、シナプスでは”SNAREタンパク”という分子達の力を借りて膜融合を実現しているわけである。

ここまでのまとめ
PSはリン脂質のひとつ。リン脂質は細胞膜を構成する。PSやオメガ3不飽和脂肪酸であるDHAは神経細胞膜に多くみられる。これは膜の流動性を高めることが目的であると考えられ、それがシナプス伝達、ひいては脳機能にとって何らかの重要なはたらきがあることを示唆している。
脂質膜とシナプス伝達の関連を見るため、シナプス小胞とシナプス前膜の膜融合とそれに伴うエキソサイトーシスの過程をみた。シナプス前細胞が活動電位を感じ取ると、膜やその付近に存在するタンパク質は膜融合を引き起こすための一連の反応を開始する。
参考
www.ncbi.nlm.nih.gov
(その他)
・カンデル神経科学
・ハーパー生物学
・The Cell 細胞の分子生物学
・DHA・EPAの生化学とその応用
・脳科学辞典